精神障害の労災で初診日=発病日ではない|発病時期と「発病前おおむね6か月」を裁決から解説

精神障害の労災申請では、「いつ発病したのか」が非常に重要です。
では、発病時期とはいつでしょうか。
初めて心療内科や精神科を受診した日でしょうか。
医師から「うつ病」「適応障害」と診断された日でしょうか。
それとも、会社を休み始めた日でしょうか。
精神障害の労災認定では、初診日=発病日とは限りません。
症状の種類・程度・持続期間・経過などから、
診断ガイドラインに照らして、対象となる精神障害を発病したと医学的に判断できる時期を検討します。
実際の労働保険審査会の裁決には、 受診よりおおむね2~3か月前まで遡って発病時期が認定された事案 があります。
そして、発病時期が変わると、 労災認定で重要となる「発病前おおむね6か月」の評価期間も変わります。
その結果、パワーハラスメント、配置転換、退職勧奨、長時間労働などが 「発病前の出来事」として評価されるのか、 それとも「発病後の出来事」になるのかが変わることがあります。
この記事で分かること
- 精神障害の労災における「発病時期」とは何か
- 初診日・診断日・休職日との違い
- 初診前まで発病時期を遡って認定した実際の裁決
- 不眠が始まった日が、そのまま発病日になるとは限らない理由
- 医師が記載した発病時期と異なる判断がされる場合
- 発病時期が「発病前おおむね6か月」に与える影響
- 発病時期を確認するために整理しておきたい資料
動画で解説|精神障害の労災「発病時期」はどう決まる?
「初診日=発病日ではない」とはどういうことなのか。 精神障害の労災における発病時期の考え方を、動画でも分かりやすく解説しています。
この記事の注意点
発病時期は、本人が自由に設定できるものではありません。
また、「この出来事を6か月以内に入れたいから発病日を後ろにする」といった考え方で決めるものでもありません。
症状経過や診療録などをもとに、医学的に判断されます。
精神障害の労災でいう「発病時期」とは?
厚生労働省の「心理的負荷による精神障害の認定基準」では、 精神障害の労災認定について、主に次の3つの要件を定めています。
- 対象となる精神障害を発病していること
- 発病前おおむね6か月の間に、業務による強い心理的負荷が認められること
- 業務以外の心理的負荷や個体側要因により発病したとは認められないこと
ここで重要なのが、2つ目の 「発病前おおむね6か月」です。
つまり、心理的負荷を評価する期間を考えるためには、 まず「いつ発病したのか」を判断する必要があります。
現行の認定基準では、発病時期についても ICD-10の診断ガイドラインに基づいて判断するとされています。
発病時期を一つの日に特定することが難しい場合でも、 心理的負荷となる出来事との関係などを踏まえて、 できる限り時期の範囲を絞り込んだ医学的意見を求めて判断します。
ポイント
発病時期とは、単に「最初に調子が悪くなった日」ではありません。
診断ガイドラインに照らし、対象となる精神障害を発病したと医学的に判断できる時期を、
症状の種類・程度・持続期間・経過などから検討するものです。
初診日・診断日・休職日=発病日ではない
発病時期を考えるとき、混同されやすい日付があります。
| 時期 | 意味 | 発病時期との関係 |
|---|---|---|
| 初診日 | 初めて医療機関を受診した日 | 重要な資料だが、当然に発病日になるわけではない |
| 診断日 | 医師が傷病名を診断した日 | 診断ガイドラインに照らして発病時期を検討する資料になる |
| 休職開始日 | 休職を開始した日 | 機能低下の重要な資料だが、発病後に悪化した結果の場合もある |
| 欠勤開始日 | 出勤できなくなった日 | 勤務能力低下の資料になるが、単独で発病時期を決めるものではない |
| 最初の症状 | 不眠・不安・食欲低下などが現れた時期 | 前駆症状の場合もあり、その時点で精神障害を発病していたとは限らない |
| 発病時期 | 対象疾病を発病したと医学的に判断される時期 | 原則として「発病前おおむね6か月」の評価期間を定める基準時点になる |
したがって、 「初診日だから発病日」「休職した日だから発病日」 と機械的に決めることはできません。
1分で確認|初診日=発病日ではありません
精神障害の労災で重要な「発病時期」と「初診日」の違いを、ショート動画でも解説しています。
実際に初診より前まで発病時期を遡った裁決がある
労働保険審査会の公表裁決を見ると、 初診日より前の時期を発病時期として認定した事案が確認できます。
裁決を読むときの注意
以下で紹介する裁決は、主として平成23年の認定基準に基づいて判断されたものです。
令和5年の現行認定基準による裁決ではありません。
そのため、個々の出来事の心理的負荷評価を現在の基準へそのまま当てはめることはできませんが、
症状経過、診療録、関係者の申述、医学的意見から発病時期を判断する構造は、
現在の実務を考えるうえでも参考になります。
平成31年労第128号|2月の初診に対し、前年12月頃の発病を認定
この事案では、2016年2月19日に初診していましたが、 発病時期は2015年12月頃と判断されています。
発病時期の判断では、同じ頃に 食欲減退や無気力などが顕著になった経過や医学的意見が検討されています。
一方、請求人は2016年2月頃の発病を主張していましたが、 その時期を採用する医学的根拠がないとして採用されませんでした。
さらに、この裁決では、請求人が主張した2016年1月以降の出来事について、 認定された2015年12月頃の発病後の出来事であるとして、 発病前の心理的負荷の評価対象にはできないと判断されています。
ここから分かること
本人が病気だと認識した時期や、実際に受診した時期より前でも、
症状経過と医学的根拠から発病時期が遡って判断されることがあります。
その結果、本人が重要だと考えていた出来事が「発病後の出来事」とされる場合もあります。
平成31年労第161号|3月の受診に対し、前年12月頃の発病を認定
この事案では、2016年3月28日に医療機関を受診し、 4月8日にうつ病と診断されていました。
しかし、発病時期は2015年12月頃と判断されています。
つまり、初回受診よりおおむね3か月、 診断日よりおおむね4か月前の時期です。
また、この裁決では、発病後に行われた賃金減額について、 発病前の心理的負荷の評価対象にすることはできないと判断されています。
この裁決からも、 「医師から診断された日=発病した日」ではないこと、 そして、発病時期の認定によって、ある出来事が「発病前」か「発病後」かに分かれることが分かります。
「不眠が始まった日」がそのまま発病日になるとも限らない
反対に、何らかの症状が最初に出た日を、 そのまま発病時期にするわけでもありません。
平成26年労第386号では、不眠が先に生じていました。
しかし、その不眠の開始時期を直ちにうつ病エピソードの発病時期とはせず、 その後に食行動の異常、不安、焦燥などが加わった年末頃を 発病時期と判断しています。
「最初に不眠が出た日」=「精神障害の発病日」ではありません。
不眠が前駆症状にとどまる場合もあり、
他の症状、症状の程度、持続期間、生活・勤務機能の変化などを含めて判断する必要があります。
初診前の身体症状や出勤困難も判断材料になる
精神障害では、最初から「抑うつ気分」といった分かりやすい精神症状だけが現れるとは限りません。
平成26年労第253号では、 軽いめまいや腹痛が現れ、その後、寝込んで出社が困難となり、 さらに後になって医療機関を受診した経過が記載されています。
専門部会は、混合性不安抑うつ反応の発病時期を 同月上旬頃と判断しました。
このように、受診前の身体症状や勤務状況の変化も、 後から診療録や関係者の申述などと照らして、 発病時期を検討する資料になることがあります。
※公表裁決では具体的な月日が匿名化されているため、初診との正確な日数差は確認できません。
医師が記載した発病時期で必ず決まるわけでもない
もう一つ重要なのが、主治医などの医学的意見です。
現行の認定基準では、治療歴のない自殺事案を除き、 原則として主治医から、疾患名、発病時期、主治医が考える発病原因、 それらの判断根拠について意見を求めます。
ただし、 医師の意見書に「○月発病」と書いてあれば、その時期が無条件に採用されるわけではありません。
平成29年労第125号では、請求人がより早い発病時期を主張し、 医師の意見書にも、その早い時期に「うつ状態を発病した」と記載されていました。
しかし、その医師が作成した診療録には、 同じ時期に請求人が精神症状を訴えていたことを裏付ける記録が見当たりませんでした。
さらに、同じ医師が作成した傷病手当金の申請書には、 意見書とは異なる発病時期が記載されていました。
労働保険審査会は、こうした記録の内容や不一致を検討したうえで、 意見書に記載された早い発病時期を採用しませんでした。
重要なポイント
後から作成された意見書に発病時期が記載されていても、
当時の診療録、初診時の問診、勤務状況、生活状況、過去に作成された書類などと整合しているかが重要になります。
なぜ発病時期がそれほど重要なのか
最大の理由は、 発病時期を基準に「発病前おおむね6か月」の心理的負荷を評価するからです。
例えば、当初は「2月頃の発病」と考えていたものが、 医学的検討の結果「前年12月頃の発病」と判断されたとします。
すると、評価対象となるおおむね6か月の期間も、 原則として、それに対応して前へ動きます。
発病時期が前後すると、例えば次の点が変わる可能性があります
- パワーハラスメントや叱責が発病前か発病後か
- 配置転換や退職勧奨が評価対象期間に入るか
- 時間外労働を集計する月
- 複数の出来事をどのように組み合わせて評価するか
- 出来事を「発病原因」と見るのか「発病後の悪化要因」と見るのか
重要な出来事が「発病後」になることもある
相談者ご本人にとって最もつらかった出来事が、 必ずしも精神障害を発病させた出来事として評価されるとは限りません。
例えば、強い叱責や解雇通告の前に、 すでに対象となる精神障害を発病していたと判断された場合、 その出来事は新規発病の原因ではなく、 発病後の悪化との関係で検討される場合があります。
平成25年労第191号では、 請求人が特に重要視していた諭旨解雇の勧告や上司からの罵声などを含め、 主張された出来事のほとんどが、 認定された発病前おおむね6か月の範囲外であり、 発病原因としての評価対象にはならないと判断されています。
「6か月より前の出来事は全部無視される」わけではない
ここは誤解しやすいところです。
「発病前おおむね6か月」が基本だからといって、 6か月より前に始まった出来事がすべて切り捨てられるわけではありません。
例えば、ハラスメントやいじめが6か月より前に始まり、 発病前おおむね6か月の期間にも継続している場合には、 開始時からの一連の行為を評価する取扱いがあります。
また、出来事自体が6か月より前でも、 その出来事後の状況が評価期間内まで続いている場合には、 発病前おおむね6か月の間の状況や対応が評価対象になることがあります。
注意
「出来事が発病の6か月より1日でも前なら、一切評価されない」
と考えるのは正確ではありません。
継続するハラスメントや出来事後の状況などは、個別に確認する必要があります。
発病時期は何を見て判断されるのか
公表裁決を見ると、発病時期の判断では一つの資料だけではなく、 複数の情報が組み合わされています。
| 確認事項 | 見るポイント |
|---|---|
| 睡眠 | 不眠の開始だけでなく、程度・持続・他症状との関係 |
| 食欲・食行動 | 食欲低下や食行動の変化がいつ顕著になったか |
| 気分・意欲 | 抑うつ、無気力、不安、焦燥などの経過 |
| 身体症状 | 息苦しさ、めまい、腹痛、疲労などと精神症状との関係 |
| 勤務状況 | 欠勤、遅刻、ミス、出勤困難、業務遂行能力の変化 |
| 診療録 | 初診時の訴え、症状の継続、後日の意見書との整合性 |
| 本人・家族・職場の申述 | 受診前の言動や生活・勤務上の変化 |
| 医学的意見 | 症状経過から、発病時期を医学的に説明できるか |
発病時期が問題になりそうな場合に確認したい資料
労災申請を検討するときは、 「発病日はいつだったのか」を先に決めて資料を集めるより、 症状と生活・勤務機能の変化を時系列で整理する方が重要です。
- 精神科・心療内科の診療録
- 初診時の問診票
- 診療情報提供書
- 不眠・動悸・腹痛・頭痛などで受診した他科の記録
- 処方履歴・お薬手帳
- 健康診断、ストレスチェック
- 産業医・保健師との面談記録
- 休職診断書・就業制限の意見書
- 欠勤・遅刻・早退・有給休暇の記録
- 勤怠記録、パソコンログ、入退場記録
- 仕事上のミス、作業遅延、担当変更などが分かる資料
- 家族が把握していた睡眠・食欲・言動などの変化
- 同僚や上司が把握していた勤務状況の変化
- メール、LINE、チャット、日記、手帳
- 主治医が発病時期を判断した具体的な根拠
特に、 「医師が意見書などに記載した発病時期」と「診療録から読み取れる症状経過」が異なっている場合 は、その理由を確認しておくことが重要です。
実務では「3本の時系列」に分けると整理しやすい
発病時期が問題になるケースでは、 少なくとも次の3つを分けて整理することが重要です。
① 症状の時系列
不眠、食欲低下、不安、抑うつ、焦燥、身体症状などが、いつ、どの程度生じたか。
② 生活・勤務機能の時系列
遅刻、欠勤、ミス、出勤困難、家事困難など、生活や仕事にどのような変化が生じたか。
③ 業務上の出来事の時系列
長時間労働、叱責、ハラスメント、配置転換、退職勧奨などがいつ起きたか。
そして、 出来事があった日から逆算して発病時期を設定するのではなく、まず症状経過から医学的な発病時期の範囲を整理する ことが大切です。
そのうえで、その発病時期を前提として、 発病前おおむね6か月の業務上の出来事を評価していきます。
よくある誤解を整理
| 誤解しやすい説明 | より正確な考え方 |
|---|---|
| 初診日が発病日 | 初診日は重要な資料だが、症状経過等から初診前まで遡ることがある |
| 医師が記載した日で決まる | 診療録、認定事実、症状経過、過去の書類との整合性も検討される |
| 不眠が始まった日が発病日 | 前駆症状の場合もあり、他の症状や程度・持続期間も含めて判断する |
| 休職開始日が発病日 | 休職は機能低下の資料だが、発病後の悪化の結果であることもある |
| 6か月より前の出来事は全部対象外 | 継続するハラスメントや出来事後の状況などは評価される場合がある |
| 発病日を1日に確定しなければならない | 「○月頃」「○月上旬頃」など、可能な範囲まで絞って判断されることがある |
発病時期が違えば、労災の見え方が変わることがある
精神障害の労災では、 「どれほどつらい出来事だったか」だけを確認すればよいわけではありません。
その出来事が、 精神障害を発病する前に起きたのか、発病した後に起きたのか という時間的な関係も重要です。
発病時期が数か月違えば、 発病前おおむね6か月の範囲が動き、 長時間労働を集計する期間や、 ハラスメント・配置転換・退職勧奨などの位置付けが変わることがあります。
発病時期は、労災申請のために都合よく決めるものではありません。
だからこそ、診療録、症状経過、勤務状況、家族や職場関係者が把握していた変化などを時系列で確認し、
医学的にどの時期が妥当なのかを整理することが重要です。
まとめ|「いつ受診したか」だけでは発病時期は決まらない
精神障害の労災認定における発病時期について、 最も重要な点をまとめます。
- 初診日=発病日とは限らない
- 診断日・休職日・欠勤開始日も、それだけで発病時期が決まるわけではない
- 診断ガイドラインに基づき、症状の種類・程度・持続期間・経過などから医学的に判断する
- 実際の裁決では、初診より数か月前まで遡って発病時期を認定した事案がある
- 最初の不眠などが、そのまま発病時期になるとは限らない
- 医師の意見書は重要だが、診療録や当時の状況、過去の書類との整合性も確認される
- 発病時期が変われば「発病前おおむね6か月」の評価期間も変わる
- その結果、長時間労働やハラスメントなどの評価が変わる可能性がある
特に、 「一番つらかった出来事の直後に受診したから、その受診日が発病日だろう」 と考えてしまうと、実際の認定上の発病時期とずれる可能性があります。
精神障害の労災申請では、 出来事の時系列だけでなく、 症状・生活機能・勤務機能の時系列を診療録などの資料と照らして整理すること が大切です。
メンタル労災のご相談
こもれび社労士事務所では、パワーハラスメントや長時間労働などによる精神障害の労災について、 出来事だけでなく、診療録や症状経過、発病時期、発病前おおむね6か月の関係も含めて資料を整理しています。
「自分の場合、どの時期が発病時期として問題になりそうか」 「重要な出来事が発病前おおむね6か月に入るのか分からない」 といった場合も、まず現在ある資料を確認しながら整理していきます。
LINEで相談する参考にした主な公的資料・裁決
- 厚生労働省「心理的負荷による精神障害の認定基準について」 (令和5年9月1日・基発0901第2号)
- 厚生労働省「心理的負荷による精神障害の認定基準に係る運用上の留意点について」
- 厚生労働省「精神障害の労災認定の基準に関する専門検討会報告書」 (令和5年7月)
- 労働保険審査会 平成31年労第128号
- 労働保険審査会 平成31年労第161号
- 労働保険審査会 平成26年労第386号
- 労働保険審査会 平成26年労第253号
- 労働保険審査会 平成29年労第125号
- 労働保険審査会 平成25年労第191号
※公表裁決は、氏名だけでなく、年月日や出来事の時期も匿名化されている場合があります。 また、審査資料、原処分庁の判断、労災保険審査官の決定理由などが省略されていることもあるため、 原処分庁・審査官・労働保険審査会それぞれの発病時期や、すべての医学資料を公表資料だけから復元できるとは限りません。 本記事では、公表資料から確認できる事実と、そこから読み取れる実務上のポイントを区別して整理しています。
※本記事は、精神障害の労災認定に関する一般的な情報を提供するものです。 個別の事案では、傷病名、症状経過、診療録、業務上の出来事、適用される認定基準等によって判断が異なります。
ここまで読んで、まだ迷っていても大丈夫です。

まずは、今の状況を整理するところからで大丈夫です
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