労災の審査請求を出した後どうなる?|不支給が覆るとき、何が変わるのか

労災の不支給決定を受けて審査請求をすると、 その後、どこで、誰が、何を調べるのでしょうか。
「もう一度、最初から労基署が調査するのか」
「新しい証拠がなければ覆らないのか」
「同じ主張を詳しく書けばよいのか」
「審査請求でダメでも、その先で覆ることはあるのか」
不支給決定を受けた方にとって、審査請求書を提出した後の動きは、かなか見えにくい部分です。
労災の審査請求は、労基署の調査を機械的に最初から全部やり直す手続ではありません。
原処分の資料と審査請求の理由をもとに争点を整理し、必要に応じて追加調査や医学的検討を行い、
事実認定、証拠評価、医学判断、認定基準への当てはめを再検証していきます。
▶ 動画でも解説しています
そして、公開されている取消事例をみると、 「新しい証拠が出たから覆った」だけではありません。
発病時期が変わった。
ハラスメントの評価が変わった。
労働時間の計算が変わった。
既にあった証拠の読み方が変わった。
新たな専門医意見によって医学的評価が変わった。
こうした変化によって、不支給という結論そのものが変わった事例があります。
不支給理由を読むとき、まず確認したい4つの点
- 労基署は、どの事実を「なかった」「足りない」と判断したのか
- その判断の根拠にされた資料は何か
- 本人の説明、会社の説明、客観資料の間に食い違いはないか
- 出来事、発病時期、労働時間、医学的評価のどこが結論を左右しているか
審査請求では、「つらかった」「納得できない」と繰り返すだけではなく、 不支給理由のどの前提が違うのかを資料と結び付けて確認することが重要になります。
この記事では、厚生労働省の公開資料、法令、労災保険審査官の決定事案、労働保険審査会の公開裁決などをもとに、 審査請求を出した後、申請者から見えないところで何が行われ、不支給が覆るときには何が変わっているのか を整理します。
労災の審査請求を出した後、誰が審査する?
まず押さえておきたいのは、 審査請求は、原処分をした労働基準監督署がそのまま同じ判断をやり直す手続ではない ということです。
労災保険給付に関する処分への審査請求は、 原処分をした労働基準監督署を管轄する都道府県労働局の 労働者災害補償保険審査官 が審理します。
審査官は、原処分を行った労働基準監督署長とは別に置かれる審査機関です。 原処分の理由と請求人の不服理由を確認し、必要な範囲で資料や事実関係を検討します。
なお、不支給決定を受けた直後にまず何を確認するかについては、 労災が認められなかったら?不支給のときの対応 でも整理しています。
審査請求を出した後の大まかな流れ
公表されている法令・実務資料から整理すると、おおむね次のように進みます。
- 審査請求書を受け付ける
- 請求期間・対象処分などの要件を確認する
- 原処分をした労基署へ審査請求の内容を通知する
- 原処分の資料や意見を確認する
- 原処分理由と不服理由から争点を整理する
- 必要に応じて追加調査を行う
- 必要な医学的検討を行う
- 必要な手続を経て、審査官が取消し・棄却・却下等の決定をする
重要なのは、 「不支給だったから、同じ調査をもう一度最初から全部やる」という仕組みではない ことです。
原処分時の資料を確認しながら、 不支給判断のどこに争点があるのかを整理し、必要な範囲で追加の確認・調査を行うことになります。
審査官は、まず原処分の「どこが争いなのか」を整理する
審査請求が受理されると、審査官は原処分の理由と請求人の不服理由を対照し、 何が争点なのか を整理します。
たとえば精神障害の労災であれば、
- 精神障害をいつ発病したのか
- 本人が主張する出来事は実際にあったのか
- 上司の言動は通常の業務指導なのか、強い心理的負荷となるものなのか
- 実際の労働時間は何時間だったのか
- 複数の出来事をどのように評価するのか
- 主治医や専門医の医学的評価は妥当なのか
といった点が争点になることがあります。
公表されている実務資料では、 「審査請求処理計画・処理経過簿」 を作成し、争点や必要な調査、医証の収集などを整理して処理していく仕組みが示されています。
原処分をした労基署の資料も検討される
審査請求では、請求人が新しく提出した資料だけを見るわけではありません。
原処分庁から提出された資料も検討対象になります。 事案によって異なりますが、たとえば、
- 労災保険給付の請求書や添付資料
- 調査復命書・認定復命書
- 本人、会社、上司、同僚等の聴取書・申立書
- 会社からの回答書
- タイムカードやPCログなどの勤務資料
- 診療録、診断書、主治医意見書
- 労災医員や専門部会等の意見書
などが審理の材料となり得ます。
原処分時に集められた資料そのものについて、 事実の認定や証拠の評価が適切だったのか が改めて問題になることがあります。
原処分庁が集めた資料、会社側の回答、聴取書、医学資料などを、 審査請求手続の中でどこまで確認できるかについては、 労災の審査請求で調査資料を見る方法|法16条の3と保有個人情報開示請求 で詳しく解説しています。
審査官は追加調査もできる
原処分の資料だけで判断しなければならないわけでもありません。
労働保険審査官及び労働保険審査会法では、審査官に審理のためのさまざまな権限が認められています。
必要な範囲で、
- 請求人や参考人に出頭を求めて審問する
- 意見や報告を求める
- 文書その他の物件の提出を命じる
- 鑑定人に鑑定させる
- 事業場等へ立ち入り、関係者へ質問する
- 帳簿や書類等を検査する
- 指定医の診断を受けるよう命じる
といった調査が制度上可能です。
もちろん、すべての審査請求でこれら全部が行われるわけではありません。 争点を判断するために何が必要かによって変わります。
審査請求人も新しい証拠を提出できる
審査請求では、原処分時に提出していなかった資料を追加することもできます。
たとえば、
- メールやチャット
- 録音・反訳書
- 新たに入手した勤怠資料
- 同僚等の陳述書
- 社内相談窓口や労働組合等への相談記録
- 主治医の補充意見書
- 症状経過を整理した資料
などです。
ただし、 「新しい証拠を出した=原処分が覆る」ではありません。
その資料が争点とどう関係するのか、信用できるのか、既存資料と整合するのかなどが検討されます。
重要|審査請求で不支給が覆るのは「同じ主張を繰り返したから」ではない
労災の審査請求で原処分が覆るのは、単に請求人が同じ主張を繰り返したからではありません。
原処分が前提とした 発病時期、出来事、労働時間、医学的状態などが再認定され、証拠の評価や認定基準への当てはめが変わったとき に、結論が変わることがあります。
公開されている取消事例を横断すると、結論が変わる構造は、大きく次の4つに整理できます。
1.事実認定が変わる
たとえば、
- 発病時期が違っていた
- 実際の労働時間・休憩時間が違っていた
- ハラスメントの頻度や態様が違っていた
- 症状固定・寛解の時期が違っていた
- 災害の発生状況が違っていた
という場合です。
2.同じ証拠でも評価が変わる
新しい証拠がなくても、 既に存在していた資料をどう評価するか によって結論が変わることがあります。
たとえば、会社の勤怠システム上は「休憩」となっていても、本当にその時間に労働から解放されていたのかを検討すれば、実労働時間の評価が変わることがあります。
また、本人の説明だけを見るのではなく、 上司本人の説明、同僚の供述、相談記録、会社による注意・対応などと照合することで、出来事の評価が変わる場合もあります。
3.認定基準への当てはめが変わる
同じ出来事でも、
「通常の業務指導だった」
と評価するのか、
「業務指導の範囲を逸脱した、強い心理的負荷となる言動だった」
と評価するのかで結論は変わり得ます。
また、複数の出来事を一つずつ切り離して評価するのか、 その関連性・近接性・継続性などを踏まえて全体として評価するのかも重要になります。
4.新しい証拠・医学的意見によって評価が変わる
もちろん、新しい証拠が重要になる事例もあります。
- 新たな専門医意見
- 指定医による診断・鑑定
- 新たな関係者供述
- 新たに判明した勤怠資料やログ
- 新たに確認できた相談記録
などによって、原処分の前提が変わることがあります。
つまり、 新証拠は「覆るための唯一の条件」ではなく、結論が変わる契機の一つ と考える方が実態に近いでしょう。
▶ 1分で見る|新証拠がないと不支給は覆らない?
実例① 発病時期が変わり、心理的負荷の評価まで変わった
公開されている精神障害の再審査請求事案には、 発病時期の判断が変わったことで、結論まで変わった事例 があります。
平成30年労第468号では、原処分では適応障害の発病時期を2016年1月上旬としていました。 審査官段階でも原処分は維持されました。
しかし労働保険審査会では、1月当時の腹痛、吐き気、睡眠障害等だけでは著しい苦痛や機能障害が認められず、就労や試験受験も継続していたことなどを検討しました。
その後の3月24日の強い恫喝・叱責後に就労できなくなった時点を発病時期として評価しました。
発病時期が変わったことで、その時期の継続的な大声、恫喝、人格否定的な言動などについて心理的負荷を評価することになり、 「ひどい嫌がらせ」などとして心理的負荷を「強」と評価し、原処分が取り消されました。
精神障害の労災では、発病時期が変われば、 どの出来事を発病前の心理的負荷として評価するのか まで変わる可能性があります。
実例② 「業務指導」なのか「人格否定を伴う言動」なのか
平成31年労第103号も、精神障害の労災を考えるうえで重要な事例です。
この事案では、計装業務の経験がなく、十分な技術教育を受けていない派遣労働者に対し、事実上の上司から頻繁な叱責や人格否定的な言動が行われていました。
審査会は、
- 上司本人が一部の言動を認めていたこと
- 別の上司が制止していたこと
- 同僚の説明
- 社内相談窓口への相談
- 会社が上司を注意していたこと
なども踏まえて検討しました。
そして、知識・経験不足への指導という側面があったとしても、 十分な研修をしないまま人格否定的な言動を執拗に行ったことは、業務指導の範囲を逸脱していた と評価しました。
この事例で重要なのは、 主として既に存在していた事実の評価と、認定基準への当てはめが変わった という点です。
実例③ 新しい資料を出しても、それ自体が決め手とは限らない
令和元年労第225号では、請求人側からSNS等の新しい資料も提出されていました。
しかし審査会は、そのSNSについての請求人側の推測をそのまま採用したわけではありません。
新たな精神科医の意見を得たうえで、関係者の説明、勤務状況、日常生活の状況などを総合的に検討し、 発病時期そのものを医学的に再評価しました。
新しい資料があっても、その資料がどの争点に関係し、既存資料とどう整合するのかまで確認する必要があります。
精神障害以外でも「既存資料の読み方」が変わっている
この構造は精神障害だけに限りません。
公開裁決には、脳・心臓疾患について、 既存の勤怠・業務資料から労働時間を再評価したことで原処分が取り消された事例 もあります。
また、管理システム上は「休憩」と記録されていた時間について、実際の勤務実態を検討した結果、労働時間の評価が変わった事例もあります。
形式上の記録だけではなく、 その記録が実態を正確に表しているのか まで問題になることがあるわけです。
原処分が覆るのは審査官の段階だけではない
「不支給が覆る」といっても、制度上はいくつかの段階があります。
| 段階 | 判断する主体 | 何が起こるか |
|---|---|---|
| 原処分後の見直し | 労働基準監督署長 | 審査請求後に原処分庁が処分を変更・取消しすることも制度上あり得るが、個別の運用は事案による |
| 審査請求 | 労災保険審査官 | 原処分の全部または一部を取り消す決定、又は棄却・却下の決定 |
| 再審査請求 | 労働保険審査会 | 原処分の全部または一部を取り消す裁決、又は棄却・却下の裁決 |
| 訴訟 | 裁判所 | 原処分取消訴訟等で司法判断を受ける |
なお、審査官が取消決定をしたからといって、 審査官自身がその場で新しい支給決定をするという整理ではありません。
原処分が取り消された後は、原処分庁が取消決定・裁決の内容に従って、改めて必要な処理を行います。 ただし、実際の支給額、対象期間、支給開始時期などは、取り消された処分の内容や決定・裁決の理由に応じて処理されます。
審査請求の資料は見ることができる?
審査請求では、 審査手続に提出された一定の資料について、閲覧や写しの交付を求める制度 があります。
労働保険審査官及び労働保険審査会法16条の3では、決定までの間、一定の文書・物件等について閲覧または写しの交付を求める仕組みが定められています。
原処分庁から審査資料として提出されていれば、
- 会社側の回答書
- 関係者の聴取書
- 医療機関からの回答
- 主治医・専門医の意見書
- 調査復命書
- 勤怠資料
などが対象となり得ます。
ただし、 労基署が保有するすべての資料を無条件に全部コピーできる、という意味ではありません。
審査官へ提出されていない資料や、第三者の個人情報等については対象・開示範囲に限界があります。
法16条の3による閲覧・写しの交付と、保有個人情報開示請求との違いは、 労災の審査請求で調査資料を見る方法|法16条の3と保有個人情報開示請求 で解説しています。
「3か月で結果が出る」とは限らない
労災の審査請求では「3か月」という期間を目にすることがあります。
しかし、 審査請求をしてから3か月以内に必ず決定しなければならない、という意味ではありません。
法律上は、審査請求をしてから3か月を経過しても決定がない場合、 請求人は審査請求が棄却されたものとみなして、次の手続へ進むことができる仕組みがあります。
したがって、 「3か月=結果が出る期限」 と理解しないことが重要です。
では、審査請求では何を見るべきなのか
公開された取消決定・裁決から読み取れるのは、 本人の主張を長く書き直せば覆る、という単純な構造ではない ということです。
重要になるのは、原処分の判断を、
- 事実認定は適切だったのか
- 証拠評価は適切だったのか
- 医学的判断の前提は適切だったのか
- 認定基準への当てはめは適切だったのか
というように分けて確認することです。
そして必要に応じて、 どの判断が、なぜ違うと考えるのかを資料と対応させて整理する ことになります。
そもそも審査請求を進めるべきか、現時点では資料整理を優先すべきか迷う場合には、 労災の審査請求を勧めないこともある|不支給理由と資料から見る判断基準 も参考にしてください。
まとめ|「新しい証拠があるか」だけではなく「原処分の何が違うのか」
労災の審査請求は、 単に不支給決定に納得できないことをもう一度伝えるためだけの手続ではありません。
- 審査請求は原処分の調査を機械的に最初から全部やり直すものではない
- 原処分理由と不服理由から争点が整理される
- 必要に応じて追加調査や医学的検討が行われる
- 原処分時になかった証拠も提出できる
- ただし「新証拠がある=覆る」ではない
- 既存資料の再評価だけで結論が変わる場合もある
- 発病時期などの前提が変わることで、認定基準への当てはめまで変わることがある
- 審査請求で棄却されても、再審査請求等の次の段階がある
最も重要なのは、
「新しい証拠があるか」だけを見るのではなく、 原処分のどの事実認定・証拠評価・医学判断・認定基準への当てはめが結論につながっているのか を確認することです。
公開裁決をみても、新しい証拠が重要だった事案がある一方、 既に存在していた資料の評価が変わったことで結論が変わった事案 もあります。
労災の不支給決定・審査請求について整理したい方へ
「不支給理由のどこを確認すればよいか分からない」
「審査請求で何を主張・立証すればよいのか整理できない」方へ。
不支給決定通知書、原処分の理由、手元にある資料から、
何が争点になり得るのか、現時点で何を確認すべきかを一緒に整理します。
すぐに審査請求や正式なご依頼を勧めるものではありません。
※審査請求による原処分取消しを保証するものではありません。
※個別の事情・資料を確認したうえで対応内容をご案内します。
よくある質問
審査請求では、労基署の調査を最初から全部やり直しますか?
必ずしもそうではありません。原処分の理由と審査請求の理由から争点を整理し、必要な範囲で追加調査や資料の再評価等が行われます。
新しい証拠がないと、不支給決定は覆りませんか?
新証拠が重要になる場合はありますが、それだけが結論変更の条件ではありません。公開裁決には、既存の資料・供述・勤務記録等の評価や、認定基準への当てはめが変わった事例もあります。
原処分時に出していなかった資料を提出できますか?
審査官の決定まで、証拠となる文書その他の物件を提出することができます。ただし、審査官が提出期限を定めた場合は、その期限内に提出する必要があります。
審査請求で棄却されたら終わりですか?
審査官の決定に不服がある場合には、要件を満たせば労働保険審査会への再審査請求や、原処分取消訴訟等の次の手続があります。期限があるため、決定書を受け取った場合は早めの確認が必要です。
精神障害の労災では、審査請求でどのくらい覆りますか?
精神障害だけを対象として、審査官段階・審査会段階の取消率を継続的に示した全国的な公的統計は、今回確認した公表一次資料では確認できませんでした。そのため、「精神障害の審査請求は○%で覆る」と一律に示すことは適切ではありません。
公開資料についての注意
労働保険審査会のウェブサイトで公開されている裁決事案一覧は、今回確認した範囲では 平成26年1月から令和2年7月までの裁決分 です。
そのため、この記事で紹介した公開裁決を、 2023年に改正された現在の精神障害の労災認定基準の下での最新の取消傾向として一般化することはできません。
また、個々の事件で審査官がどの資料をどこまで取り寄せたのか、内部でどのように心証を形成したのかなど、 公開資料だけでは分からない部分もあります。
主な参考資料
- e-Gov法令検索「労働保険審査官及び労働保険審査会法」
- e-Gov法令検索「労働者災害補償保険法」
- 厚生労働省「審査請求書の記載について」
- 厚生労働省「労災補償業務の運営に当たって留意すべき事項について」
- 厚生労働省・労働保険審査会「裁決事案一覧」
- 労働保険審査会 平成30年労第468号
- 労働保険審査会 平成31年労第103号
- 労働保険審査会 令和元年労第225号
- 厚生労働省「労働者災害補償保険審査官決定事案一覧」
ご注意: 本記事は2026年10月時点で確認できる公表資料をもとに、労災保険の審査請求・再審査請求の一般的な仕組みと公開された取消事例を整理したものです。 個別事案では、原処分の内容、争点、提出資料等によって判断は異なります。 また、本記事は審査請求による原処分取消しや労災保険給付の支給を保証するものではありません。
ここまで読んで、まだ迷っていても大丈夫です。

まずは、今の状況を整理するところからで大丈夫です
「まだ相談するか決めていない」
「何を書けばいいか分からない」
そんな段階でも大丈夫です。
※ 個人のご相談(労災・後遺障害・障害年金)/全国対応(LINE・オンライン)
※ 「まず整理だけ」でも大丈夫です


