つらかったのに、なぜメンタル労災は不支給になる? 実際の不支給理由から見えた労基署の判断ポイント

「これだけつらい思いをしたのだから、労災になると思っていた」
ところが、精神障害の労災を申請した結果、届いたのは 「不支給決定」だった。
このようなケースはあります。
うつ病、適応障害、PTSDなどの精神障害について労災認定を求める場合、 本人がどれほど苦しかったかだけで結論が決まるわけではありません。
私は、精神障害に関する労災申請だけでなく、 不支給決定後の審査請求にも携わっています。 審査請求の手続では、原処分庁が提出する意見書などを確認し、 不支給に至った事実認定や心理的負荷の評価を検討することがあります。
そのような資料を確認していると、 労基署・原処分庁が本人の訴えをそのままの言葉で評価するのではなく、 出来事を具体的な事実に分けて確認していることが分かります。
この記事では、実際の複数の不支給案件で確認した内容を参考にしながら、 個人や勤務先が特定されないよう抽象化したうえで、 「メンタル労災で労基署はどこを見ているのか」 を解説します。
- 「パワハラ」「退職強要」「ワンオペ」という言葉だけでは判断されない
- 労基署は出来事を具体的な事実に分けて確認する
- 同じ出来事でも、前後の事情によって心理的負荷の評価が変わる
- 複数の出来事は単純な足し算ではない
- 発病時期と、その前後の時系列が重要になる
動画で見る|メンタル労災はなぜ不支給になる?
実際の不支給理由をもとに、労基署がメンタル労災で確認するポイントを動画でも解説しています。
メンタル労災で見られやすい判断の流れ
本人の訴え
「パワハラを受けた」「退職を強要された」「ワンオペだった」
↓
出来事を具体的な事実に分ける
誰が・いつ・何をしたか/業務量/勤務実績/会社対応など
↓
資料や関係者の説明から事実関係を確認
勤怠・メール・チャット・録音・就業規則・診療録など
↓
認定基準に当てはめて心理的負荷を評価
「弱」「中」「強」
↓
発病時期やその他の事情も踏まえて業務上外を判断
メンタル労災は「どれだけつらかったか」だけでは決まらない
精神障害を発病した本人にとって、 職場で起きた出来事はひと続きの体験です。
たとえば、
- 人が辞めて仕事が一気に増えた
- 上司から繰り返し注意された
- 職場で孤立するようになった
- 退職や雇用形態の変更を示された
- 眠れなくなり、出勤できなくなった
といった出来事が続けば、本人から見れば 「職場で追い込まれて精神障害を発病した」 という一つの流れになります。
しかし、労災認定では、それだけで判断されるわけではありません。
実際の調査では、出来事を一つずつ整理し、 それぞれについて事実関係や心理的負荷の程度が確認されていきます。
「退職を強要された」
↓
労基署・原処分庁が確認する事実誰が、いつ、何を言ったのか
別の勤務方法は提示されたのか
何回繰り返されたのか
会社側にどのような理由があったのか
録音・メール・第三者の説明などはあるのか
つまり、本人が使っている 「パワハラ」「退職強要」「ワンオペ」といった言葉が、 そのまま労災認定上の評価になるわけではありません。
労基署が見ているポイント1|実際に何が起きたのか
最初に重要になるのは、 出来事そのものがどこまで確認できるかです。
たとえば「上司からひどいことを言われた」という場合でも、 調査ではさらに細かく確認されます。
- 誰から言われたのか
- いつ言われたのか
- どこで言われたのか
- 具体的に何と言われたのか
- 何回くらいあったのか
- ほかに聞いていた人がいるか
- 録音、メール、LINE、チャットなどが残っているか
本人と会社側で説明が食い違えば、 それぞれの説明だけでなく、 周囲の資料や関係者の説明なども踏まえて事実関係が確認されます。
そのため、メンタル労災では 出来事の名称よりも、その中身を具体化すること が大切です。
労基署が見ているポイント2|会社側にはどのような事情があったのか
実際の不支給理由や原処分庁意見書を見ると、 会社側の対応についても細かく確認されています。
たとえば人手不足によって本人の仕事が増えたケースでも、 単純に 「人が減った=強い心理的負荷」 と判断されるわけではありません。
次のような事情が確認されることがあります。
- 実際の残業時間はどの程度だったか
- 休憩や休日は取れていたか
- 仕事量を減らす対応がされていたか
- ほかの社員からの応援があったか
- 会社が採用活動をしていたか
- 予約数や担当件数を減らしていたか
本人からすると 「自分一人に仕事が集中していた」と感じていても、 会社側が業務軽減や人員補充などの対応を行っていたと認定されれば、 心理的負荷の評価に影響することがあります。
ただし、会社が調査の中で 「配慮した」と説明しているからといって、 実際に本人の負担が軽くなっていたとは限りません。
たとえば、 増員予定があっても実際には補充されなかった、 業務軽減のはずが別の仕事が増えた、 面談では複数の選択肢が示されたものの実質的には退職しか選べない状況だった、 といった事情があれば、 評価の前提となった事実そのものが正しいのか を確認する必要があります。
審査請求では、 こうした会社側の説明と実際の職場の状況が一致していたのかを 改めて確認することも重要になります。
労基署が見ているポイント3|「業務指導」なのか「強い叱責・パワハラ」なのか
メンタル労災で問題になることが多いのが、 上司からの叱責や注意です。
しかし、 上司から注意されたというだけで、 直ちに強い心理的負荷になるわけではありません。
会社側から、
- 仕事上のミスに対する注意だった
- 勤務態度について必要な指導をしただけだった
- 業務上必要な範囲のやり取りだった
などと説明されることもあります。
そこで重要になるのが、 指導の 内容・程度・回数・場所・継続性 です。
たとえば、
- 人格を否定する発言
- 大声での威圧
- ほかの社員の前での繰り返しの叱責
- 長時間にわたる追及
- 業務上必要とは考えにくい侮辱的な言動
- 特定の社員だけを対象とした継続的な攻撃
などがあれば、 単なる「業務指導」とは異なる評価になる可能性があります。
だからこそ、 「パワハラを受けた」とだけ整理するのではなく、 実際に何をされたのかを具体的に整理すること が重要です。
労基署が見ているポイント4|複数の出来事は単純な足し算ではない
メンタル労災では、
- 人手不足
- 業務量の増加
- 上司とのトラブル
- 仕事上のミス
- 退職に関する話
- 休日の業務対応
など、複数の出来事が起きているケースが珍しくありません。
ここで誤解されやすいのが、 「大変な出来事がたくさんあれば、それだけで強い心理的負荷になる」 という考え方です。
実際には、 出来事を単純に件数で足して判断するわけではありません。
それぞれの出来事がどの程度の心理的負荷だったのか、 また、それらが関連した一連の出来事なのか、 それとも別々の出来事なのかが検討されます。
「弱い出来事が3つあるから、必ず弱+弱+弱=強になる」 という単純な計算ではありません。
ただし、同じ流れの中で起きた出来事が時間的に近接し、継続している場合には、 個別に切り離さず、一連の経過として評価することが重要になる場合があります。
たとえば、
↓
強い叱責
↓
職場での孤立
↓
配置変更
↓
退職に関する働きかけが続く
↓
不眠・欠勤・精神科受診
という経過があるのであれば、 それぞれを完全に切り離すのではなく、 一連の流れとしてどのように評価すべきか が問題になることがあります。
労基署が見ているポイント5|「いつ発病したのか」
精神障害の労災では、 発病時期が非常に重要です。
精神障害の労災認定では、 原則として発病前おおむね6か月間の業務上の出来事を中心に、 心理的負荷が評価されるためです。
ここでいう発病時期は、 必ずしも 「初めて精神科を受診した日」 と同じとは限りません。
診療録や本人の症状経過などから、
- いつから眠れなくなったのか
- いつから食欲が低下したのか
- いつから欠勤や遅刻が増えたのか
- いつから仕事に行けなくなったのか
- いつから強い不安や抑うつ症状などが現れたのか
といった事情も確認しながら、 発病時期が医学的に検討されることがあります。
そのため、発病時期の認定が変われば、 評価対象となる職場の出来事も変わる可能性があります。
「証拠がないと労災にならない」のか
「録音がありません。もう労災は無理でしょうか」
という不安を持つ方もいます。
しかし、 録音がないから直ちに労災が認められないというわけではありません。
事実関係を確認するための資料には、さまざまなものがあります。
- メール
- LINEや社内チャット
- 勤怠記録
- PCログ
- 業務日報
- 勤務表
- 録音
- 当時の日記やメモ
- 家族や同僚への相談記録
- 医療機関の診療録
- 第三者の説明・証言
日記やメモも無意味ではありません。
ただし、 いつ作成されたものなのか、 どこまで具体的なのか、 ほかの資料と内容が一致しているか などによって、その意味は変わります。
録音がなくても、 複数の資料が同じ経過を示していれば、 一つの録音だけでは見えない事実関係を補強できることがあります。
そのため、 「録音がないから無理」と考えるのではなく、 メール、LINE、勤怠、診療録、当時のメモなどを 時系列で組み合わせて確認すること が大切です。
不支給になった場合、審査請求では何を見るのか
労災が不支給になったからといって、 「労基署の判断は全部間違っている」と主張するだけでは、 十分な反論にはなりません。
審査請求では、 原処分庁がどのような事実を認定し、 どの出来事についてどのような心理的負荷の評価をしたのかを 確認することが重要です。
特に確認したいのは、次のような点です。
- 発病時期の認定は診療録などと整合しているか
- 本人が主張した出来事が正確に認定されているか
- 本人と会社側の説明が食い違う部分を、どの資料から判断したのか
- 会社が行ったとされる「配慮」は実際に機能していたのか
- 関連する一連の出来事が不自然に切り離されていないか
- 「弱」「中」とした評価の前提事実に誤りがないか
- まだ提出されていない重要な資料が残っていないか
「私は本当につらかった」ということだけではなく、 どの事実認定が違うのか、 どの心理的負荷の評価に問題があるのか を具体的に整理していくことが重要です。
メンタル労災を考えている人が、申請前に整理しておきたいこと
これから精神障害の労災申請を考えている場合は、 職場で起きた出来事を 「パワハラ」「退職強要」といった言葉だけでまとめないことが大切です。
次のような形で時系列にすると整理しやすくなります。
- いつ
- 誰から
- どこで
- 何を言われた・何をされた
- その場に誰がいた
- その後、会社はどう対応した
- 自分の症状はどう変化した
- そのことを誰に相談した
- どの資料が残っている
精神障害の労災では、 「どれほどつらかったか」を伝えることと同時に、 「何が起きたのか」を具体的・客観的に整理すること が重要です。
まとめ|不支給理由を見ると、労基署の判断ポイントが見えてくる
実際の不支給理由や原処分庁意見書を確認すると、 労基署が単純に 「パワハラがあったか」 「仕事が大変だったか」 だけを見ているわけではないことが分かります。
大きく整理すると、
- 精神障害をいつ発病したのか
- 発病前にどのような出来事があったのか
- その出来事をどこまで客観的に確認できるか
- 会社側にはどのような事情や対応があったのか
- 心理的負荷を「弱・中・強」のどこに評価するのか
- 複数の出来事をどのように総合評価するのか
といった点が重要になります。
そして、不支給になった場合には、 原処分庁がどの事実をどのように評価して 不支給という結論に至ったのか を確認することが、 審査請求を検討する出発点になります。
メンタル労災の申請・審査請求でお悩みの方へ
「自分のケースが労災になる可能性があるのか分からない」
「不支給になったが、理由に納得できない」
「原処分庁意見書を見ても、どこが問題なのか分からない」
このような場合は、 まず職場で起きた出来事や、 現在お持ちの資料を整理するところから始めることができます。
特に審査請求では、 不支給理由を読んで 「納得できない」と感じるだけでは十分ではありません。
原処分庁がどの事実を認定したのか、 どの資料をもとに判断したのか、 心理的負荷をどのように評価したのか、 発病時期をいつと判断したのか を分けて確認することが重要です。
こもれび社労士事務所では、 精神障害の労災申請や、 不支給決定後の審査請求についてご相談をお受けしています。
なお、労災保険給付の不支給決定に対する審査請求には期限があります。 原則として、不支給決定を知った日の翌日から起算して3か月以内です。 審査請求を検討する場合は、早めに不支給理由やお手元の資料を確認しておくことが大切です。
短い文章や箇条書きでも大丈夫です。まずは現在の状況をお知らせください。
※この記事は、複数の実際の案件で確認された判断内容を参考に、 個人・勤務先等が特定されないよう抽象化・一般化して解説したものです。 個別の事案について、労災認定または審査請求の結果を保証するものではありません。
ここまで読んで、まだ迷っていても大丈夫です。

まずは、今の状況を整理するところからで大丈夫です
「まだ相談するか決めていない」
「何を書けばいいか分からない」
そんな段階でも大丈夫です。
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※ 「まず整理だけ」でも大丈夫です


