精神障害の労災で「心理的負荷が強」になるのはどんな場合?厚労省の具体例を社労士が解説

「上司からひどいことを言われたけれど、労災の『強』に当たるのだろうか」「異動や長時間労働で体調を崩した場合はどう評価されるのだろう」。精神障害の労災を調べていると、認定基準の「心理的負荷が強」という言葉に行き当たります。
厚生労働省は、仕事上の出来事について「弱」「中」「強」の具体例を示しています。ただ、評価表は専門的な表現が多く、ご自身の状況と照らし合わせるのは簡単ではありません。
この記事では、厚生労働省の「心理的負荷による精神障害の認定基準」(令和5年9月改正)をもとに、どのような事情があると「強」と評価され得るのかを、身近な場面に置き換えて説明します。
最初に、具体例を4つ
- 上司から人格を否定する言葉を執拗に浴びせられた。
- 業務上の合理的な理由なく、仕事を取り上げられる状態が続いた。
- 発病直前の3か月間、各月おおむね100時間以上の時間外労働が続いた。
- 従前と全く異なる質の業務を任され、その対応に多大な労力を費やした。
これらは認定基準の「強」の例と対応し得る場面です。ただし、似た出来事があれば必ず「強」、あるいは必ず労災認定、という意味ではありません。具体的な内容、程度、経過、発病時期などを確認する必要があります。
動画で解説|心理的負荷「強」の具体例
精神障害の労災認定で重要な「心理的負荷が強」の考え方を、 パワハラや長時間労働などの具体例を交えて動画でも解説しています。
1.精神障害の労災でいう「心理的負荷が強」とは
精神障害の労災認定では、主に、①認定基準の対象となる精神障害の発病、②発病前おおむね6か月間の業務による強い心理的負荷、③業務以外の心理的負荷や個体側要因によって発病したとは認められないこと、を確認します。
業務による心理的負荷は、同種の労働者を基準として、出来事そのものと、その後の状況を総合して「弱」「中」「強」に評価します。本人の苦しさを単純に点数化するものではありません。
「中」は、苦しみがなかったという意味ではありません。
「中」と評価されたとしても、職場で問題がなかったことや、ご本人の苦痛が小さかったことを意味しません。また、心理的負荷が「強」と評価されても、最終的な労災認定には発病などほかの要件の確認が必要です。
以下の「例えば、こんなケース」は、厚労省の評価例を分かりやすく説明するために作成した架空の場面です。実際の認定事例ではありません。事例中の期間・発言・職種などは説明用の設定ですが、労働時間等には認定基準で示された数値を用いている箇所があります。
ショート動画|1回のパワハラでも「強」になる?
パワハラは、回数だけで評価が決まるわけではありません。 1回の言動でも心理的負荷が「強」と評価され得る場合について、 ショート動画で解説しています。
2.パワハラ・無視・仕事の剥奪で「強」になり得る例
会議のたびに人格を否定される
例えば、こんなケース:上司が仕事の修正方法を示さず、会議のたびに「人としてだめだ」などと人格を否定する発言を繰り返しました。ほかの社員の前でも続き、本人がやめてほしいと伝えても改善しませんでした。
評価のポイント:業務上必要な指導を超える人格否定を執拗に受けたか。発言内容、頻度、態様、業務との関係などを確認します。
確認資料の例:録音、日時と発言内容のメモ、同席者、メール、相談記録。根拠:認定基準・別表1項目22(PDF17ページ)。
叱責は1回だけでも、極めて強烈だった
例えば、こんなケース:入力ミスを理由に長時間呼び出され、人格否定の言葉や、机をたたく威圧的な行為が続きました。本人が説明や退席を求めても認められませんでした。
評価のポイント:認定基準は、1回の言動でも、比較的長時間に及び、態様が強烈で悪質性を有するなどの場合には「執拗」と評価すべき場合があるとしています。「1回だから強にはならない」とは限りません。ただし、時間の長さだけで決まるわけでもありません。
確認資料の例:発言内容、拘束時間、退席を求めた経緯、同席者、直後の相談記録。根拠:認定基準・第4の2(2)カ(別添5〜6ページ)、別表1項目22(PDF17ページ)。
会議から外され、仕事を取り上げられる
例えば、こんなケース:上司の指示で会議や業務連絡から外され、担当業務も取り上げられました。仕事を求めても与えられず、必要な質問にも返答がない状態が続きました。
評価のポイント:人間関係からの切り離しや、合理性のない過小な要求を執拗に受けたかが重要です。一時的な業務調整や、合理的な配置変更とは区別します。「説明がなかった」だけで合理性がないと即断しないことも大切です。
確認資料の例:業務分担表、会議招集履歴、仕事を求めたメール、会社の説明、日報。根拠:認定基準・別表1項目22(PDF17ページ)。
なお、会社に相談していなければ「強」にならない、という仕組みではありません。一方、評価表には、行為自体は「中」程度でも、会社に相談したり、会社がパワハラを把握したりしていたのに、適切な対応がなく改善されなかった場合を「強」とする例があります。
ただし、「相談したのに希望どおりにならなかった」だけで自動的に「強」になるわけではありません。会社が把握した内容、取った措置、被害の継続や改善の状況などを確認します。
3.配置転換・ノルマ・仕事量の変化で「強」になり得る例
全く異なる仕事を任され、多大な労力を費やした
例えば、こんなケース:長年定型的な事務を担当していた人が、経験のない専門システムの運用責任者に異動。従前と全く異なる知識や判断を求められ、引継ぎや応援も乏しく、障害対応に多大な労力を費やしました。
評価のポイント:単に「未経験の仕事に異動した」だけではありません。従前の仕事との質的な違い、責任の重さ、実際の対応負担などが重要です。通常の異動に対応した場合は「中」の例もあります。
確認資料の例:辞令、異動前後の業務内容、研修・引継ぎ、作業記録、支援要請。根拠:認定基準・別表1項目17(PDF16ページ)。
欠員で仕事量が急増した
例えば、こんなケース:退職した社員の担当業務を引き受け、従来の仕事も続けました。仕事量が著増し、時間外労働も以前のおおむね倍以上、月100時間以上となり、対応に多大な労力を費やしました。
評価のポイント:仕事量の著しい変化と、その対応負担です。「月100時間」という数字だけでなく、増加前との比較、仕事の難しさ、休息や支援の状況を確認します。
確認資料の例:担当件数、分担表、勤怠、作業記録、増員要請。根拠:認定基準・別表1項目11(PDF15ページ)。
達成困難なノルマについても、単に目標が高いだけで「強」と決まるわけではありません。相当努力しても達成が困難な程度、未達時の著しい不利益、多大な労力などが問題になります。パワハラに該当する態様でノルマを課された場合には、パワハラの項目による評価が問題になることもあります。
4.長時間労働は何時間から「強」になる?
長時間労働は、1か月の数字だけを見て判断すると誤解しやすい分野です。発病直前の何か月に、各月どれだけ働いたかが重要になります。
| 時間外労働の状況 | 認定基準上の位置付け |
|---|---|
| 月おおむね80時間以上 | 長時間労働の「中」の具体例 |
| 発病直前3か月間、各月おおむね100時間以上 | 「強」の具体例 |
| 発病直前2か月間、各月おおむね120時間以上 | 「強」の具体例 |
| 発病直前1か月間、おおむね160時間を超える | 「特別な出来事」に当たる極度の長時間労働の例 |
出典:認定基準・別表1項目12(PDF15ページ)、特別な出来事(PDF14ページ)、第4の2(2)オ(別添4〜5ページ)。この認定基準でいう時間外労働は、週40時間を超えて労働した時間です。実際の評価では、労働密度なども考慮されます。
また、1か月より短い期間でも、例えば発病直前の3週間におおむね120時間以上の時間外労働を行うなど、同程度の極度の長時間労働があった場合の例も示されています。
発病直前3か月、各月100時間以上の時間外労働
例えば、こんなケース:通常業務に納期対応が重なり、発病直前の3か月間、各月おおむね100時間以上の時間外労働が続いていました。
評価のポイント:これは別表1項目12の「強」の具体例に対応します。ただし、3か月の平均が100時間という意味ではありません。また、実労働時間、労働密度、発病時期などの確認が必要です。
確認資料の例:勤怠、PCログ、入退館記録、メール送信履歴、実際の作業内容、診療記録。根拠:認定基準・別表1項目12(PDF15ページ)。
月100時間を1回超えただけで必ず「強」と決まるわけではありません。反対に、これらの数値に届かなくても、仕事上の別の出来事との組合せなどから「強」と評価される場合があります。連続勤務や休日のない勤務にも、別の評価項目があります。
5.カスハラ・セクハラ・事故・ミスで「強」になり得る例
顧客から執拗な暴言や不当要求を受ける
例えば、こんなケース:顧客から長時間の電話が繰り返され、商品への苦情を超えて人格を否定する言葉や威圧的な謝罪要求が続きました。上司に相談しても適切な対応が取られず、同様の被害が続きました。
評価のポイント:顧客等から人格を否定する言動や、社会通念上許容される範囲を超える著しい迷惑行為を執拗に受けた場合は、「強」の具体例に挙げられています。また、行為自体は「中」程度でも、会社が相談を受けたり被害を把握したりしていたのに、適切な対応がなく改善されなかった場合も例示されています。通常の苦情と著しい迷惑行為を区別する必要があります。
確認資料の例:通話履歴、録音、応対記録、要求内容、上司への報告、会社の措置。根拠:認定基準・別表1項目27(PDF17ページ)。
性的な身体接触が繰り返される
例えば、こんなケース:上司から仕事中に腰に触れられる行為が繰り返されました。相談窓口に伝えた後も行為が止まらず、周囲から相談したことを責められるようになりました。
評価のポイント:胸や腰等への身体接触を含むセクシュアルハラスメントが継続した場合は、「強」の具体例に挙げられています。相談後の対応や人間関係の悪化も評価事項です。また、相談の遅れや、やむを得ず相手に迎合するような行動があったことだけで、被害や心理的負荷を単純に否定するものではありません。
確認資料の例:具体的な経緯、メッセージ、目撃者、相談記録、会社の対応。根拠:認定基準・別表1項目29(PDF17ページ)、第8の2(別添10〜11ページ)。
本人は無傷でも、命に関わる事故を体験した
例えば、こんなケース:工場の設備が突然動き、本人も巻き込まれかねない事故が起きました。間一髪で逃れて無傷でしたが、逃げ遅れていれば死亡や重大なけがにつながる状況でした。
評価のポイント:本人が無傷でも、自らの死を予感させる、または重大な傷病を招きかねない事故を体験した場合は、「強」の具体例に挙げられています。実際の危険の程度や、本人の位置、事故の状況などを確認します。
確認資料の例:事故報告、現場図、映像、目撃者、本人の位置や避難の状況。根拠:認定基準・別表1項目2(PDF14ページ)。
仕事上のミスの後、多大な事後対応を負担した
例えば、こんなケース:納品ミスの後、顧客への説明、製品回収、再手配をほぼ1人で担当。通常業務も減らず、重い処分や賠償責任の追及も受け、事後対応に多大な労力を費やしました。
評価のポイント:ミスの金額や規模だけでなく、その後の対応負担、会社への影響、責任追及の程度などが重要です。
確認資料の例:事故・損失資料、対応記録、処分通知、支援要請。根拠:認定基準・別表1項目4(PDF14ページ)。
6.単独では「中」の出来事が複数重なると「強」になる?
「中」が2つあれば自動的に「強」になる、という単純な足し算ではありません。関連する出来事が一連の経過として続いたのか、別々の出来事が近接して重なったのか、発病までにどのような負担があったのかなどを総合評価します。
厚生労働省の運用通達・別紙3には、複数の出来事の全体評価を「強」とする評価方法の説明例が掲載されています。
- 関連する出来事の例:新製品開発の中心担当者として支援不足の中で業務を続け、その後に製品の不適合や再製造対応などが生じた例。各出来事は「中」でも、一連の事業の困難性と重大な責任などから全体を「強」と評価。
- 関連しない出来事の例:外注先の異物混入と、別の外注先の移転遅延への対応が重なった例。各出来事は「中」でも、近接・重層的に生じた事情などから全体を「強」と評価。
出典:令和5年9月1日付「認定基準に係る運用上の留意点について」別紙3(13ページ)。これは公的な評価方法の説明例であり、個別の実際の労災認定事例として紹介しているものではありません。
また、長時間労働がある状態で別の出来事が起きた場合も、その組合せが重要になることがあります。出来事の前後の労働時間、発病との近接性、対応の困難さを分けて確認します。
7.労災申請を考えるとき、整理したい資料
大切なのは、最初から「強」に当てはまると結論づけることではなく、何が、いつ、どのように起きたかを整理することです。
- 出来事の内容:日時、場所、相手、発言や指示、前後の経緯。
- 継続性と程度:回数、期間、1回当たりの長さ、業務への影響。
- 会社の対応:相談した内容、会社の説明や措置、改善の有無。
- 労働時間と仕事量:勤怠、PCログ、担当件数、業務分担、休日・休憩の状況。
- 発病に関する情報:体調の変化、受診経過、診断書、診療録など。
録音がなくても、直ちに諦める必要はありません
パワハラに関する運用通達では、客観的資料等だけでは適正な指導かどうかが明らかでない場合でも、当事者等への聴き取りにより、被害者の主張がより具体的で合理的である場合などには、事実を認定できる場合があるとされています。
録音がないことだけで諦めず、発言内容や経緯、関連する資料を整理してください。ただし、本人の説明だけで必ず認められるという意味ではありません。
発病時期は、初診日と同じとは限りません
原則として発病前おおむね6か月間の出来事を評価しますが、発病時期は医学的に判断され、初診日と必ず一致するわけではありません。また、ハラスメントがその期間より前から始まり、評価期間にも継続している場合は、開始時からの行為を含めて評価する取扱いがあります。
8.よくある質問
Q.「中」に当てはまりそうなら、労災申請できませんか?
「中」の例に似ているというだけで、申請できないと決まるわけではありません。出来事の具体的な程度、その後の状況、ほかの出来事との重なりなどを確認する必要があります。「強」の欄の例と完全に一致しなくても、総合評価で「強」となる場合があります。
Q.パワハラが1回だけでも対象になりますか?
1回の言動でも、比較的長時間に及び、態様が強烈で悪質性を有するなどの場合に「執拗」と評価すべき場合があるとされています。回数だけでは判断できません。
Q.以前から精神科に通院していても、労災の対象になりますか?
既往歴があるだけで直ちに対象外とはなりません。ただし、新たな発病なのか、既存の精神障害の悪化なのか、安定後の新たな発病なのかなど、医学的な確認が必要です。悪化の事案には別途の判断枠組みがあります。
Q.不支給になった場合、「強」ではなかったということですか?
必ずしもそうとは限りません。発病の有無・時期、出来事の事実認定、心理的負荷の評価、ほかの認定要件など、どこが理由だったかは個別に確認する必要があります。詳しくは「労災が不支給になった方へ|認定されなかったことと、苦しみがなかったことは違います」もご覧ください。
9.まとめ|「強」の具体例は、判断の手掛かりです
厚生労働省の評価表には、人格否定を伴う執拗なパワハラ、著しい仕事量の増加、一定期間にわたる長時間労働、重大な事故など、「強」と評価され得る具体例が示されています。
ただし、認定基準の例に似ているかどうかだけで、結論を急ぐ必要はありません。出来事の内容、その後の状況、会社の対応、複数の負担の重なり、発病時期などによって判断が変わります。
「強」「中」「弱」という評価は、ご本人の苦しみや、職場で起きたことの問題性を否定するものではありません。ご自身の状況を整理するための一つの手掛かりとして、認定基準を役立てていただければと思います。
精神障害の労災申請について、状況を整理したい方へ
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参考資料(公的機関)
※本記事は、令和5年9月改正の厚生労働省認定基準・運用通達に基づく一般的な制度解説です。「例えば、こんなケース」は説明用の架空事例であり、実際の認定事例ではありません。個別の心理的負荷評価や労災認定の可否を保証するものではありません。
ここまで読んで、まだ迷っていても大丈夫です。

まずは、今の状況を整理するところからで大丈夫です
「まだ相談するか決めていない」
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