自死・自殺未遂は労災になる?|請求215件・支給決定76件と精神障害の認定基準

「仕事が原因で家族が自死した場合、労災になるのでしょうか?」
「精神科を受診していなかったら、労災申請は難しいのでしょうか?」
「遺書に仕事のことが書かれていなければ、認められないのでしょうか?」
ご家族を亡くされた後に労災申請を考える場合、 本人から当時の状況を直接聞くことができないため、 通常の精神障害の労災申請とは異なる難しさがあります。
ただし、 精神科の受診歴がない、遺書がないという理由だけで、 労災の対象外になるわけではありません。
この記事では、厚生労働省の現行認定基準、最新の労災統計、 労働保険審査会の公開裁決、公的研究資料をもとに、 自死・自殺未遂と精神障害の労災認定について整理します。
※この記事では、一般的な説明では「自死」を用い、 統計名・認定基準・裁決名などの正式名称を示す部分では、原典に合わせて「自殺」と表記します。
先に結論
労災では、 自死・自殺未遂という結果だけを見て、仕事が原因だったかを判断するわけではありません。
まず、精神障害を発病していたか、 その発病前おおむね6か月に業務による強い心理的負荷があったかなどを確認します。
そのうえで、業務上と認められる精神障害を発病した方が自殺を図った場合には、 原則として、その精神障害の影響により、 自殺行為を思いとどまるための判断や抑制が著しく阻害されていたものとして取り扱われます。
この記事の内容
動画で解説|自死・自殺未遂は労災になる?
精神障害の発病、発病前おおむね6か月、受診歴や遺書がない場合など、労災認定の考え方を動画で解説しています。
令和7年度|自殺・自殺未遂の請求215件、支給決定76件
厚生労働省が公表した令和7年度の 「過労死等の労災補償状況」によると、 精神障害に関する労災請求は 4,958件、 支給決定は 1,082件 でした。
このうち、統計上の 「自殺(未遂を含む)」 については、 請求件数が215件、 支給決定件数が76件でした。
令和7年度|精神障害のうち「自殺(未遂を含む)」
請求件数
215件
支給決定件数
76件
注意: 「215件の請求のうち76件が認定された」という意味ではありません。
その年度の支給決定には、前年度以前に請求された事案も含まれます。 したがって、 76÷215=35.3%を「認定率」とすることはできません。
また、この76件には死亡に至った事案だけでなく、 自殺未遂も含まれています。
そのため、 「1年間に仕事が原因で76人が亡くなった」 という意味でもありません。
自死そのものではなく、まず「精神障害の発病」を判断する
現行の 「心理的負荷による精神障害の認定基準」では、 精神障害について主に次の3つの要件が確認されます。
- 認定基準の対象となる精神障害を発病していること
- 発病前おおむね6か月に、業務による強い心理的負荷が認められること
- 業務以外の心理的負荷や個体側要因によって発病したことが医学的に明らかとはいえないこと
自死・自殺未遂の事案でも、 この精神障害の業務起因性の判断が重要になります。
業務上の精神障害を発病
↓
その精神障害の影響下で自殺・自殺未遂
↓
自殺行為との関係を判断
現行認定基準では、 業務上と認められる精神障害を発病した方が自殺を図った場合には、 原則として、正常な認識能力や行為選択能力、 自殺行為を思いとどまる精神的な抑制力が 著しく阻害されていたものとして取り扱う考え方が示されています。
したがって実務上は、 「なぜ自死したのか」だけではなく、 その前に精神障害を発病していたのか、 いつ発病したのか、その前に仕事上何があったのか が非常に重要になります。
「発病前おおむね6か月」は、自死の日から6か月ではない
精神障害の労災でよく出てくるのが、 「発病前おおむね6か月」 という期間です。
ここで注意したいのは、 原則として 自死した日から機械的に6か月を遡るわけではない ということです。
基準となるのは、 医学的に判断される精神障害の発病時期 です。
重要なのは「自死の日」だけではありません
精神障害をいつ発病したのかを検討し、 その発病前おおむね6か月の業務上の出来事を整理します。
発病後、一定期間を経て自死に至った場合でも、 それだけで労災の対象外になるわけではありません。
精神科を受診していなかったら労災申請はできない?
1分で解説|精神科を受診していなくても労災になる?
精神科や心療内科の受診歴がないというだけで、 精神障害の発病が否定されるわけではありません。
自死に至った方の中には、 医療機関を受診する前に状態が急激に悪化していたケースもあります。
治療歴がない場合には、 家族や同僚などからの聴取、 本人の言動、生活状態、メールなどの資料から、 認定基準の対象となる精神障害を発病していたと 医学的に推定できるかが検討されます。
発病時期を特定することが難しい場合にも、 関係者からの聴取などを踏まえて医学的に判断されます。
認定された自死事案では、受診歴や遺書がないケースもある
過労死等防止調査研究センターでは、 労災の支給決定を受けた精神障害事案について 大規模な分析が行われています。
平成22年度から平成29年度までに支給決定された 精神障害3,517件のうち、 自殺・自殺未遂は661件でした。
また、平成27・28年度に支給決定された事案から、 自殺未遂を除いた 自殺完遂167件 について詳細な分析が行われています。
認定された自殺完遂167件の分析
- 発病から自死まで30日未満が半数を超えていた
- 約7割が発病後3か月以内だった
- 1年以上経過した後の自死も約1割あった
- 精神科等の受診歴が確認されたのは約4割だった
- 何らかの遺書が確認されたのも約4割だった
ここで重要なのは、 「受診歴がなかった」「遺書がなかった」というケースも、 認定された事案の中に含まれている という点です。
ただし、この167件は すでに労災の支給決定を受けた事案を分析したもの です。 すべての労災請求や一般の労働者を対象とした割合ではありません。
遺書がなければ労災認定されない?
遺書がないという理由だけで、労災が否定されるわけではありません。
前述した公的研究でも、 認定された自殺完遂事案のうち、 何らかの遺書が確認されたのは約4割でした。
一方で、遺書があり、 そこに「仕事がつらかった」「会社が原因だった」といった内容が書かれていたとしても、 それだけで労災認定が決まるわけでもありません。
遺書は重要な資料になり得ますが、 勤務状況、業務上の出来事、本人の言動、 発病時期、医学的判断など、 他の資料と合わせて検討されます。
どのような仕事上の出来事が評価される?
精神障害の労災認定では、 長時間労働だけが問題になるわけではありません。
例えば、次のような出来事が検討対象になり得ます。
| 出来事 | 確認される主な事情 |
|---|---|
| 長時間労働 | 時間数、継続期間、業務密度、休憩、他の出来事との重なり |
| パワーハラスメント | 人格否定、暴行、公開叱責、反復・継続性、会社の対応など |
| 配置転換 | 経験との隔たり、責任の重さ、孤立、研修・支援、業務量の変化 |
| 仕事上の失敗 | 損失・信用への影響、責任追及、処分、事後対応の負担 |
| 顧客対応 | 暴言・脅迫、不当要求、反復性、会社による支援の有無 |
| 複数の出来事 | 出来事同士の関連性、近接性、重複、継続性 |
「残業80時間」が認定・不認定の境界ではない
長時間労働についても、 「80時間を超えれば必ず労災」 「80時間未満なら労災にならない」 という制度ではありません。
現行認定基準では、 発病直前1か月におおむね160時間を超える時間外労働などは 強い心理的負荷の具体例として示されています。
一方で、労働時間だけでは「強」に至らなくても、 パワハラ、仕事上の重大な失敗、 配置転換、顧客対応などの出来事と関連して生じている場合には、 それらを含めて評価されることがあります。
労働時間だけを切り取るのではなく、 発病前に仕事上何が重なっていたのかを時系列で確認することが重要です。
既往歴があったら労災にならない?
過去にうつ病などの治療歴があるというだけで、 労災認定の対象外になるわけではありません。
現行認定基準では、 業務による強い心理的負荷が認められた場合、 業務以外の出来事や個体側要因による発病であることが 医学的に明らかであるかどうかも検討されます。
また、すでに精神障害を発病していた場合でも、 業務による強い心理的負荷によって 自然経過を超えて著しく悪化した と医学的に判断できるかが検討される場合があります。
以前の精神障害が改善・安定し、 通常勤務を一定期間行っていた場合には、 新たな発病として検討されることもあります。
不支給処分が取り消された事例
注意: 以下の労働保険審査会裁決は、現在の認定基準への改正前に判断された事案です。 当時の認定基準による判断であり、 現在、同じ事情があれば必ず同じ結論になるという意味ではありません。
勤務月報だけでなく、写真の時刻や関係者の供述から労働時間を再構成|平成26年労第543号
この事案では、精神科の受診歴はありませんでした。
しかし、複数の会社関係者が、 本人が泣き崩れながら退職したいと話していたことなど、 当時の変調を確認していました。
不眠などの事情も踏まえ、 うつ病エピソードの発病が認定されています。
また、会社の勤務月報には手動修正や未申告残業の問題があり、 勤務月報だけではなく、 デジタルカメラの撮影時刻、上司・同僚の供述、 夜勤前後の拘束実態などから労働時間が再構成されました。
熟練者の転勤による仕事量増加や、 発病前の長時間労働などを総合して心理的負荷「強」と評価され、 不支給処分が取り消されています。
新規店舗の店長・休憩困難・長時間労働などを評価|平成26年労第53号
別の事案では、 新規店舗の店長となった労働者について、 長時間労働や休憩の実態などが問題となりました。
原処分では、月報上の拘束時間から手待ち時間などが除外されていましたが、 審査会では、 従業員の供述、閉店後の作業、 妻へのメール送信時刻、休憩環境なども確認されています。
再計算された時間外労働には、 月100時間を大きく超える月もありました。
転勤・新規開店後の恒常的な長時間労働、 休憩をほとんど取れない労働密度などが重視され、 不支給処分が取り消されています。
一方で、不支給となった事例もある
精神障害の発病を医学的に確認できなかった事例|平成26年労第104号
この事案では、自死前に精神科の受診歴がありませんでした。
ただし、 「受診歴がないから不認定」になったわけではありません。
職場関係者の供述や本人のメールなどを確認しても、 精神障害の診断基準を満たす症状を医学的に推定することができず、 精神障害を発病していたとは判断できないとされました。
また、仮に発病していたとして検討しても、 転勤は「中」、 上司の言動は通常の業務指導の範囲として「弱」などと評価され、 全体として「強」には至らないと判断されています。
自死直前まで変調を確認できなかった事例|平成26年労第617号
この事案でも受診歴はありませんでした。
家族、同僚、寮の管理人などから事情を確認しましたが、 自死直前まで普段と異なる様子が確認されず、 記録全体からも精神障害を示す症状を見いだせなかったとして、 発病要件を満たさないと判断されました。
既往歴はあったが、それ自体が不支給理由ではなかった事例|平成27年労第596号
この事案では、 過去にうつ状態で入院した経歴がありました。
しかし、その後は元気に復職しており、 過去の精神障害はいったん寛解したと判断されています。
つまり、 既往歴があることだけを理由に否定された事案ではありません。
遺族が主張した仕事上の出来事について、 契約書、勤務日報、上司・同僚の供述などと照合した結果、 本人に強い心理的負荷となるほどの責任が課されていたとは確認できず、 各出来事は「弱」、全体としても「弱」と判断されました。
持ち帰り仕事の時間を裏付けられなかった事例|平成26年労第369号
この事案では、 うつ病エピソードの発病自体は認められています。
自宅で仕事をしていたことも否定されませんでした。
しかし、 持ち帰り仕事を何時間行っていたのか、 どのような成果物を作成していたのかを確認できず、 労働時間として算入することができませんでした。
他の出来事を含めても、 全体として心理的負荷「強」には至らないとして、 不支給が維持されています。
認定・不支給を分けたポイント
| 認定方向で重要になり得る事情 | 不認定方向で問題になり得る事情 |
|---|---|
| 不眠、抑うつ、食欲低下、自責、退職発言などを複数資料から確認 | 精神障害を推定できる具体的な症状を確認できない |
| PCログ、メール、写真時刻、関係者の供述などから実労働時間を復元 | 持ち帰り仕事などの時間や成果物を確認できない |
| 人格否定、反復的叱責、仕事外しなど具体的な事実を確認 | 通常の業務指導の範囲にとどまる |
| 配置転換、長時間労働、ハラスメント等が関連して重なる | 複数の出来事があっても、それぞれの負荷が弱く関連性も乏しい |
| 既往症が安定した後の新たな発病や、業務負荷による著しい悪化 | 業務外要因等による発病であることが医学的に明らかな場合 |
※上表は個別事案の認定可否を機械的に判断するものではありません。 公表資料から、判断上重要になり得る事情を整理したものです。
ご遺族が確認・保存しておきたい資料
自死事案では、 本人から当時の症状や仕事の状況を聞くことができません。
そのため、 残された記録から、発病時期、仕事上の出来事、 労働時間、本人の変調などを事後的に再構成すること が重要になります。
可能な範囲で、早めに記録を保存してください
勤怠データ、業務メール、社内チャット、PC内のファイルなどは、 退職・端末返却・アカウント停止・保存期間の経過により確認が難しくなることがあります。 ご遺族だけで判断せず、まずは手元にある資料を消さずに保存し、 日付順に整理することが重要です。
確認・保存しておきたい資料の例
- タイムカード、勤怠システム、勤務月報、シフト表
- PCログ、入退館記録、セキュリティ記録
- 業務メール、チャット、LINE
- スマートフォンの通話履歴・カレンダー
- 写真・動画の撮影時刻
- 持ち帰り仕事のファイル、更新日時、成果物
- 診療録、処方歴、健康診断、産業医面談記録
- 家族への「眠れない」「辞めたい」などの発言やメッセージ
- 同僚、部下、取引先などが確認している事実
- 遺書、メモ、日記
- 会社への相談記録、ハラスメント申告、異動希望
- 給与明細、残業申請、交通系ICカードなど
「遺書がない」「録音がない」だけで諦める必要はありません。
一つの決定的な資料だけではなく、 勤怠、メール、本人の言動、家族や同僚の話など、 複数の資料を組み合わせて当時の状況を確認できる場合があります。
自死・自殺未遂の労災で整理したい10のポイント
- 精神障害の発病|発病していたと医学的に判断できるか
- 発病時期|いつ頃から症状が現れていたか
- 発病前6か月|その期間に仕事上何があったか
- 労働時間|未申告残業や持ち帰り仕事を含めて確認できるか
- ハラスメント|言動の内容、回数、期間、会社の対応はどうだったか
- 配置転換・責任|業務内容や責任が大きく変わっていなかったか
- 複数の出来事|長時間労働や対人関係などが重なっていなかったか
- 本人の変調|不眠、食欲低下、退職発言などを周囲が確認していないか
- 既往歴|過去の治療歴と直前の状態はどうだったか
- 裏付け資料|勤怠、PC、メール、LINE、写真、家族・同僚の話などを残せるか
まとめ|自死という結果だけでなく、その前に何が起きていたかを見る
- 令和7年度の「自殺(未遂を含む)」は請求215件、支給決定76件でした。
- 215件中76件が認定されたという意味ではなく、35.3%を認定率とはできません。
- 自死そのものではなく、まず業務上の精神障害を発病していたかが重要です。
- 「発病前おおむね6か月」は、原則として自死の日ではなく精神障害の発病時期を基準に考えます。
- 精神科の受診歴がなくても、他の資料から発病を医学的に推定できる場合があります。
- 遺書がなくても労災認定された事案はあります。
- 一方、遺書に仕事のことが書かれていても、それだけで認定が決まるわけではありません。
- 既往歴があるというだけで対象外になるわけではありません。
- 勤怠、PCログ、メール、LINE、写真、家族・同僚の話などを組み合わせて事実関係を整理することが重要です。
自死・自殺未遂の労災では、 「残業が何時間だったか」 「遺書があったか」 「精神科を受診していたか」 という一つの事情だけで判断することはできません。
精神障害をいつ発病したのか。
その前に仕事上何が起きていたのか。
本人にはどのような変化が現れていたのか。
それを残された資料からどこまで確認できるのか。
こうした事情を一つずつ時系列で整理し、 現行の認定基準に沿って検討することが重要です。
ご家族の仕事と自死・自殺未遂との関係でお悩みの方へ
こもれび社労士事務所では、 精神障害の労災申請について、 職場での出来事、勤務状況、受診経過、 ご家族や職場関係者が把握している事情などを確認しながら整理しています。
ご本人から事情を確認できないケースでは、 残された資料を一つずつ確認し、 発病前の状況を時系列で組み立てていくことが特に重要になります。
労災認定の可否を個別事情を確認せずに断定することはできませんが、 現在手元にある資料や分かっている事実から、 何を確認する必要があるのかを整理することはできます。
精神障害の労災についてのご相談
まずは、分かる範囲で構いません。 「いつ頃から様子が変わったか」「どのような仕事上の出来事があったか」 「手元にどのような資料があるか」を、短文や箇条書きでお送りください。 現時点で労災申請をするか決めていない段階でも、ご相談いただけます。
LINEで今の状況を送る短文・箇条書きでも大丈夫です。全国対応。
参考資料
- 厚生労働省「令和7年度『過労死等の労災補償状況』」 (2026年7月14日公表)
- 厚生労働省「心理的負荷による精神障害の認定基準について」
- 過労死等防止調査研究センター「過労死等の実態解明と防止対策に関する総合的な労働安全衛生研究」
- 労働保険審査会 平成26年労第543号
- 労働保険審査会 平成26年労第53号
- 労働保険審査会 平成26年労第104号
- 労働保険審査会 平成26年労第617号
- 労働保険審査会 平成27年労第596号
- 労働保険審査会 平成26年労第369号
※本記事では、一般向けの文章では「自死」を基本とし、 厚生労働省の統計名・認定基準等を説明する箇所では、 原典に合わせて「自殺」と表記しています。
※本記事は、2026年9月時点で確認できる厚生労働省の認定基準、 公開統計、労働保険審査会裁決、公的研究資料等をもとに、 一般的な制度の考え方を解説したものです。 個別の労災認定は、発病時期、業務上の出来事、労働時間、 証拠関係、医学的判断、業務外の心理的負荷や個体側要因などによって異なります。 また、記事中で紹介した過去の労働保険審査会裁決には、 現行の認定基準への改正前に判断されたものが含まれます。
ここまで読んで、まだ迷っていても大丈夫です。

まずは、今の状況を整理するところからで大丈夫です
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