事務から営業への配置転換後にうつ病|労災不支給が維持された裁決を解説

事務から営業への配置転換後のうつ病と労災不支給裁決を解説

事務職から営業職へ配置転換され、その後うつ病を発病した場合、労災は認められるのでしょうか。仕事内容の変化が大きく、会社の配慮が十分でなかったとしても、それだけで労災認定が決まるわけではありません。

実際に、事務から営業への配置転換があり、職場の配慮に不足する面も認められたものの、精神障害の労災不支給処分が維持された裁決があります。労働保険審査会の平成25年労第545号です。

この事例では、うつ病エピソードの発病自体は認められました。しかし、審査会は配置転換などによる業務上の心理的負荷を全体として「中」と評価し、再審査請求を棄却しました。

本記事では、厚生労働省公表の裁決をもとに、会社の支援、営業ノルマをめぐる主張の相違、同僚との出来事、複数の出来事の評価を整理します。裁決当時の基準と現在の認定基準は分けて解説します。

この記事のポイント
  • 「うつ病の発病が認められること」と「仕事が原因として労災認定されること」は別の判断です。
  • 配置転換は心理的負荷「中」と評価されました。配慮不足の面は認められたものの、会社の支援・協力が全くなかったとはいえないと判断されています。
  • 営業ノルマについては本人と上司の説明が対立しており、達成困難なノルマがあったと認定された裁決ではありません。
  • これは当時の認定基準による個別事例です。現在の基準で同じ結論になると断定することはできません。
動画で解説|配置転換後のうつ病と労災不支給の判断理由

会社の配慮不足が一部認められたのに、 なぜ労災不支給が維持されたのでしょうか。 実際の裁決をもとに、判断のポイントを動画で解説します。

1.裁決の概要――何が争われたのか

請求人は、勤務先での配置転換や業務上の出来事などが原因でうつ病を発病したとして、療養補償給付を請求しました。しかし、労働基準監督署長は業務上の精神障害とは認めず、不支給処分を行いました。その後、審査官への審査請求も棄却され、労働保険審査会への再審査請求でも不支給処分が維持されました。

事件番号平成25年労第545号
裁決機関労働保険審査会
掲載区分厚生労働省「業務上外(平成27年裁決)」
対象疾病うつ病エピソード(国際疾病分類ICD-10ではF32)
原処分療養補償給付の不支給
主な争点発病した精神障害に業務起因性が認められるか
裁決結果再審査請求棄却(不支給処分を維持)

出典:労働保険審査会「平成25年労第545号」裁決、公表版1~4頁。

「平成25年労第545号」は事件番号であり、平成25年に裁決されたという意味ではありません。厚生労働省では平成27年裁決の区分に掲載されています。公表版から裁決の具体的な月日は確認できないため、ここでは記載しません。

掲載区分:厚生労働省「業務上外(平成27年裁決)」一覧。

うつ病の発病自体は認められていた

審査会は、専門部会の意見や関係する医学資料を踏まえ、請求人がうつ病エピソードを発病したことを認めています。その一方で、仕事上の出来事による心理的負荷が、労災認定に必要な程度に達したかを別に検討しました。

「病気がある」と「労災である」は別

この事例の不支給は、「うつ病ではない」と判断されたからではありません。業務上の心理的負荷の評価が、認定基準上の「強」に達しなかったことが結論につながっています。

出典:対象裁決・公表版2~4頁。

2.事務から営業への配置転換と、本人の事情

公表された裁決によると、請求人は会社で複数の配属先を経験し、営業職として新規拡販業務などに従事していました。審査会は、事務の仕事から営業職への配置転換を、発病前おおむね6か月間の評価対象として取り上げています。

請求人には、くも膜下出血後の高次脳機能障害が残っており、自動車を運転できない事情がありました。また、電話で用件を聞き取ったり、伝えたりすることが難しい事情も、同僚との出来事の評価に登場します。

営業の仕事では、訪問先への移動や相手とのやり取りが必要になることがあります。したがって、本人が実際に何を求められ、どのような支援を受けられたのかが重要な検討点になります。

ただし、具体的な異動日や業務量など、公表版から分からない事情もあります。「急な異動だった」「長時間労働だった」などと推測して補うことはできません。

出典:対象裁決・公表版1~3頁。

3.会社の配慮不足があっても、なぜ心理的負荷は「中」だったのか

審査会は、配置転換について、当時の評価表の「配置転換があった」に当てはめ、平均的な心理的負荷の強度を「Ⅱ」としたうえで、個別事情を踏まえた評価を「中」としました。

「Ⅱ」は出来事の種類ごとに示された目安であり、「中」は、その人の具体的な業務や出来事後の状況まで検討した評価です。

この判断で注目したいのは、審査会が職場全体の配慮に不足する面があったことを認めている点です。

一方、上司は、訪問先を伝え、同じ方面へ向かう営業担当者の車に乗せてもらうよう指導した旨を説明していました。審査会は、こうした説明などを踏まえ、会社の支援・協力が全くなかったとはいえないと判断しました。

この裁決の読み違いに注意

「会社の配慮は十分だった」と認定されたわけではありません。また、「会社が少しでも支援すれば労災にならない」という一般的なルールでもありません。支援の有無や配置転換の負担を、本件の事情に即して評価した結果です。

公表版からは、実際に何回同行できたのか、必要な場面でどの程度支援が機能したのかまでは確認できません。この点は、類似の事案で資料を整理する際に重要な区別になります。

出典:対象裁決・公表版2~3頁。評価区分については、平成23年認定基準・PDF4~5頁も参照。

4.営業ノルマはあったのか――本人と上司の説明の違い

請求人は営業ノルマがあったと主張しました。しかし、上司はノルマがなかったと説明しています。裁決では、新規開拓業務の進め方に関する上司の説明も示されていますが、達成困難なノルマの存在が明確に認定されたわけではありません。

公表版には、売上目標の数値、訪問件数、目標達成率、未達成時の不利益、目標の強制性などについて、具体的な認定が示されていません。

したがって、「厳しい営業ノルマがあったのに労災不支給となった事件」と紹介するのは不正確です。裁決で「中」と評価されたのは配置転換の出来事であり、ノルマが独立して「中」と評価されたという記載もありません。

出典:対象裁決・公表版3頁。

現在の認定基準では「ノルマ」という名称だけで判断しない

令和5年9月改正の認定基準では、達成が強く求められる業績目標なども、ノルマに関する評価の対象になり得ます。目標の内容や困難性、達成を求められる程度、未達成時の影響、達成のための負担などを確認します。

これは現在の制度の一般的な説明であり、今回の裁決に令和5年の基準をさかのぼって適用したものではありません。

出典:令和5年認定基準・別表1項目7。

5.同僚との出来事や飲み会の発言はどう評価されたか

審査会は、配置転換だけでなく、同僚とのやり取りなども検討しています。

出来事 公表版での判断 心理的負荷
事務から営業への配置転換 配慮不足の面はあるが、支援・協力が全くなかったとはいえない 中
前の事業場への復帰をめぐる同僚の発言 相手は発言の記憶を否定。審査会は、人事に関与する立場ではないことなども踏まえ、客観的なトラブルとまではいえないと判断 弱
電話対応をめぐる同僚の注意・叱責 相手は人格を否定する言い方を否定。審査会は、電話対応が業務の一環であることなどを踏まえ、客観的なトラブルとまではいえないと判断 弱
飲み会での発言 発言の事実は確認できず、仮にあっても本件では業務以外の飲み会と判断 業務上の評価対象とせず

出典:対象裁決・公表版3~4頁。表は公表された判断の要約です。

ここでも、請求人の説明と、相手方の説明、審査会が認めた内容を分けて読む必要があります。相手方の立場や発言の内容など、個別事情を踏まえた判断であり、「人事に関与しない同僚の発言なら負担にならない」「業務上の注意なら問題にならない」という意味ではありません。

なお、本件の飲み会の評価から、「飲み会で起きた出来事は、どのような場合も労災の対象にならない」と一般化することもできません。

6.なぜ労災不支給が維持されたのか

審査会の判断は、次の流れで整理できます。

  1. 医学的資料などから、うつ病エピソードの発病を認めた。
  2. 認定基準上の「特別な出来事」は認めなかった。
  3. 配置転換の心理的負荷を「中」、同僚との二つの出来事をそれぞれ「弱」と評価した。
  4. 複数の出来事を全体として評価しても、心理的負荷は「中」にとどまると判断した。
  5. 業務上の強い心理的負荷が認められないとして、再審査請求を棄却した。
配置転換「中」+同僚との出来事「弱・弱」→全体も「中」

本件では、複数の出来事を合わせても認定基準上の「強」には至らないと判断され、不支給処分が維持されました。

「中」「弱」は、本人の苦痛の大きさを軽視する表現ではなく、認定基準に沿った業務上の心理的負荷の評価区分です。また、高次脳機能障害が残っていたことを直接の理由として不支給にした、という判断は公表版には示されていません。

裁決では、請求人による追加調査の申立ても採用されていません。ただし、その具体的内容は公表されておらず、「どの証拠を追加すれば結論が変わったか」までは分かりません。

出典:対象裁決・公表版2~4頁。

60秒で確認|なぜ労災不支給が維持されたのか

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7.裁決当時と現在の認定基準――共通する考え方と整理された項目

今回の裁決で用いられたのは、平成23年12月26日付けの「心理的負荷による精神障害の認定基準」です。

一方、現在の制度を考える際には、令和5年9月1日付けの改正認定基準と、その運用上の留意点を確認する必要があります。令和5年基準は、平成23年の基準を廃止して定められたものです。

令和5年の改正では、評価項目の統合や具体例の拡充などが行われました。ただし、認定要件や複数の出来事を総合評価する基本的な枠組みが、全面的に変わったわけではありません。以下は、本件に関係する項目の対応関係を整理したものです。

論点 裁決当時の基準 令和5年改正基準
配置転換 別表1・項目21「配置転換があった」 項目17「転勤・配置転換等があった」
仕事内容・仕事量の変化 項目15 項目11
ノルマ 項目8・9 項目7に整理
同僚とのトラブル 項目31等 項目25等(内容により項目23も検討)
複数の出来事 出来事の関連性、内容、数、時間的近接性などから全体評価 基本的な枠組みは維持し、継続・重複や発病との近接性などの考慮要素を明確化

出典:平成23年認定基準、令和5年認定基準、令和5年・運用上の留意点。

配置転換の事実だけで「強」とは決まらない

現在の認定基準でも、部署や職種が変わったという事実だけではなく、業務の困難性、責任の変化、本人の経験との隔たり、職場の支援・協力の状況などを具体的に確認します。

出典:令和5年認定基準・別表1項目17。

会社の支援は、実際に機能したかどうかも重要

ここからは、この裁決と認定基準を踏まえた申請準備上のポイントです。

会社から「支援する」と言われていたことと、実際に必要な場面で支援が受けられたことは、同じではありません。配置転換後の具体的な仕事と、支援の実施状況を分けて整理することが有用です。

なお、本件の公表版だけで、現在の認定基準による結論を判定し直すことはできません。

8.配置転換後のうつ病で労災申請を考える際、何を整理するか

今回の裁決を、個別の労災申請にそのまま当てはめることはできません。一方、配置転換による心理的負荷を説明する際には、次のような事情を事実に沿って整理することが役立ちます。

整理する点 確認したい内容の例
異動前後の仕事内容 内勤・外勤、顧客対応、新規開拓、電話、移動、判断業務の違い
仕事の難しさ 未経験業務、必要な知識・技能、責任の増減、業務量
教育・支援 研修、同行、業務分担、相談先、支援が実際に行われた日や内容
目標・ノルマ 数値目標、達成期限、達成可能性、未達成時の影響
相談と会社の対応 本人が伝えた困難、会社の返答、その後の業務変更や支援
症状と時系列 異動、負担の増加、症状の出現、受診、発病時期の関係

資料としては、異動通知、業務指示メール、営業日報、目標管理表、勤務記録、相談の記録などが考えられます。ただし、これは一般的な整理例であり、今回の裁決でこれらの資料が存在したと確認されたわけではありません。

また、発病前おおむね6か月間の出来事を整理する際には、初診日と発病時期を機械的に同一視せず、症状の経過や医学的資料との対応を確認する必要があります。

参考:令和5年認定基準・第4「認定要件の具体的判断」、別表1項目7・11・17。上の表は、これらを踏まえた申請準備上の整理例です。

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※労災認定や不支給処分の取消しを保証するものではありません。審査請求・再審査請求は別途内容を確認してご案内します。

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9.よくある質問

Q1.配置転換後にうつ病になったら労災になりますか?

配置転換後に発病したという時間的な前後関係だけでは決まりません。仕事の変化や困難性、支援の状況などを含め、業務上の心理的負荷を認定基準に沿って評価します。

Q2.会社に配慮不足があれば、必ず労災になりますか?

必ず認められるわけではありません。今回の裁決でも配慮不足の面は認められましたが、ほかの事情と合わせて心理的負荷は「中」と判断されました。ただし、この一例から配慮不足が軽視されると一般化することもできません。

Q3.会社が営業ノルマを否定したら、申請は難しいですか?

会社の説明だけで自動的に決まるものではありません。具体的な目標、達成を求められた状況、未達成時の影響、客観的資料などを整理することが重要です。今回の裁決では、ノルマの存在について説明が対立していました。

Q4.複数の出来事があれば、心理的負荷は「強」になりますか?

出来事の数だけで機械的に決まりません。内容、相互の関連性、継続性、発病との時間的関係などを踏まえて全体評価します。本件では配置転換「中」と同僚との出来事「弱・弱」を合わせても、全体は「中」と判断されました。

Q5.過去の不支給裁決と似ていたら、現在も不支給ですか?

そうとは限りません。個別の事実関係や適用される認定基準を確認する必要があります。過去の裁決は、結論を当てはめるのではなく、判断の考え方を学ぶ資料として読むことが大切です。

10.一次資料と、公表資料から分からないこと

本記事の中心資料は、厚生労働省が公表する労働保険審査会の裁決です。現在の制度については、認定基準と関連通達を別に参照しています。

公表版では、「再審査請求の理由」「原処分庁の意見」「審査資料」「当審査会の事実の認定」などに省略があります。配置転換・発病・初診・処分の具体的な年月日、目標数値、残業時間、会社の支援の実施頻度、追加調査申立ての詳細、裁決後の訴訟の有無などは確認できません。

したがって、本記事は公表された判断理由を説明するものであり、非公表の証拠や事情を推測で補うものではありません。申請準備のポイントは、裁決と認定基準を踏まえた当事務所の解説として区別しています。認定基準・通達の最新の改正状況は、実際の申請時点で公的資料をご確認ください。

まとめ|配置転換の負担は、仕事内容と支援の実態を合わせて考える

平成25年労第545号の裁決では、うつ病エピソードの発病は認められたものの、事務から営業への配置転換は「中」、同僚との出来事は「弱・弱」と評価され、業務上の心理的負荷は全体として「中」にとどまりました。その結果、療養補償給付の不支給処分が維持されました。

重要なのは、会社の配慮不足があったかどうかという一点だけでなく、配置転換後の業務や支援の状況、同僚との出来事などを検討して結論が出されたことです。

労災申請を検討するときは、異動の事実だけでなく、どの仕事がどのように難しくなり、どのような援助が必要で、実際に何が起きたのかを、資料と時系列に沿って整理することが大切です。

※本記事は公表裁決と公的資料に基づく一般的な解説です。個別の労災認定、不支給処分の取消し等を保証するものではありません。

ここまで読んで、まだ迷っていても大丈夫です。

まずは、今の状況を整理するところからで大丈夫です

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