処方された薬を受け取らなかったら傷病手当金は不支給?|未調剤が問題となった裁決例を解説

「病院には通っていたけれど、処方された薬を薬局で受け取っていなかった」
「薬を飲んでいないことが分かったら、傷病手当金は不支給になるの?」
このようなご相談があります。
結論からいうと、処方された薬を受け取っていなかったという事実だけで、傷病手当金が自動的に不支給になるわけではありません。
ただし、実際に「処方はされていたが、薬局で調剤を受けていなかったこと」が、療養の実態を判断する事情の一つとなり、傷病手当金の一部について不支給が維持された社会保険審査会の裁決があります。
この記事では、その裁決例をもとに、未調剤・未服薬が傷病手当金の審査でどのように問題になるのかを解説します。
結論|薬を受け取らなかっただけで自動的に不支給になるわけではない
傷病手当金は、「薬をきちんと飲んだか」だけで支給・不支給が決まる制度ではありません。
傷病手当金の重要な支給要件の一つは、健康保険法99条の 「療養のため労務に服することができない」 という要件です。
そのため、実際の審査では、
- どのような症状だったのか
- どのような治療を受けていたのか
- 通院は継続していたのか
- 医師はどのような治療を必要としていたのか
- 実際にその治療を受けていたのか
- 本来の仕事に就くことができる状態だったのか
といった事情を踏まえて判断されます。
したがって、 「薬を受け取らなかった=必ず不支給」でもなければ、「医師が労務不能と書いている=必ず支給」でもありません。
実際に「薬を受け取っていなかったこと」が問題になった裁決がある
この問題について参考になるのが、厚生労働省の社会保険審査会による 令和元年(健)第1162号・令和2年11月30日裁決 です。
この事案では、適応障害などについて医療機関をおおむね毎月受診し、主治医も継続して労務不能である旨を証明していました。
一方、医師は薬物療法を行っている旨を証明していたものの、処方箋が交付された期間のうち、調剤報酬明細書で実際に調剤を受けたことが確認できたのは、 ブロチゾラム0.25mg・14日分の1回 でした。
この裁決の重要なポイント
医師が「労務不能」と証明していたにもかかわらず、社会保険審査会は、実際にどのような療養を行っていたのかまで確認して判断しています。
社会保険審査会はどう判断したのか
社会保険審査会は、労務不能かどうかについて、主治医の医学的判断を重視しながらも、それだけで決まるものではないという考え方を示しています。
症状、治療内容、治療経過、予後などを踏まえて、本来の業務に就くことができたのかを総合的に判断するという考え方です。
そのうえで、この事案では、医師が継続的な薬物療法を行っていたと証明しているにもかかわらず、実際の調剤がほとんど確認できないことが問題になりました。
審査会は、実際に調剤を受けた日から処方された14日分については、 療養に取り組んだ期間 と評価しました。
一方、それ以外の期間については、処方に従った投薬治療を受けなかったことについて相当な理由が認められないとして、 健康保険法99条の「療養のため労務に服することができない」状態とは認め難い と判断しました。
その結果、原処分の一部は取り消されましたが、それ以外の不支給部分は維持されています。
動画で短く解説|薬を受け取っていないと傷病手当金は不支給?
未調剤・未服薬がある場合に、傷病手当金の審査でどこが確認されるのかを短い動画で解説しています。
重要|「薬を受け取らなければ不支給」という裁決ではない
この裁決を読む際に、最も注意したい点です。
「処方された薬を受け取らなかった人は、傷病手当金が不支給になる」
と一般化することはできません。
この事案では、医師が継続的な薬物療法を行ったと証明していた一方で、実際にはほとんど調剤を受けていなかったという、 医師の証明内容と実際の治療状況との違い が重要な問題になっています。
つまり、未調剤そのものを罰したというより、 実際に「療養のため労務不能だった」と認められる状態だったのか が問題になった裁決と考える必要があります。
薬を受け取らなかった「理由」も重要になる
では、薬を受け取らなかったことに理由があった場合はどうでしょうか。
- 休職によって収入が減り、薬代の負担が難しかった
- 家族に精神疾患を伝えておらず、薬から病気を知られることが怖かった
- 副作用が強かった
- 以前処方された薬が残っていた
- 服薬について医師に相談していた
など、未調剤・未服薬にもさまざまな事情が考えられます。
令和元年(健)第1162号の公表裁決書には、本人が薬を受け取らなかった具体的な理由について詳しい記載はありません。
そのため、この裁決だけから 「どのような理由があっても薬を受け取らなければ不支給になる」 と考えることはできません。
一方で、経済的な事情や家族に病気を知られたくないという事情があれば、必ず傷病手当金が認められるという公表裁決・判例も、今回確認した範囲では見当たりませんでした。
大切なのは、未調剤の理由だけではなく、 その期間にどのような療養を行い、実際に仕事に就ける状態だったのか を含めて整理することです。
別の裁決では「余薬があった」などの説明も検討されている
もう一つ参考になるのが、 平成26年(健)第608号・平成27年3月31日裁決 です。
この事案では、精神科の処方薬を購入しなかったことについて、本人から、
- 以前の余薬を頓服していた
- 診察後に具合が悪くなり薬局へ行けなかった
- 他の持病の薬を優先した
といった説明がされていました。
しかし、主治医は薬物療法が必要であると判断しており、自己調整を認めていたわけではありませんでした。
審査会はこれらの事情も検討したうえで、最終的には医師の医学的管理下で療養していたと評価できるかが問題になるとして判断しています。
この裁決からも、 「薬を受け取らなかった理由を説明すれば、それだけで認められる」というものではない ことが分かります。
健康保険法119条の「療養指示に従わなかった場合」とは別の問題
薬を受け取らなかった場合、 「医師の指示に従わなかったのだから、健康保険法119条で給付を止められるのでは?」 と思われるかもしれません。
しかし、今回確認した裁決で重要なのは、主として 健康保険法99条の支給要件 が問題になっていることです。
| 論点 | 考え方 |
|---|---|
| 健康保険法99条 | そもそも「療養のため労務不能」という傷病手当金の支給要件を満たしているか |
| 健康保険法119条 | 正当な理由なく療養に関する指示に従わなかった場合に、保険給付の一部を行わないことができるという給付制限 |
令和元年(健)第1162号は、119条によるペナルティとして不支給にした事案ではありません。
実際の治療状況からみて、99条の「療養のため労務不能」という支給要件そのものを満たしていたのか が判断されています。
主治医が未調剤を知った後も「労務不能だった」と判断している場合
実務上、非常に重要になる可能性があるのがこの点です。
傷病手当金の申請後に、主治医が未調剤・未服薬の事実を知ることがあります。
その場合、主治医が当時の診療録、症状、仕事内容、休養指示などを確認したうえで、
「未調剤だったことを知った現在でも、当時は療養が必要であり、本来の仕事に就くことができる状態ではなかったという医学的判断は変わらない」
と具体的に説明できるのであれば、審査上重要な事情になると考えられます。
特に、薬物療法だけではなく、
- 休養
- 精神療法
- 生活上の指導
- 職場から離れることによる環境調整
なども含めて療養していたのであれば、その実態を確認することが重要です。
反対に、主治医が「薬を服用していることを前提として労務不能と証明していた」「未調剤であれば当時の労務不能性について判断できない」と回答する場合には、医師証明の前提そのものが問題になる可能性があります。
なお、主治医の意見があるからといって、傷病手当金の支給が当然に決まるわけではありません。最終的には保険者が実際の療養状況等も含めて判断します。
協会けんぽから未調剤について照会されたらどうする?
まだ協会けんぽから照会がなく、提出済みの申請内容に客観的な誤りや重要な記載漏れもない場合は、未調剤の事実だけを理由に、直ちに追加の説明書を自主提出しなければならないとは限りません。
一方、実際に照会を受けた場合には、未調剤の事実を隠さず、事実に沿って整理して回答することが大切です。
- いつからいつまで薬を受け取っていなかったのか
- なぜ受け取らなかったのか
- その間も通院していたのか
- 医師からどのような療養・休養指示を受けていたのか
- 服薬以外にどのような治療を受けていたのか
- 未調剤について主治医に伝えたのはいつか
- 主治医は未調剤を知った後も、当時の労務不能判断を維持しているのか
すでに申請している場合は、慌てて書類を直す必要はない
すでに会社や本人から傷病手当金の申請書を提出している場合でも、未調剤だったというだけで、直ちに申請書を取り下げたり、医師に証明を書き直してもらったりする必要があるとは限りません。
まずは保険者の審査を待ち、追加の照会があれば、その質問内容に沿って事実を整理するのが基本です。
不安だからといって、後から事実と異なる説明を加えたり、実際には受けていない治療を受けていたように説明したりすることは避けなければなりません。
もし傷病手当金が不支給になったら?
未調剤を含む療養状況を理由として傷病手当金が不支給になったとしても、それだけで手続きがすべて終わるわけではありません。
まず重要なのは、 保険者が具体的に何を理由として不支給にしたのか を確認することです。
- 療養の実態が認められないと判断されたのか
- 労務不能性が認められないと判断されたのか
- 医師の証明と実際の治療状況の違いが問題になったのか
などによって、検討すべき内容は変わります。
不支給決定の内容に納得できない場合には、社会保険審査官への審査請求を検討することもできます。
不支給通知が届いた場合は、理由と期限を確認し、診療録、処方・調剤状況、主治医の意見、当時の療養状況などを整理して検討することが重要です。
まとめ|未調剤だけで結論を決めないことが大切
- 処方薬を受け取らなかっただけで、自動的に傷病手当金が不支給になるわけではありません。
- 一方、未調剤の期間について傷病手当金の不支給が維持された社会保険審査会の裁決は実際にあります。
- 重要なのは、未調剤だけではなく、実際の治療内容・通院状況・労務不能性などを含めた療養の実態です。
- 薬を受け取らなかった理由がある場合は、その事情も事実に沿って整理しておくことが大切です。
- 主治医が未調剤を知った後も、当時の労務不能判断を維持するのかは重要な確認事項になり得ます。
- 不支給になった場合も、不支給理由を確認したうえで審査請求を検討できる場合があります。
動画で詳しく解説|傷病手当金と労災ではどう違う?
「薬を受け取っていない・飲んでいない」という同じ事情でも、 傷病手当金と労災の休業補償では確認されるポイントが異なります。 未調剤・未服薬について、2つの制度を比較しながら動画で詳しく解説しています。
※未調剤・未服薬という事実だけで、傷病手当金や労災の支給・不支給が一律に決まるわけではありません。
傷病手当金と労災の関係でお困りの方へ
傷病手当金では、単に申請書の書き方だけではなく、医師の記載内容、実際の療養状況、労災との関係などが問題になることがあります。
- 医師が「職場のストレス」と記載している
- 協会けんぽから業務上・業務外について照会が来た
- 未調剤・未服薬について確認を受けた
- 傷病手当金の不支給通知が届いた
といった場合は、回答する前に、何が問題になっているのかを整理することが重要です。
傷病手当金の照会・不支給でお困りの方へ
協会けんぽ等から実際に届いた照会書や不支給通知を確認したうえで、事情の整理や回答内容、今後の対応を検討する個別サポートも行っています。
ご相談の際は、個人情報を伏せた状態でも構いませんので、届いた書類の内容が分かるものをご用意ください。
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参考資料
- e-Gov法令検索:健康保険法 (第99条・第119条)
- 厚生労働省:社会保険審査会 裁決年(令和2・3年) (令和元年(健)第1162号「適応障害(労務不能)」)
- 厚生労働省:令和元年(健)第1162号・令和2年11月30日裁決 PDF
- 厚生労働省:平成26年(健)第608号・平成27年3月31日裁決 PDF
※本記事は、公開されている法令・裁決例等をもとに一般的な制度の考え方を解説したものです。個別の傷病手当金の支給・不支給は、傷病の状態、治療内容、仕事内容、療養状況、医師の意見その他の事情によって判断されます。
ここまで読んで、まだ迷っていても大丈夫です。

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