労災申請中でも傷病手当金はもらえる?認定前の支給と認定後の返納を解説

「精神障害について労災申請をしたい。でも、結果が出るまで収入がない」
「労災の休業(補償)等給付を申請中でも、健康保険の傷病手当金を申請してよいのか」
「先に傷病手当金を受け取ったら、労災申請に不利になるのではないか」
メンタル不調による労災のご相談では、 「労災申請中に傷病手当金を申請・受給してよいのか」 という質問をよくいただきます。
うつ病、適応障害、PTSDなどの精神障害では、 労災請求をしてから業務上・業務外の判断が出るまで時間がかかることがあります。 その間に会社から賃金が支払われなければ、 生活費をどう確保するかは非常に重要な問題です。
この記事の結論
- 労災保険を申請中でも、健康保険の傷病手当金を申請すること自体は可能です。
- 厚生労働省は、労災認定が確定していないことだけを理由として、 健康保険給付の申請を受理しないことは認められないと示しています。
- ただし、 「申請できる」ことと「労災の結果が出る前に必ず支給される」ことは別 です。
- 健康保険側が申請を受理したうえで、 労災の業務上・業務外の判断が出るまで給付判断を留保する場合もあります。
- 一方、協会けんぽでは、 労災の休業補償給付決定後に返納することへ同意した加入者に対し、 いったん傷病手当金を支給する運用が公表されています。
- 後から同じ傷病・同じ休業期間について労災給付が決定した場合には、 先に受給した傷病手当金について返納・調整が問題になります。
最初に大切な点です。
この記事は、 「労災と傷病手当金を同じ期間について二重にもらえる」 という説明ではありません。
問題となるのは、 仕事が原因なのかどうかがまだ確定していない期間に、 生活保障として傷病手当金をどう取り扱うのか という点です。
傷病手当金の原則と労災保険との関係
健康保険の傷病手当金は、 被保険者が病気やけがの療養のため仕事を休み、 一定の要件を満たした場合に支給される制度です。
傷病手当金については健康保険法99条に規定されています。
一方、業務上の傷病については労災保険の「補償給付」が、 通勤による傷病については労災保険の「給付」が問題となります。 具体的には、療養(補償)等給付や休業(補償)等給付が制度上の対象となります。
協会けんぽも、傷病手当金について、 「業務外の事由による病気やケガの療養のための休業」 であることを支給要件の一つとして案内しています。
法令・公的資料:
e-Gov法令検索「健康保険法」第99条
e-Gov法令検索「労働者災害補償保険法」
全国健康保険協会「傷病手当金」
では、仕事が原因かどうかが、まだ決まっていない場合は?
ここが、労災申請中の傷病手当金を考えるうえで 最も重要なポイントです。
労災申請中でも傷病手当金は申請できる
「労災を申請したのだから、もう傷病手当金は申請できない」 と思われることがあります。
しかし、 労災を請求したことと、その傷病が業務上であると確定したことは同じではありません。
労災請求をしても、 労働基準監督署の調査の結果、 業務上とは認められず不支給になることがあります。
このため厚生労働省は、 労災保険給付を請求している場合でも、 健康保険の保険給付を申請できることを示しています。
平成24年6月20日厚労省事務連絡
この問題について非常に重要なのが、 厚生労働省保険局保険課が平成24年6月20日に発出した 「労災保険給付の請求が行われている場合の健康保険の給付申請の取扱いについて」 という事務連絡です。
この事務連絡では、 自分の病気やけがが業務上のものか判断がつかず、 労災保険を請求した後、 労災の決定が出るまでの間に健康保険へ 療養費や傷病手当金などを請求するケース が想定されています。
ここが重要です。
厚生労働省は、 労災保険の認定が確定していないことを理由として、 健康保険の保険給付の申請を受理しないことは認められない と示しています。
つまり、 「労災を申請しているから、傷病手当金の申請書は受け付けられません」 と単純に整理するものではありません。
一次資料: 厚生労働省「労災保険給付の請求が行われている場合の健康保険の給付申請の取扱いについて」 (平成24年6月20日事務連絡)
「申請できる」=「すぐ支給される」ではない
ここは特に誤解しないよう注意が必要です。
労災申請中でも傷病手当金を「申請できる」ことと、 労災の結果が出る前に「必ず支給される」ことは別です。
平成24年6月20日の事務連絡では、 業務上の疾病・負傷に当たるかどうかについて慎重な判断を要するため、 健康保険側が申請を受理したうえで、 労災保険の認定が確定するまで待つ 取扱いも想定されています。
また、厚生労働省の平成25年8月14日Q&Aでも、 業務災害・通勤災害が疑われる場合には、 まず労災保険への請求を促したうえで、 健康保険の給付を留保することができる とされています。
労災保険を請求
↓
まだ業務上・業務外が確定していない
↓
健康保険へ傷病手当金を申請することは可能
↓
保険者が労災の判断を待つ場合がある
↓
一方、保険者の運用により先に傷病手当金が支給される場合もある
一次資料: 厚生労働省「健康保険法の第1条(目的規定)等の改正に関するQ&Aについて」 (平成25年8月14日事務連絡)
動画でも解説しています
協会けんぽは「いったん支給」の運用を公表
労災の結果が出るまで、 傷病手当金もずっと支給されないのでしょうか。
この点について、 協会けんぽの令和6年度事業報告書には、 さらに具体的な運用が記載されています。
請求傷病が業務災害である場合は、 本来は労災保険から給付されます。 しかし、労災の休業補償給付の決定には時間を要することから、 協会けんぽでは、
労災の休業補償給付が決定した後に返納することに同意した加入者については、 いったん傷病手当金を支給する
という運用を公表しています。
さらに同報告書では、 返納に関する事務処理として、 原則3か月おきに労働基準監督署へ支給状況を確認し、 返納同意書を受領してから、 労災の休業補償給付が決定するまで管理する取扱いも記載されています。
協会けんぽの令和6年度事業報告書には、 傷病手当金と労災給付との調整に関する債権について、 9,915件、21.4億円という実績が掲載されています。
ただし、この数値は協会けんぽ全体の調整実績であり、 精神障害の労災申請に限った件数・金額ではありません。
注意してください。
ここで紹介しているのは、 協会けんぽの事業報告書に記載された運用です。
個別の申請について、 必ず同じ時期に支給されることや、 個別事情を問わず先行支給されることまでを 保証するものではありません。
実際の手続では、 加入している協会けんぽ支部へ現在の取扱いを確認してください。
一次資料: 全国健康保険協会「令和6年度事業報告書」
労災給付の状況を労基署へ照会する仕組み
「傷病手当金を先に支給したら、 健康保険側は後から労災認定されたことをどう確認するのか」 という疑問もあります。
この点についても、厚生労働省は 令和3年11月30日 「傷病手当金の支給決定における労災給付情報の照会について」 という通知を出しています。
同通知では、 傷病手当金を申請した人が労災給付を受給していない場合や 労災給付を請求中の場合には、 後に労災給付を受けることになったときは 速やかに連絡するよう求めることとされています。
また、傷病手当金の支給に必要があると認められる場合には、 健康保険法55条2項等に基づき、 労働基準監督署に労災給付の受給状況を確認できる ことも示されています。
つまり、先に傷病手当金を受給した場合も、そこで終わりではありません。
後から労災給付が決定した場合には、 健康保険側でもその支給状況を確認し、 必要な返納・調整につなげる仕組みがあります。
一次資料:
厚生労働省「傷病手当金の支給決定における労災給付情報の照会について」
(令和3年11月30日)
e-Gov法令検索「健康保険法」第55条
健康保険組合でも同じ取扱いなのか
ここは、 協会けんぽと健康保険組合を分けて考える必要があります。
平成24年6月20日の厚生労働省事務連絡は、 健康保険組合あてに発出されたもので、 労災請求中の健康保険給付申請について、 労災認定が未確定であることだけを理由として 申請を受理しないことは認められないと示しています。
一方で、 申請を受理した後、労災決定前にいつ支給するのか については注意が必要です。
協会けんぽについては、 返納への同意を前提として先に傷病手当金を支給する具体的な運用が 事業報告書で確認できます。
しかし、 すべての健康保険組合について、 協会けんぽと全く同じ方法・時期で 認定前に支給しなければならないと一律に断定することはできません。
加入している健康保険組合へ確認したいこと
- 労災申請中であることを伝えたうえで傷病手当金を申請する
- 労災決定まで給付判断を留保する取扱いか
- 返納同意書等を提出すれば先に支給する取扱いがあるか
- 必要な書類や手続は何か
- 労災認定後の返納・調整をどのように行うか
後から労災認定された場合の返納・調整
傷病手当金を先に受給した後、 同じ傷病・同じ休業期間について 労災保険の休業(補償)等給付が決定した場合には、 先に支給された傷病手当金について、 保険者から返納又は給付調整に関する案内が行われることがあります。
精神障害で休職
↓
労災の休業(補償)等給付を請求
↓
労災の結果がまだ出ていない
↓
傷病手当金を申請
↓
保険者の取扱いにより傷病手当金を先に受給
↓
後から同一期間について労災給付が決定
↓
傷病手当金の返納・調整が問題になる
対象期間、返納額、返納方法は、 労災給付の決定内容、傷病手当金の支給内容、 給与・報酬の有無、保険者からの通知などを踏まえて確認します。
したがって、 「労災が認められたら傷病手当金を必ず全額返す」 と一律に断定することは適切ではありません。
労災保険の休業(補償)等給付は、 原則として給付基礎日額の60%です。 これとは別に、休業特別支給金が支給される場合があります。
一方、傷病手当金は、 支給開始日前12か月間の標準報酬月額を基礎として計算されます。 制度ごとに計算方法が異なるため、 実際の調整内容については保険者から届く通知を確認してください。
労災結果を待っている間も時効には注意
平成24年6月20日の事務連絡には、 時効についても重要な記載があります。
労災の業務上・業務外について最終的な判断が出ているかどうかにかかわらず、 健康保険の給付を受ける権利には時効があります。
同事務連絡では、 傷病手当金について、 労務不能であった日ごとに、その翌日から時効が進行する とされています。
そのため、 「労災の結果が出るまで傷病手当金について何もしない」 という対応には注意が必要です。
長期間結果を待つ場合には、 加入している保険者へ早めに確認することをおすすめします。
精神障害の労災で特に重要な理由
この問題は、 うつ病、適応障害、PTSDなどの精神障害の労災では特に重要です。
精神障害の労災では、 発病前の出来事、ハラスメント、労働時間、 会社関係者への聴取、医療記録など、 多くの資料を確認して業務上・業務外が判断されることがあります。
そのため、労災請求から結果が出るまでの間に、 賃金が支払われない状態が続くことがあります。
その期間について、 「労災を申請したのだから傷病手当金は申請できない」 と考えてしまうと、 生活保障に空白が生じるおそれがあります。
だからこそ、 「労災か傷病手当金か、最初からどちらか一方だけ」 と単純に考えるのではなく、 業務上・業務外がまだ確定していない期間を どう取り扱うのか という視点で整理することが大切です。
1分でポイントを確認
実際に申請するときに確認したいこと
労災の休業(補償)等給付を申請中に 傷病手当金も検討する場合は、 少なくとも次の点を確認しておくとよいでしょう。
- 加入している健康保険が協会けんぽか健康保険組合か確認する
- 健康保険側に、同じ傷病について労災請求中であることを伝える
- 傷病手当金の申請書を提出する
- 労災決定まで給付判断を留保する取扱いか確認する
- 返納同意を前提とした先行支給の取扱いがあるか確認する
- 返納同意書等の提出が必要か確認する
- 後から労災認定された場合の返納・調整方法を確認する
- 傷病手当金と労災の休業請求の対象期間を記録しておく
- 健康保険・労基署双方から届いた通知を保存する
電話で確認した場合も記録を残しておきましょう。
確認した日、保険者名、担当部署、担当者、 説明された内容などをメモしておくと、 後から手続を整理しやすくなります。
労災申請中の傷病手当金に関するよくある質問
労災を申請したら傷病手当金は申請できませんか?
いいえ。 労災保険給付を請求中であっても、 健康保険の傷病手当金を申請すること自体は可能です。
厚生労働省は、 労災認定が確定していないことだけを理由として、 健康保険給付の申請を受理しないことは認められないと示しています。
労災申請中なら傷病手当金は必ず先にもらえますか?
必ずとはいえません。
健康保険側が申請を受理したうえで、 労災の業務上・業務外の判断が出るまで 給付判断を留保する場合があります。
一方、協会けんぽでは、 労災決定後に返納することへの同意を前提として、 いったん傷病手当金を支給する運用が公表されています。
健康保険組合でも先に支給してもらえますか?
労災請求中であることだけを理由として、 健康保険給付の申請そのものを受理しないという整理ではありません。
ただし、 すべての健康保険組合が協会けんぽと同じ方法で 認定前に支給するとは断定できません。
加入している健康保険組合へ、 労災申請中であることを伝えたうえで 現在の取扱いを確認してください。
傷病手当金を先にもらうと労災申請に不利になりますか?
傷病手当金を申請・受給したという事実だけから、 労災が業務外になるわけではありません。
労災保険では、 認定基準や個別の事実関係に基づいて 業務上・業務外が判断されます。
ただし、各申請書に記載する発病原因や経緯について 矛盾した説明にならないよう、 実際の事実関係を正確に記載することが重要です。
後から労災認定されたら傷病手当金はどうなりますか?
同じ傷病・同じ対象期間について労災給付が決定した場合は、 先に支給された傷病手当金について 保険者から返納又は調整に関する案内が行われることがあります。
具体的な対象期間、返納額、返納方法については、 加入している保険者からの案内を確認してください。
労災が不支給になった場合はどうなりますか?
労災で業務上と認められなかった場合には、 健康保険上の要件を満たしていれば、 傷病手当金の対象となり得ます。
ただし、傷病手当金には労務不能、待期、報酬との調整など 別の支給要件があります。 労災不支給だけで自動的に傷病手当金が支給されるわけではありません。
まとめ|労災申請中だから傷病手当金を申請できない、ではない
- 労災を申請しただけで、業務上疾病と確定したわけではありません。
- 労災請求中でも、健康保険の傷病手当金を申請すること自体は可能です。
- 労災未決定だけを理由として、申請そのものを受理しないことは認められていません。
- 一方、申請後、労災結果が出るまで健康保険給付を留保する場合があります。
- 協会けんぽでは、返納への同意を前提として、 労災決定前にいったん傷病手当金を支給する運用が公表されています。
- 協会けんぽでは、原則3か月おきに労基署へ 労災給付の支給状況を確認する運用も公表されています。
- 後から労災給付が決定した場合には、 傷病手当金の返納・調整が問題になります。
- 健康保険組合については、 加入している組合へ具体的な取扱いを確認することが重要です。
精神障害の労災では、 労災の調査中に長期間休職するケースがあります。
そのため、 「労災申請中だから傷病手当金は使えない」 「傷病手当金を申請したら労災を諦めたことになる」 と単純に考えないことが大切です。
労災申請中で生活費に不安がある場合には、 労災手続だけでなく、 加入している健康保険に 傷病手当金の取扱いを早めに確認しておくとよいでしょう。
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傷病手当金の具体的な支給・返納方法は、 加入している協会けんぽ・健康保険組合や 個別の支給状況によって異なる場合があります。
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