労災の治ゆ(症状固定)とは?完治との違い・治療中でも治ゆになる場合・争い方を裁決で解説

労災の治ゆと症状固定・完治との違いを裁決から解説するイメージ

労災で治療を続けている方から、 「まだ痛いのに、労基署から『治ゆ』と言われることがあるのですか?」 というご相談をいただくことがあります。

「治ゆ」と聞くと、「治った」「もう症状がない」という意味に感じるかもしれません。 しかし、労災保険上の「治ゆ」は、必ずしも完治を意味するものではありません。

痛みやしびれ、可動域制限などが残っていても、傷病の状態が安定し、 医学上一般に認められた医療を行っても、その傷病について、それ以上の医療効果を期待できない状態 になれば、労災保険上は「治ゆ」と判断されることがあります。 [1]

「症状が残っているか」だけではなく、
「その傷病について、治療による改善がまだ期待できる状態なのか」 が重要です。
この記事で分かること
  • 労災保険上の「治ゆ」と「完治」の違い
  • 通院・投薬・リハビリ中でも治ゆになることがある理由
  • 主治医と労基署の判断が異なることがある理由
  • 治ゆ判断が維持された実際の裁決
  • 逆に「まだ治ゆしていない」と判断され、処分が取り消された裁決
  • 治ゆと障害等級・アフターケア・再発との関係
  • 治ゆ時期を争う場合に確認したい資料

動画でも解説しています

労災の「治ゆ」と完治の違い、治療中でも治ゆになる場合、 逆に早すぎる治ゆ判断が問題となった裁決について解説しています。

1.労災保険の「治ゆ」とは?

労災保険実務における「治ゆ」は、大きく整理すると、 傷病の症状が安定し、医学上一般に認められた医療を行っても、 その傷病について医療効果を期待できない状態 をいいます。 [1] [2]

そのため、労災保険上の治ゆには、 症状がなくなって健康時の状態に戻った「完治」だけでなく、 痛みやしびれ、機能障害などが残ったまま状態が固定した場合も含まれます。

用語 意味・位置付け
完治 健康時の状態に回復し、症状や障害が消失した状態
治ゆ 完全回復した場合、または症状が安定し、医学上一般に認められた医療による改善を期待できなくなった状態
症状固定 労災実務では、症状や障害を残したまま傷病の状態が安定し、医療効果を期待できなくなった状態を表す言葉として「治ゆ(症状固定)」と併記されることが多い表現
治療終了 医療機関で診療を終えたという事実。労災保険上の治ゆと当然に一致するわけではない
「治ゆ=何をしても絶対に良くならない」という意味でもありません。

症状には自然な変動や一時的な軽快があり得ます。 重要なのは、医学上一般に認められた医療によって、 傷病そのものについてそれ以上の医療効果を期待できる状態なのかどうかです。

2.まだ通院しているのに「治ゆ」になることはある?

あります。

例えば、鎮痛薬、湿布、注射、リハビリなどを続けていて、 治療直後には痛みが軽くなるとしても、 それが傷病そのものを改善させる治療なのか、 固定した症状を一時的に軽減する対症療法なのかは分けて考える必要があります。 [4] [5]

治療 治ゆとの関係 確認したいポイント
鎮痛薬・投薬 継続中でも治ゆになり得る 傷病改善を目的とするか、一時的な症状軽減か
湿布・外用薬 継続中でも治ゆになり得る 長期間、治療内容や症状が変化しているか
注射 一律には決まらない 改善が期待できるのか、効果が一時的なのか
リハビリ 内容による 可動域・筋力等の改善が期待できるか
経過観察 一律には治ゆを妨げない 病状が不安定なのか、固定後の確認なのか
手術予定 未治ゆ方向の重要資料になり得る 医学的な手術適応があり、改善を期待できるか

つまり、「まだ治療している」という事実だけでは決まりません。 その治療の目的、実際の効果、症状の推移、今後の改善可能性まで確認する必要があります。

1分で解説|治療中でも「治ゆ」になる?

通院やリハビリを続けていても、労災で「治ゆ」と判断されることがある理由を短く解説しています。

3.実際の裁決|リハビリ中でも「治ゆ」が認められた事案

平成27年労第556号

この事案では、右人工股関節全置換術後について、 内服、外用、リハビリが継続していました。 主治医も、リハビリによって自覚症状が改善しており、 治療効果がある旨を回答していました。 [4]

それでも審査会は、長期間の治療を続けても症状の変化がほとんどなく、 X線上も変化がなく、治療内容が主として除痛を目的とした 投薬・リハビリであったことなどから、 傷病そのものの改善を期待する治療というより対症療法である と評価し、治ゆ判断を維持しました。 [4]

この裁決から分かること

「治療効果がある」という言葉だけで判断するのではなく、 その効果が一時的な症状軽減なのか、 傷病自体の改善なのかを見ることが重要です。

4.痛みが残っていても「治ゆ」になることがある

平成27年労第84号

この事案では、骨癒合後も右大腿痛・右膝関節痛が残り、 慢性疼痛に対する治療が必要とされていました。 主治医は症状固定としながらも、 慢性疼痛治療やアフターケアが望ましいとの意見を示していました。 [5]

審査会は、 慢性疼痛が残って医療的な対応を要することと、 原傷病が労災保険上「治ゆ」していることを区別し、 治ゆ後の移送費・休業補償給付の不支給を維持しています。 [5]

「痛みが残っている」=「まだ治ゆしていない」ではありません。

原傷病について改善可能性が残っているのか、 それとも原傷病は固定し、後遺症状として疼痛が残っているのか。 この区別が重要になります。

※アフターケアは、治ゆ後に通院しているすべての方が利用できる制度ではありません。 対象傷病や症状、申請等の要件があります。

5.逆に「治ゆは早すぎる」と判断された裁決もある

では、労基署が治ゆを前提に判断すれば、 その時点で必ず治療終了になるのでしょうか。 そうではありません。

平成28年労第321号

この事案では、右中指・環指挫創、末梢神経障害・外傷性指神経障害について、 診療上「治療終了」とされた後、残存障害を理由に障害補償給付が請求されました。 しかし、障害補償給付支給請求書の診断書欄では、 治ゆ年月日欄が「終了年月日」と修正されていました。 [7]

その後、複数の医師から、 ROM(関節可動域)訓練を継続すれば可動域の改善が期待できる との医学的意見が示されました。

審査会は診療録等を精査し、 受傷から比較的短期間で治ゆしていたとは認め難いとして、 治ゆを前提として行われた障害補償給付不支給処分を取り消しました。 [7]

取消しで重要だったポイント
  • 受傷からの経過期間が比較的短かったこと
  • ROM訓練という具体的な治療方法があったこと
  • 可動域の改善可能性が医学的に説明されていたこと
  • 複数医師の意見が診療録等と整合していたこと

ここで注意したいのは、 この裁決が最終的な治ゆ日を決めたわけではないことです。

「当初設定された時点では、まだ治ゆしていたとは認められない」 と判断し、その治ゆを前提とした障害補償給付の処分を取り消した事案です。 14級を超える障害が認められたから取り消されたわけではありません。 [7]

6.主治医が「治療継続」と言っていても、治ゆになる?

制度上は、あり得ます。

主治医の診断や意見は非常に重要な医学資料ですが、 主治医が労災保険上の治ゆ日を最終決定するわけではありません。

労災保険給付について行政処分を行うのは、原則として所轄労働基準監督署長です。 実際の判断では、主治医の意見だけでなく、 診療録、画像、検査結果、治療内容、治療効果、 労災医員や専門医の医学的意見などが検討されます。 [8] [9]

ただし、「労基署なら自由に治ゆ日を決められる」という意味ではありません。

主治医の意見を含む医学資料や実際の治療経過などを踏まえて、 合理的に判断される必要があります。

7.医師の意見は「肩書」より中身を見る

公表裁決を横断して見ると、 「主治医だから採用される」 「労災医員だから必ず優先される」 という単純な構造ではありません。

例えば、次のような点を確認する必要があります。

  • 診療録・画像・検査結果と整合しているか
  • 改善可能な機能が具体的に説明されているか
  • 治療の目的と期待される効果が説明されているか
  • 実際の治療経過で改善がみられるか
  • 今後の治療計画が具体的か
  • 手術など積極的治療の適応が残っているか
  • 医学意見が変わった場合、その理由が説明されているか

単に「治療継続が必要です」と書かれているだけなのか、 それとも 「この治療を続けることで、この機能について改善が医学的に期待できる」 と具体的に説明されているのかでは、意味が異なります。

8.治ゆすると労災給付はどう変わる?

治ゆ時期は単なる医学用語の問題ではありません。 労災保険給付の段階が変わる重要な時点です。

段階 主な制度
治ゆ前 療養(補償)等給付
治ゆ前 要件を満たせば休業(補償)等給付
長期未治ゆ 要件を満たせば傷病(補償)等年金
治ゆ後 残存障害が等級に該当すれば障害(補償)等給付
治ゆ後 対象傷病・要件に該当すればアフターケア
治ゆ後の再悪化 要件を満たす場合は再発としての療養等を検討

そのため、治ゆ日が数週間、数か月違えば、 その期間の療養費や休業補償、 障害補償給付の評価時点などに影響することがあります。

なお、「まだ治ゆしていない」ことだけで休業(補償)等給付が当然に支給されるわけではありません。 休業給付には、療養のため労働できないことや、賃金を受けていないことなど、 それぞれの支給要件があります。

9.治ゆ後に症状が残ったら、障害(いわゆる後遺障害)の問題へ

治ゆ後も、痛み、しびれ、可動域制限、神経症状、麻痺などが残ることがあります。 一般に「後遺障害」と呼ばれることがありますが、 労災保険では、治ゆ後に残った障害について障害等級を評価します。

この段階では、問題の中心が 「まだ治療が必要か」から、 「治ゆした時点でどの程度の障害が残ったか」 へ移ります。

状態 考え方
症状が残るが、治療による改善可能性がある 未治ゆの可能性を検討
症状が残り、状態が安定し改善が期待できない 治ゆ後の残存障害として検討
残存障害が障害等級に該当する 障害(補償)等給付を検討
残存障害が等級に届かない 障害(補償)等給付は支給されない場合がある

つまり、 「症状が残っているから未治ゆ」とは限らず、 症状が残っているからこそ障害等級の問題になる場合があります。

神経症状が残った場合の障害等級について

治ゆ後に痛み・しびれなどの神経症状が残った場合、 その症状が労災の障害等級に該当するかは別途評価されます。 12級・14級・不該当の違いについては、 実際の裁決をもとに別記事で詳しく解説しています。

→ 労災の神経症状|12級・14級・不該当の違いを詳しく見る

10.治ゆ時期に疑問があるとき、確認したい資料

治ゆ時期を検討するときは、 「まだ痛い」という訴えだけではなく、 治ゆとされた時点で医学的な改善可能性が本当に残っていたか を資料から整理することが重要です。

  • 治ゆとされた時点までの診療録
  • 画像検査・神経学的検査などの結果
  • 関節可動域や筋力などの数値推移
  • 治療内容がいつ、どのように変化したか
  • リハビリ前後で実際に改善していたか
  • 今後予定されていた治療・手術等
  • 主治医が治療継続を必要と考える具体的理由
  • 改善が期待されていた具体的な機能
  • 必要と考えられていた治療期間・頻度
  • 労災医員・専門医等の意見
特に重要なのは「治療を続けている」という事実だけではありません。

何のための治療なのか、どの機能について、 どの程度の改善が期待されていたのかを、 診療録や医学意見から具体的に確認することが大切です。

11.治ゆ時期を審査請求・再審査請求で争う場合

治ゆ時期に納得できない場合、 実際には「治ゆ認定」という独立した処分そのものではなく、 治ゆ日を前提として行われた保険給付の処分が問題になることがあります。 [10]

例えば、

  • 治ゆ日後の療養(補償)等給付の不支給処分
  • 治ゆ日後の休業(補償)等給付の不支給処分
  • 治ゆを前提として行われた障害(補償)等給付の処分
  • 再発を認めない療養(補償)等給付等の不支給処分

などについて、治ゆ時期が前提問題として争われることがあります。

この場合、 「まだ痛い」「主治医が通院を勧めている」だけではなく、 当時どのような改善可能性が医学的に残っていたのか を具体的に示すことが重要です。

審査請求には期限があります

労災保険給付に関する処分への審査請求は、原則として、 その処分があったことを知った日の翌日から3か月以内 に行う必要があります。 また、審査官の決定に対する再審査請求は、 決定書の謄本が送付された日の翌日から2か月以内です。 個別の期限は、処分通知書や決定書の送付日を確認してください。 [10] [11]

12.よくある誤解

よくある理解 より正確な考え方
治ゆ=完治 症状が残っていても、状態が安定し医療効果を期待できなければ治ゆになり得る
痛みがあるから未治ゆ 固定した後遺症状として痛みが残ることもある
通院中だから未治ゆ 対症療法や増悪防止目的の通院であれば治ゆ後にもあり得る
主治医が治ゆ日を決める 主治医意見は重要な医学資料だが、保険給付処分は監督署長が判断する
労災医員が治ゆと言えば必ず決まる 医学意見も診療録・画像・治療経過等との整合性が重要
治療終了日=治ゆ日 改善可能性が残っていれば、治療終了日と労災上の治ゆ日は一致しないことがある
障害補償を請求したら治ゆを争えない 治ゆの前提が医学的に問題であれば、障害補償処分の審査で争点となることがある

ただし、障害補償給付を請求した経緯や、 請求書に記載された治ゆ年月日は、 個別事案において治ゆに関する主張を評価する資料になることがあります。 そのため、請求書や診断書欄の記載内容は慎重に確認したいところです。 [5] [7]

13.まとめ|「まだ症状があるか」だけでは決まらない

労災保険上の「治ゆ」は、一般に使う「完治」と同じ意味ではありません。

痛みやしびれが残っていたり、投薬やリハビリを続けていたりしても、 傷病の状態が安定し、 医学上一般に認められた医療を行っても、 その傷病についてそれ以上の医療効果を期待できない状態 であれば、治ゆと判断されることがあります。

一方で、平成28年労第321号のように、 具体的な治療による改善可能性が残っていることが医学的に裏付けられれば、 「その時点ではまだ治ゆしていない」と判断されることもあります。 [7]

大切なのは、
「まだ治療しているか」だけではなく、
「その治療によって、傷病そのものの改善がまだ期待できる状態だったか」 という視点です。

治ゆ時期は、その後の療養・休業補償だけでなく、 障害等級の評価時点にも関係します。 治ゆ時期に疑問がある場合には、 診断書だけで判断せず、診療録、画像、治療経過、 リハビリによる機能変化、医師の具体的な医学意見などを 時系列で確認することが重要です。

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参考資料・一次資料

この記事では、厚生労働省が公開している資料および 労働保険審査会の公表裁決を確認して作成しています。

[1] 厚生労働省「労働災害が発生したとき」 神奈川労働局「労災保険給付のあらまし」

[2] 令和5年・心理的負荷による精神障害の労災認定基準

[3] 精神障害の労災認定の基準に関する専門検討会報告書

[4] 労働保険審査会・平成27年労第556号 (PDF4頁付近:投薬・外用・リハビリ継続、X線変化なし、除痛目的、対症療法として治ゆ判断を維持)

[5] 労働保険審査会・平成27年労第84号 (PDF2~3頁付近:骨癒合、慢性疼痛、アフターケアへの言及、治ゆ後給付の不支給維持)

[6] 労働者災害補償保険法(e-Gov)

[7] 労働保険審査会・平成28年労第321号 (PDF2~3頁付近:ROM訓練による改善可能性、治ゆ年月日欄の修正、障害補償給付不支給処分の取消し)

[8] 労働者災害補償保険法施行規則(e-Gov)

[9] 厚生労働省資料(地方労災医員等の役割)

[10] 厚生労働省「労災保険審査請求制度」

[11] 青森労働局「労災保険審査請求制度について」

※この記事では、主に外傷、骨折、関節障害、神経症状等の身体傷病に関する裁決を取り上げています。 精神障害では、症状の安定性、通常就労の可能性、維持的な投薬等について、 傷病特性を踏まえた判断が必要です。
※本記事は労災保険制度に関する一般的な情報提供を目的としています。 個別事案の治ゆ時期、給付の可否、障害等級、不服申立ての見通し等は、 傷病の内容、診療録、画像、治療経過、医学意見、行政処分の内容等によって異なります。

本文の主要脚注

  1. 治ゆの一般的定義・公的案内:[1][2][3]
  2. 治療継続中でも治ゆが維持された例:平成27年労第556号[4]
  3. 慢性疼痛・アフターケアと治ゆの区別:平成27年労第84号[5]
  4. 早すぎる治ゆ判断が取り消された例:平成28年労第321号[7]
  5. 給付体系・審査請求制度:[6][10][11]

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