上司の叱責で精神障害の労災は認められる?「強・中・弱」を分けた3つの実際の裁決

上司の叱責で精神障害の労災は認められる?心理的負荷の強・中・弱を実際の裁決から解説

「上司からひどく叱責されて、うつ病や適応障害になった。労災になるのでしょうか」

精神障害の労災相談では、こうしたご相談があります。

ただ、「ひどい言葉を言われた=心理的負荷が『強』」と単純に決まるわけではありません。

実際の労働保険審査会の裁決を見ると、 「能力はゼロ」と言われても「中」と評価された事例がある一方、 上司から繰り返し大声で叱責され、人格面まで問題にされた事例では「強」と評価され、 労災の不支給処分が取り消されています。

この記事のポイント

  • 叱責の「言葉の強さ」だけでは決まらない
  • 人格・人間性への攻撃だったか
  • 大声や威圧的な態様だったか
  • 必要以上に長時間続いたか
  • 繰り返し・継続していたか
  • 周囲の人がどう受け止めていたか
  • 会社が注意した後も続いていたか

こうした事情を一つずつではなく、全体として確認することが重要です。

現在の精神障害の労災認定基準

精神障害が労災として認められるためには、現在の認定基準上、基本的に次の3つの要件を満たす必要があります。

  1. 対象となる精神障害を発病していること
  2. 発病前おおむね6か月の間に、業務による強い心理的負荷が認められること
  3. 業務以外の心理的負荷や個体側要因による発病とは認められないこと

2023(令和5)年9月に認定基準が改正され、パワーハラスメントについても、 心理的負荷が「強」「中」「弱」となる具体例が整理・拡充されました。

特に重要なのは、ハラスメントやいじめのように繰り返される出来事について、 個々の言動をバラバラに見るのではなく、一体のものとして評価するという点です。

ただし、出来事が複数あるからといって、自動的に心理的負荷が「強」になるわけではありません。 出来事どうしの関連性、時間的な近さ、同じ上司による継続的な言動かどうか、 出来事後も状況が続いたかどうかなどを踏まえ、全体として評価されます。

また、「執拗」という言葉も、単純に回数だけで判断されるわけではありません。 厚生労働省の専門検討会資料では、一般には反復・継続する状況が想定される一方、 一度の言動でも、比較的長時間に及び、態様が強烈で悪質性が高い場合には、 「執拗」と評価すべき場合があると整理されています。

つまり、「何回言われたか」だけではなく、「何を・どのように・どれくらいの時間・どのような状況で受けたのか」を見る必要があります。

現行の認定基準: 厚生労働省「心理的負荷による精神障害の認定基準について」(令和5年9月1日付け基発0901第2号)

関連資料: 厚生労働省「精神障害の労災補償について」

「執拗」の考え方に関する資料: 厚生労働省「精神障害の労災認定の基準に関する専門検討会」資料

労災認定とパワハラ判断は同じではない

労災認定と、パワーハラスメントに当たるかどうかの判断は、完全に同じではありません。

上司の言動がパワーハラスメントに該当するかという問題と、 その言動によって発病した精神障害が労災として認められるかという問題は、関連しますが、 判断の目的や要件が同一ではありません。

精神障害の労災では、発病時期、発病前おおむね6か月間の業務上の出来事、 心理的負荷の強さ、業務外の事情、医学的な判断などを含めて検討されます。

そのため、パワーハラスメントがあったと感じられる事情があっても、 直ちに労災認定されるとは限りません。 反対に、労災の不支給処分となったことだけで、その言動が適切だったと判断されるわけでもありません。

「強」とされ、不支給が取り消された事例|平成30年労第468号

まず、不支給処分が取り消された事例です。

請求人は、上司から継続的な叱責を受けていたと訴えていました。

裁決で確認された事情を見ると、単に「厳しく注意された」という事案ではありません。

長時間に及ぶ叱責

同僚は、上司の説教について、 「もう勘弁してあげたらいいのにと思うくらい長い」 という趣旨の申述をしていました。

また、請求人に弁明する機会を与えないような言い方をしていたことも確認されています。

業務だけでなく人格面にも及んでいた

懇親会では、請求人について、 「礼儀がなっていない」「言い訳が多い」「うなずき方が悪い」 といった趣旨の発言がありました。

審査会は、上司が業務内容だけでなく、請求人の人格を問題視して厳しい言葉を用いていたと認定しています。

周囲にも分かるほどの大声だった

2016年3月24日の出来事では、上司自身が大声を上げたことを認め、 その声は班全員が気付くほどだったとされています。

さらに、上司である副長が両者の間に止めに入っていました。

会社関係者への聞き取りでも、大声やきつい言い方について、 無関係の第三者でさえ恐怖を覚えるような程度 だったと評価されています。

注意された後も続いていた

会社側でも上司の言動を問題視し、より穏やかに指導するよう注意していました。

それでも、その後もしばしば大声を上げていたことが確認されています。

会社が行為者に注意したか、相談後に状況が改善したかは重要な事情ですが、 それだけで労災認定の結論が決まるわけではありません。 ただし、注意や相談後も同じ言動が続く場合には、 行為の継続性や職場としての改善可能性を考えるうえで重要な事情になります。

審査会は「強」と判断

審査会は、一連の言動について、もはや業務指導の範囲内とは認められないと判断しました。

そして、人格や人間性を否定する言動が含まれ、それが繰り返され、 上司から注意を受けた後も続いていたことなどから「執拗」と認定。

心理的負荷の総合評価を「強」とし、 精神障害を業務上の事由によるものと認め、 療養補償給付の不支給処分を取り消しました。

この裁決で重要だった事情

  • 繰り返される叱責
  • 長時間の説教
  • 弁明しにくい状況
  • 人格面にまで及ぶ言動
  • 班全員が分かるほどの大声
  • 第三者も恐怖を覚える態様
  • 管理者が止めに入ったこと
  • 注意された後も改善しなかったこと

一次資料: 厚生労働省「平成30年労第468号」

「能力はゼロ」でも「中」とされた事例|平成30年労第357号

これと対照的なのが、店長になるための研修中に上司から厳しい言葉を受けた事例です。

録音には、 「あなたは幼稚園児並みだ」「能力はゼロなんですよ」 という非常に強い表現が残っていました。

この言葉だけを見ると、「強」ではないかと感じる方もいるかもしれません。

しかし、審査会は録音全体を確認しています。

録音全体では具体的な業務指導が中心だった

録音の大部分は、 研修でできていない点、接客方法、店長になるために必要な技術などについて、 具体的に注意・指導する内容でした。

さらに、口調についても、 静かに淡々と諭すようなもので、大声で怒鳴ったり恫喝したりするものではなかった と認定されています。

審査会は、一部に業務指導の範囲を多少逸脱する発言があったこと自体は認めました。

しかし、そのような言動が継続していた事情は認められないとして、 心理的負荷を「中」と評価しました。

他の出来事も含めた全体評価も「中」となり、 精神障害は業務上とは認められず、不支給処分が維持されています。

「能力はゼロ」という表現は、受け手の尊厳を傷つけ得る強い言葉です。 しかし、この裁決では、その言葉だけを切り取るのではなく、 録音全体における指導内容、口調、研修との関係、言動の継続性を踏まえて評価されています。

この事例から分かるのは、強烈な一言だけを切り取って労災認定が決まるわけではないということです。

録音がある場合も、その言葉だけではなく、前後の会話、口調、指導目的、時間、回数などが重要になります。

一次資料: 厚生労働省「平成30年労第357号」

朝礼で失敗談を発表しても「弱」とされた事例|平成29年労第98号

もう一つ、公開性について考えるうえで参考になる裁決があります。

木材加工業務に従事していた労働者が、 仕事上のミスで顧客や取引先からクレームが入ると、 朝礼で社員の前に立ち、失敗談を発表させられていた事例です。

人前で失敗を話すこと自体、本人にとって大きな負担になることはあり得ます。

しかし、この裁決では、 朝礼での発表は請求人だけに課されたものではないこと、 仕事上のミスに対する注意・指導だったことなどが確認されました。

また、請求人自身も、その失敗談の発表について、 いじめや嫌がらせとは思っていなかった旨を述べています。

もっとも、本人が当時「いじめだとは思わなかった」と受け止めていたことだけで、 心理的負荷の強さが決まるわけではありません。 労災認定では、同種の労働者が一般的にどう受け止めるかという観点から、 出来事の客観的な態様も含めて判断されます。

審査会は、多少強い口調での注意や叱責があったとしても、 業務上の指導の範囲内として、 心理的負荷を「弱」と評価しました。

重要なのは「人前だったか」だけではありません。

誰に対して行われていたのか、何のための行為だったのか、 人格を傷つける内容だったのか、威圧的だったのかなど、 具体的な態様を確認する必要があります。

一次資料: 厚生労働省「平成29年労第98号」

3つの裁決を比較すると何が違うのか

判断要素 平成30年労468号 平成30年労357号 平成29年労98号
評価
言動 人格面にも及ぶ厳しい言動 「幼稚園児並み」「能力はゼロ」等 仕事上のミスへの注意
口調・態様 大声・第三者も恐怖 静かで淡々 多少強い口調
長時間性 長い説教が確認された 特段確認されず 特段確認されず
反復・継続 繰り返し・執拗 逸脱した言動の継続性なし 注意等は繰り返されていた
公開性・第三者 班全員が気付き、管理者が制止 裁決上、決定的事情になっていない 朝礼で社員の前
会社対応 注意後も大声が続いた 指導状況を確認し対応 放置等の事情は確認されず
結論 業務上・不支給取消し 業務外 業務外

この3つを並べると、かなり重要なことが分かります。

公開されているだけでも、回数が多いだけでも、言葉が強烈なだけでも決まりません。

叱責の内容、必要性、声量、時間、反復性、人格への攻撃、 第三者から見た異常性、会社の対応などを組み合わせて評価する必要があります。

🎥 動画でも解説しています

上司の叱責について、心理的負荷が「強・中・弱」に分かれた 3つの実際の裁決を、動画でも比較して解説しています。

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実際の労災申請では何を確認するのか

「上司からひどく叱責された」という相談を受けた場合、 言われた言葉だけでは判断できません。

例えば、次のような資料や事情を確認します。

  • 録音・録画
  • LINE・メール・チャット
  • 叱責を受けた日時を記録したメモ
  • 同席していた人、聞いていた人
  • 叱責が何分・何時間程度続いたか
  • 同じような叱責が何回あったか
  • 業務上のミスや指導理由が実際に存在したか
  • そのミスと叱責の程度が釣り合っていたか
  • 会社や人事に相談した記録
  • 会社が行為者へ注意したか
  • 注意後も同様の行為が続いたか
  • 発病前後の受診記録や診断書

録音は「暴言の一言」だけを見ない

平成30年労第357号は特に参考になります。

録音に「能力はゼロ」という言葉が入っていても、 審査会はそこだけを切り取らず、 録音全体の指導内容や口調まで確認しました。

逆にいえば、録音の中に、 長時間の説教、繰り返される人格否定、 大声、威圧、弁明を許さないやり取りなどが残っていれば、 それらも重要な検討材料になり得ます。

第三者の証言も重要な資料になり得る

平成30年労第468号では、 本人の申立てだけで判断されたわけではありません。

同僚、前任者、課長、副長などの申述があり、 「説教が非常に長かった」 「大声だった」 「周囲にも聞こえていた」 「管理者が止めに入った」 といった事情が確認されています。

本人にとっては日常化してしまっている出来事でも、 第三者から見ると異常な状況だったということがあります。

発病時期が重要になることもある

平成30年労第468号には、もう一つ非常に重要なポイントがあります。

それが精神障害の発病時期です。

当初は2016年1月頃の発病とする医学的意見がありました。

しかし、審査会が改めて精神医学的意見を求めたところ、 1月の段階では勤務を継続し試験も受けていたことなどから、 著しい苦痛や機能障害が生じていたとは判断できないとされました。

その後、3月24日に恐怖を感じるほどの叱責を受けたことを契機として、 強い腹痛や頭痛、うつ症状などが現れ、勤務継続ができなくなりました。

そのため、審査会は3月24日に適応障害を発病したと認定しました。

精神障害の労災では、「いつ初めて病院へ行ったか」だけでなく、 医学的にいつ精神障害を発病したと考えられるのかが重要になることがあります。

現在の認定基準に照らすとどう考えるか

ここまで紹介した3件は、現在の2023(令和5)年9月改正より前の認定基準に基づいて判断された裁決です。

そのため、過去の裁決結果をそのまま現在の案件へ当てはめることはできません。

ただし、現在の認定基準でも、 ハラスメントのように繰り返される出来事は一体として評価し、 継続していることは心理的負荷を強める事情として扱われます。

また、パワーハラスメントについては、 パワーハラスメント防止措置に関する指針で整理されている6類型との関係も踏まえながら、 身体的攻撃、精神的攻撃、人間関係からの切り離し、過大な要求、 過小な要求、個の侵害に関する具体例が整理されています。

したがって、過去の裁決は、 「どのような事実が認定され、何が評価を分けたのか」 を考えるための資料として参考になります。

なお、厚生労働省の2026年1月の検討会資料でも、 労働基準監督署が判断の基準としている最新版は、 令和5年9月の認定基準であると説明されています。

現行基準: 厚生労働省「心理的負荷による精神障害の認定基準について」(令和5年9月1日)

2026年1月の検討会資料: 厚生労働省「ICD-11の適用に伴う精神障害の認定基準の対象疾病名に関する検討会」

まとめ|「何を言われたか」だけで判断しない

上司から厳しい叱責を受けた場合、 どうしても「どんな暴言を言われたか」に目が向きます。

もちろん、その言葉自体も重要です。

しかし、実際の裁決を見ると、それだけではありません。

  • 業務上必要な指導だったのか
  • 人格や人間性にまで攻撃が及んでいたのか
  • 大声・怒号・威圧があったのか
  • 必要以上に長時間続いたのか
  • 繰り返されていたのか
  • 他の従業員にも聞こえていたのか
  • 第三者も恐怖を感じる状態だったのか
  • 会社が注意した後も続いたのか

こうした事情を、録音、メール、LINE、メモ、同僚の証言、 会社への相談記録などと照らし合わせて整理することが重要です。

「この一言があるから労災になる」「人前で怒鳴られたから必ず『強』になる」 というものではありません。

逆に、本人が「自分のミスだから仕方がない」と思っていたとしても、 資料を時系列で確認すると、 業務指導の範囲を超えた言動が繰り返されていたことが見えてくる場合もあります。

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この記事について

この記事は、厚生労働省が公表している精神障害の労災認定基準および 労働保険審査会の裁決(平成30年労第468号、平成30年労第357号、平成29年労第98号)を確認し、 精神障害の労災実務の観点から整理したものです。

個別の労災認定は、発病時期、具体的な出来事、証拠資料、関係者の供述、 業務外の事情などを含めて判断されるため、 本記事で紹介した裁決と似た事情があることだけで認定結果が決まるものではありません。

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