労災保険の不支給・審査請求

労災が不支給になったとき、「審査請求をすれば覆るのではないか」と考えるのは自然なことです。ただし、不支給に納得できないことと、費用や時間をかけて審査請求を進めるべきことは、必ずしも同じではありません。この記事では、不支給決定後に何を確認し、どのような場合に事実認定や心理的負荷の評価を問い直せるのかを、公式資料をもとに整理します。
先に結論
労災の不支給決定に対する審査請求は、誰でも一律に勧めるものではありません。重要なのは、労働基準監督署が何を事実として認め、何を認めず、どのような理由で心理的負荷を評価したのかを、決定通知書と資料から確認することです。
たとえば、監督署が出来事そのものを把握していない場合、原処分庁の意見書とチャット・メール・勤怠等が食い違う場合、本人だけへの不利益取扱いを比較資料で示せる場合などは、事実認定や評価を問い直せる可能性があります。
一方で、監督署が問題となる発言や出来事をすでに認めたうえで、業務指導の範囲内として心理的負荷を「中」と評価している場合、同じ資料をより強い言葉で説明し直すだけで判断が変わるとは限りません。
大切なこと
職場でつらい経験をしたことと、労災認定基準上「強い心理的負荷」を資料で示せることは、分けて確認する必要があります。これは、相談者のつらさや経験を否定する趣旨ではありません。
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労災が不支給になったとき、審査請求を進める意味があるケースと、 慎重に考えたいケースについて解説しています。
審査請求をすぐ勧めないことがある理由
労災保険給付の不支給決定に不服がある場合、労働者災害補償保険審査官に対して審査請求をすることができます。原則として、決定があったことを知った日の翌日から3か月以内です。
ただし、審査請求には、資料を読み直す時間、書面を整理する負担、手続への対応、精神的な負担が伴います。だからこそ、費用をかけて個別支援を受ける前に、判断を問い直すための具体的な材料があるかを確認する意味があります。
当事務所の相談方針
当事務所では、不支給決定通知書、原処分庁意見書、開示資料、手元の原本資料を確認し、事実認定または心理的負荷の評価を具体的に問い直せる材料があるかを整理します。
資料を確認した結果、現時点では有料支援を積極的に勧めない場合もあります。これは審査請求を諦めるよう勧めるものではなく、費用・時間・ご本人の負担に見合う具体的な争点があるかを率直にお伝えするためです。
なお、これは公的な判定基準ではなく、こもれび社労士事務所の相談方針です。審査請求をするかどうかの最終判断は、ご本人が行うものです。
最初に確認したい4つの資料
不支給決定を受けたときは、最初から「理由書を書かなければ」と考えるより、まず資料を次の順番で確認します。
| 資料 | 確認すること | 見落としやすい点 |
|---|---|---|
| 不支給決定通知書 | 疾病の発病自体は認められたか。不支給理由は、出来事の不存在か、心理的負荷の評価か、業務外要因か | 「不支給」の一語だけで判断せず、理由欄を読む |
| 原処分庁意見書 | 監督署が認めた事実、認めなかった事実、「業務指導の範囲内」とした理由 | 意見書は監督署側の意見であり、審査官の最終決定ではない |
| 原本資料 | チャット、メール、勤怠、業務指示、制度資料、録音など | 抜粋ではなく、前後関係・日時・参加者が分かる原本が重要 |
| 医療資料 | 初診時の症状、発病時期、出来事との関係、受診・休業の経過 | 診断名があることだけでは、業務上と認められるとは限らない |
精神障害の労災認定では、対象疾病を発病していることに加え、発病前おおむね6か月の間に、業務による強い心理的負荷が認められることなどが必要です。
「対象疾病の発病前おおむね6か月の間に、業務による強い心理的負荷が認められること。」
厚生労働省「心理的負荷による精神障害の認定基準について」(令和5年9月1日付基発0901第2号)
審査請求を検討しやすいケース
次のような場合は、監督署の事実認定または評価を具体的に問い直せる可能性があります。
| 監督署の判断 | 手元にある資料 | 確認する意味 |
|---|---|---|
| 「出来事は確認できない」 | チャット原本、メール、録音、勤怠、同僚の陳述 | 出来事の事実認定を問い直せる可能性がある |
| 「本人だけではない」 | 他職員との比較資料、制度運用記録、処分記録 | 不利益取扱いの認定を再検討できる可能性がある |
| 「業務外の作業」 | 上司からの依頼、納期、修正指示、会社利用の記録 | 業務性や心理的負荷の評価を確認できる可能性がある |
| 「心理的負荷は中」 | 複数出来事の全記録、相談後も改善しない記録、時系列資料 | 出来事の一体評価・総合評価を求める余地がある |
| 「発病後の出来事」 | 診療録、受診経過、休業・服薬変更、主治医の医学的意見 | 発病後の悪化との関係を検討できる可能性がある |
認定基準では、発病に関与する業務上の出来事が複数ある場合、関連する出来事は全体を一つの出来事として評価し、関連しない複数の出来事でも、近接性、継続期間、内容、数などを踏まえて全体を総合評価するとされています。
「対象疾病の発病に関与する業務による出来事が複数ある場合には…業務による心理的負荷の全体を総合的に評価する。」
厚生労働省「心理的負荷による精神障害の認定基準について」
もっとも、複数の出来事があれば自動的に「強」になるわけではありません。出来事の内容、相互の関係、発病との時間的な近接性、継続期間、客観資料による裏付けを確認する必要があります。
慎重に考えたいケース
次のような場合は、審査請求が制度上できないという意味ではありませんが、費用をかけて本格対応を進める前に、資料を慎重に見直す必要があります。
- 監督署が問題発言や不利益取扱いの一部を、すでに事実として認めている
- 複数人の関与や厳しい表現を把握したうえで、心理的負荷を「中」と評価している
- 原本チャットが一部しかなく、前後関係、回数、閲覧範囲を示せない
- 「本人だけ不利だった」とする比較資料がない
- 業務だったと主張する作業について、依頼、期限、会社利用を示す資料がない
- 診療録上、発病時期と出来事との関係を具体的に整理できない
- 本人の説明に日付や経緯の揺れがあり、それを補う客観資料がない
監督署が出来事を認めたうえで「中」と評価している場合、同じ資料を言い換えるだけでは評価が変わらないことがあります。何が認定され、どの評価要素が資料と合っていないのかを、具体的に示す必要があります。
メンタル労災で混同しやすいこと
精神障害の労災では、つらかった事実を強い言葉で表現することより、客観資料で確認できる事実を整理することが重要です。
| 混同しやすいこと | 確認すべきこと |
|---|---|
| 不適切な発言があった = 直ちに「強」 | 発言の内容、反復・継続、職務上の関係、公開性、会社対応 |
| 夜間に投稿があった = 勤務時間外対応を強いられた | 勤務時間、返信の有無、即時対応の必要性、翌日以後の負担 |
| 複数人が関わった = 反復・継続的なハラスメント | 発言者、回数、期間、前後関係、職務上の優越性 |
| ペナルティーがあった = 本人だけへの不利益取扱い | 制度の基準、他職員への適用、未提出・遅延の比較資料 |
| 修正コメントがあった = 直ちに業務命令 | 初回依頼、納期、会社利用、未対応時の扱い、業務分担 |
パワーハラスメントに関する心理的負荷の評価では、指導・叱責に至る経緯、言動の内容や程度、職務上の関係、反復・継続などの執拗性、就業環境を害する程度、会社の対応と改善状況などが確認事項とされています。
「反復・継続など執拗性の状況」「会社の対応の有無及び内容、改善の状況等」
厚生労働省「心理的負荷による精神障害の認定基準について」別表1・項目22
審査請求で本人ができること
審査請求は、専門家に依頼しなければできない手続ではありません。法令上、本人が文書または口頭で審査請求を行い、文書・証拠を提出することができます。
「審査請求は…文書又は口頭ですることができる。」
「審査請求人…は、証拠となるべき文書その他の物件を提出することができる。」
労働保険審査官及び労働保険審査会法 第9条、第14条の3
また、審査請求人の申立てがあれば、原則として口頭で意見を述べる機会が設けられます。口頭意見陳述では、審査官の許可を得て、原処分をした行政庁に質問することもできます。
「口頭で意見を述べる機会を与えなければならない。」
「審査官の許可を得て…原処分をした行政庁に対して、質問を発することができる。」
労働保険審査官及び労働保険審査会法 第13条の3
書面や証拠資料を提出することと、口頭意見陳述を申し立てることは、別々に定められた手続です。法令上、書面を出した後に口頭意見陳述を行うことを禁じる規定は確認できません。
個別に確認が必要なこと
意見書・証拠の提出期限、口頭意見陳述の日程、質問状の事前提出の要否、閲覧・写し交付の申請方法などは、担当審査官が指定する場合があります。送付状や審査官からの通知を確認し、必要に応じて担当審査官へ確認してください。
不支給理由・調査資料を確認する方法
不支給理由や調査資料を確認する方法には、行政文書・保有個人情報の開示制度と、審査請求手続内での閲覧・写し交付という、区別して考えるべき仕組みがあります。
| 方法 | 主な対象 | 注意点 |
|---|---|---|
| 行政文書・保有個人情報の開示 | 行政機関が保有する文書や本人情報 | 第三者情報などにより、部分開示・黒塗りとなることがある |
| 審査請求手続内の閲覧・写し交付 | 審査官に提出された文書その他の物件 | 第三者の利益を害するおそれなど、正当な理由があれば制限され得る |
開示資料に黒塗りがある場合、第三者の個人情報などが含まれている可能性があります。黒塗りがあるだけで直ちに不当とはいえません。しかし、判断に必要な内容まで確認できない場合は、開示決定通知に記載された不開示理由を確認し、必要に応じて不服申立てや審査請求手続内での閲覧・写し交付を検討します。
「審査請求人…は、決定があるまでの間、審査官に対し…提出された文書その他の物件の閲覧…又は…写し…の交付を求めることができる。」
労働保険審査官及び労働保険審査会法 第16条の3
どの資料を見られるか、どの範囲で写しが交付されるか、黒塗り部分をどこまで確認できるかは、個別の資料と担当審査官の取扱いによります。記事だけで一律に判断することはできません。
相談前にそろえる資料
審査請求を検討する場合、最初からすべてを完璧にそろえる必要はありません。ただ、次の資料があると、何が争点になるかを確認しやすくなります。
- 不支給決定通知書
- 原処分庁意見書
- 開示資料一式、開示決定通知書、不開示理由が分かる書面
- 審査請求書の控え、審査官からの通知、提出期限が分かる書類
- チャット・メール・録音など、抜粋ではない原本資料
- 勤怠、給与明細、業務指示、業務分担、制度資料
- 初診時の診療録、診断書、主治医意見書、受診・休業の経過が分かる資料
- 本人だけへの不利益取扱いを主張する場合は、比較対象となる資料
不支給理由と手元の資料を、まず整理したい方へ
こもれび社労士事務所では、不支給決定通知書、原処分庁意見書、開示資料、チャットやメール等を確認し、審査請求で具体的に問い直せる点があるかを整理します。
資料を確認した結果、現時点では本格的な支援を積極的に勧めない場合もあります。反対に、事実認定や評価を問い直す資料がある場合には、何を主張し、何を補強すべきかを整理します。
※まずは不支給決定通知書、原処分庁意見書、審査官から届いた書類の有無をお知らせください。資料が多い場合は、送付方法をご案内します。



