精神障害の労災は1年6か月後どうなる?|休業補償・傷病補償年金・障害補償の分かれ道

精神障害の労災で1年6か月後の休業補償・傷病補償年金・障害補償の分かれ道を示すイメージ

障害年金では、 「初診日から1年6か月」 が大きな節目になります。

では、うつ病、適応障害、PTSDなどが労災と認められ、 休業補償給付を受けながら療養している場合、 1年6か月が経過するとどうなるのでしょうか。

「傷病補償年金に切り替わる?」 「障害補償給付になる?」 「それとも休業補償がそのまま続く?」

精神障害の労災では、このあたりが非常に分かりにくいところです。

先に結論

労災では、1年6か月が経過したからといって、 自動的に障害補償給付へ切り替わるわけではありません。

大きく分けると、 「まだ治っていない(未治ゆ)」のか、 「労災保険上の治ゆ・症状固定に達した」のかによって、 その後の給付が変わります。

状態 その後の給付の考え方
未治ゆ+傷病等級1~3級 傷病(補償)等年金+療養(補償)等給付
未治ゆ+傷病等級1~3級に該当しない 要件を満たす限り、休業(補償)等給付を継続し得る
治ゆ・症状固定+障害が残る 障害(補償)等給付を検討
治ゆ・症状固定+障害等級非該当 療養・休業補償給付は終了し、障害補償給付は支給されない

1.精神障害の労災は1年6か月で終了する?

結論からいうと、 1年6か月で休業補償給付が一律に終了するわけではありません。

休業補償給付には、 健康保険の傷病手当金のような 「通算1年6か月」という支給期間の上限はありません。

労災における1年6か月は、 「障害補償給付へ移る日」ではなく、 まだ治っていない人について傷病補償年金の対象となるほど重い状態なのかを確認する重要な節目 です。

「1年6か月」の意味を混同しないことが重要です。

障害年金では、原則として初診日から1年6か月後が障害認定日です。 一方、労災では、療養開始後1年6か月を経過しても治っていない場合に、 傷病等級1~3級に該当するかが問題になります。

2.休業補償給付はいつまで続く?

業務災害による休業補償給付は、 基本的に次の3つの要件を満たす日について支給されます。

  • 業務上の傷病について療養していること
  • その療養のため労働することができないこと
  • 賃金を受けていないこと

休業4日目から、 休業補償給付として給付基礎日額の60%、 休業特別支給金として20% が支給され、合計では80%となります。

したがって、 療養開始から1年6か月を超えていても、 治ゆしておらず、傷病補償年金へ移行せず、 休業の支給要件を満たしていれば、 休業補償給付が続く場合があります。

1年6か月=休業補償打ち切り、ではありません。

精神障害では療養が長期化することがありますが、 療養期間の長さだけで休業補償が終了するわけではありません。

3.1年6か月後の3つの分かれ道

療養開始から1年6か月前後の流れを、 大きく整理すると次のようになります。

精神障害が業務上と認定
療養中・労働不能・無賃金
→ 休業補償給付
↓
療養開始から1年6か月
↓
① まだ治っていない+傷病等級1~3級
→ 傷病補償年金
→ 療養補償給付も継続
② まだ治っていない+傷病等級1~3級に該当しない
→ 支給要件を満たす限り休業補償給付を継続し得る
→ 療養補償給付も継続
③ 治ゆ・症状固定
→ 休業・療養補償給付は終了
→ 障害が残れば障害補償給付を検討

この 「未治ゆ」と「治ゆ」の分岐 を理解すると、制度全体がかなり分かりやすくなります。

▼動画でも解説しています

4.傷病補償年金とは?

療養開始から1年6か月を経過しても治っておらず、 傷病による障害の程度が 傷病等級第1級~第3級 に該当する場合には、 傷病補償年金の対象となります。

傷病等級 精神障害についての中心的な状態 年金
1級 精神に著しい障害があり、常に介護を要する 給付基礎日額313日分
2級 精神に著しい障害があり、随時介護を要する 給付基礎日額277日分
3級 精神に著しい障害があり、労務に服することができない 給付基礎日額245日分

※傷病等級は、傷病等級表および個別の医学的所見に基づいて判断されます。 精神障害では、単に「休職している」「主治医が就労不能と診断している」という事情だけでは足りず、 症状の程度、日常生活上の援助・監督の必要性、治療経過などを総合して判断されます。

「休職中=傷病等級3級」ではありません。

主治医から就労不能と診断されて休業していることと、 労災保険の傷病等級1~3級に該当することは同じではありません。

精神障害の場合には、 就労状況だけでなく、 食事、入浴、服薬管理、通院、金銭管理、危険回避など、 実際の日常生活の状態 も重要になります。

また、傷病補償年金は、 障害補償給付のように本人が請求して開始するのが原則ではなく、 労働基準監督署長が職権で支給決定する制度 です。

療養開始から1年6か月を経過しても治っていない場合には、 「傷病の状態等に関する届」などにより、 傷病の状態や治療経過等が確認されます。

5.精神障害の「治ゆ・症状固定」とは?

ここが精神障害の労災では、 特に分かりにくいところです。

労災保険上の 「治ゆ」 とは、 必ずしも発病前の状態に完全に戻ることを意味しません。

労災上の「治ゆ」の基本

労災保険上の治ゆ(症状固定)とは、 一般に、医学上一般に認められた治療を行っても、 その傷病に起因する症状について、 それ以上の回復・改善という医療効果を期待できない状態をいいます。

精神障害では、症状が消失し、又は相当程度軽減して安定し、 通常の就労が可能な状態に至った場合のほか、 症状が残っていても、治療による改善可能性がなくなった場合に、 治ゆが問題になります。

つまり、 精神症状が残っていても症状固定になることがあります。

精神障害では、大きく考えると、

  • 症状が改善・安定し、通常の就労が可能な状態に至った
  • 十分な治療を行っても、それ以上の改善が期待できず症状が固定した

といった場合に治ゆが問題になります。

反対に、 単に「長期間治療している」 「カルテに安定と書かれた」 という事情だけで、 自動的に症状固定となるわけではありません。

6.薬を飲んでいても症状固定になる?

投薬を続けていることだけを理由に、 「まだ治ゆしていない」と決まるわけではありません。

例えば、 症状が安定して通常の就労が可能となり、 服薬が主として再発防止や状態維持を目的としているような場合には、 投薬を継続していても治ゆと判断されることがあります。

一方で、

  • 薬の増減・変更が続いている
  • 精神療法による改善が期待されている
  • リハビリテーションを継続している
  • 症状が軽快・悪化を繰り返している

など、 なお治療による改善が期待される場合には、 未治ゆと判断される可能性があります。

重要なのは「薬を飲んでいるか」ではなく、 その治療によって今後も改善が期待できる状態なのかです。

7.復職していなくても症状固定になる?

ここも誤解されやすいところです。

「復職していない=未治ゆ」とは限りません。

例えば、

  • 症状は固定しているが、残った障害のため元の仕事には戻れない
  • 医学的には働けるが、会社側に受け入れ可能な職場がない
  • 元の職種には戻れないが、別の職種なら働ける
  • 医学的な状態とは別に、会社側の事情で復職できていない

といったケースがあります。

そのため、 会社に戻ったかどうかと、医学的に治ゆしたかどうかは分けて考える必要があります。

8.障害補償給付へ移るのはいつ?

障害補償給付を検討するタイミングは、 1年6か月経過時ではありません。

労災保険上の 治ゆ・症状固定に達した時点 です。

  1. 治ゆ・症状固定となる
  2. その後の療養・休業補償給付は原則として終了する
  3. 精神症状などの障害が残っていれば障害補償給付を請求する
  4. 残存障害について障害等級を判断する
治ゆ認定と障害等級認定は別の判断です。

症状固定になったからといって、 必ず障害等級が認められるわけではありません。

脳の器質的損傷を伴わない精神障害では、 通常の認定枠として 9級・12級・14級 が問題になります。

9.実際にはどのルートが多い?

ここは、今回公表資料を調べるうえで、 特に確認したかった点です。

精神障害が労災認定された人は、 その後、

  • 1年6か月後も休業補償を受け続ける人
  • 傷病補償年金へ移る人
  • 治ゆ後に障害補償給付を受ける人
  • 治ゆしたものの障害等級には該当しない人

のどれが多いのでしょうか。

結論:精神障害だけについて、この割合を示す公表統計は確認できません。

厚生労働省は、 精神障害の労災について、 請求件数、支給決定件数、業種、職種、年齢、出来事などを公表しています。

しかし、 労災認定後にどの給付ルートへ進んだのか について、 精神障害だけを抽出した件数・割合は公表されていません。

全傷病については、 傷病補償年金や障害補償年金などの受給者数が公表されていますが、 これを精神障害の労災認定件数と比較して、 「精神障害では○%が傷病補償年金になる」 などと計算することはできません。

分からない数字を推測しないことも重要です。

「精神障害では傷病補償年金になる人が少ない」 「多くの人が休業補償を受け続ける」 といった割合については、 少なくとも公表統計だけから断定することはできません。

10.労働保険審査会の裁決から見る症状固定

精神障害の「治ゆ・症状固定」は、 実際の裁決でも争われています。

事例1|「調子上向き」「気分が安定」だけでは治ゆと認められなかった例

令和元年労第205号

気分障害について、 労働基準監督署は平成27年12月31日に寛解・治ゆしたとして、 その翌日以降の休業補償給付を不支給としました。

しかし、 抑うつ、不眠、食欲低下、易疲労感などが続いており、 定時に出勤できる状態まで回復していないとの医学的意見がありました。

審査会は、 診療録に 「調子上向き」 「気分が安定」 といった記載があることだけでは、 症状が消失または相当程度軽減したことを裏付ける医学的所見とはいえないと判断しました。

その結果、 治ゆ後として不支給とされていた期間について、 原処分が取り消されています。

事例2|通常勤務と無治療期間などから症状固定が認められた例

令和元年労第255号

PTSD等が問題となった事例で、 労働基準監督署は平成29年5月13日を症状固定日とし、 翌日以降の休業給付を不支給としました。

この事例では、 別の事業場で通常勤務していたこと、 転医後に精神症状が確認されなかったこと、 本人が通院を中止し約6か月の無治療期間があったことなどが重視されました。

審査会は症状固定の判断を維持し、 請求を棄却しています。

注意したい点

この裁決で症状固定が認められたことと、 精神障害について障害等級が認められたことは別です。

「症状固定になった」=「障害補償がもらえる」ではありません。

裁決から分かる実務上のポイント
  • カルテに「安定」「改善」とあるだけでは、直ちに寛解・治ゆとはいえない
  • 主治医の意見だけでなく、診療録、症状の推移、服薬・治療内容、実際の就労状況が確認される
  • 通常就労や長い無治療期間は、症状固定を支持する事情になり得る
  • 症状固定が認められても、障害等級に該当するかは別途判断される

この2つの裁決を比べると、 単に診療録の一部の言葉だけを見るのではなく、 症状の経過、医学的所見、実際の就労状況、 治療の継続状況などを総合して治ゆ・症状固定が判断されていることが分かります。

11.給付額はどう違う?

例えば、 給付基礎日額を10,000円 と仮定して単純化すると、 休業補償給付と休業特別支給金は、 1日当たり合計8,000円です。

給付 給付基礎日額10,000円の場合
休業補償給付+休業特別支給金 1日8,000円(60%+20%)
傷病補償年金1級 年313日分=313万円
傷病補償年金2級 年277日分=277万円
傷病補償年金3級 年245日分=245万円
障害補償一時金9級 391日分=391万円
障害補償一時金12級 156日分=156万円
障害補償一時金14級 56日分=56万円

※上記は制度の違いを理解するための単純なモデルです。 実際には特別支給金、賞与を基礎とする特別年金・特別一時金、 年齢階層別限度額、スライド改定、公的年金との併給調整等が関係する場合があります。

「どの給付が一番得か」を選べる制度ではありません。

休業補償は未治ゆ期間の所得補償、 傷病補償年金は未治ゆかつ重度の状態に対する年金、 障害補償給付は治ゆ後に残った障害に対する補償です。

それぞれ支給される場面そのものが異なります。

12.障害年金の「1年6か月」と何が違う?

障害年金を知っている方ほど、 労災の1年6か月と混同しやすいかもしれません。

項目 障害年金 労災保険
1年6か月の意味 原則として初診日から1年6か月後が障害認定日 療養開始後1年6か月時点で傷病補償年金の対象になるかを確認する節目
未治ゆの場合 障害年金独自の基準で障害状態を評価 傷病等級1~3級なら傷病補償年金。非該当なら休業補償が続く場合がある
障害補償との関係 - 障害補償給付は1年6か月ではなく「治ゆ後」に検討
一番大切な違い

障害年金の「1年6か月」は障害認定日の原則。
労災の「1年6か月」は障害補償への移行日ではなく、 未治ゆのまま傷病補償年金の対象になるかを確認する節目です。

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13.まとめ|精神障害の労災は「1年6か月」より「未治ゆか、治ゆか」を見る

精神障害で休業補償給付を受けている場合、 療養開始から1年6か月が経過しても、 それだけで休業補償が終了するわけではありません。

  • 未治ゆ+傷病等級1~3級 → 傷病補償年金
  • 未治ゆ+傷病等級1~3級非該当 → 要件を満たせば休業補償を継続し得る
  • 治ゆ・症状固定+障害が残る → 障害補償給付を検討
  • 治ゆ・症状固定+障害等級非該当 → 療養・休業補償給付は終了し、障害補償給付は支給されない

そして精神障害では、 「薬を飲んでいるから未治ゆ」 「復職していないから未治ゆ」 「症状が残っているから未治ゆ」 と単純に判断できるものではありません。

反対に、 長期間療養しているという理由だけで、 自動的に症状固定になるわけでもありません。

重要なのは、治療によって今後さらに改善する可能性があるのかどうかです。

診療経過、症状の変動、投薬内容、 主治医の意見、日常生活、実際の就労状況などを踏まえて、 個別に判断されます。

なお、 精神障害の労災認定者について、 「休業補償継続」「傷病補償年金」「障害補償」の どのルートが何%を占めるのかという公表統計は、 確認できませんでした。

数字が公表されていない部分については、 「精神障害では○○になる人が多い」と推測するのではなく、 個々の状態と制度上の要件を確認することが大切です。

制度の基本的な根拠は、労働者災害補償保険法の休業(補償)等給付、 傷病(補償)等年金、障害(補償)等給付に関する規定および関係省令です。

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参考資料

※本記事は、公表されている厚生労働省資料・労働保険審査会裁決等をもとに、 精神障害に関する労災保険給付の一般的な考え方を整理したものです。 個別事案における休業補償給付、傷病補償年金、治ゆ認定、障害等級等を保証するものではありません。 実際の判断は、傷病の状態、治療経過、医学的意見、就労状況、日常生活状況等を踏まえて個別に行われます。

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