公務員の精神疾患は「労災」と何が違う?|国家公務員・地方公務員・民間労災の制度と認定基準を比較

公務員の精神疾患と公務災害を国家公務員・地方公務員・民間労災で比較する記事のイメージ

公務員が、仕事による強いストレスからうつ病、適応障害、PTSDなどを発症した場合、 民間会社員と同じ「労災保険」で判断されるとは限りません。

国家公務員には国家公務員災害補償制度、 地方公務員には地方公務員災害補償制度があり、 民間労働者の労災とは認定主体や手続、評価の仕組みが異なります。

では、精神疾患の「仕事との因果関係」の判断方法まで、 民間労災とはまったく違うのでしょうか。

先に結論

民間労災、国家公務員、地方公務員では制度そのものは異なります。

一方で、確認できた公表資料では、 発病・発症前おおむね6か月を基本に業務・公務による負荷を確認すること、 本人の主観だけではなく同種の労働者・職員を基準として客観的に評価すること、 業務外の出来事や個体側要因も検討することなど、 認定の基本構造には共通する部分があります。

ただし、誰が認定するのか、負荷をどう整理するのか、 専門医の関与や申請経路などは同じではありません。

この記事で比較する範囲について

国家公務員と地方公務員では、公務災害の制度や認定の仕組みが異なります。 本記事では、民間労災、国家公務員、地方公務員に共通する基本的な考え方を整理したうえで、 長時間勤務、ハラスメント、住民・児童生徒対応などの具体的な評価については、 公開されている現行の認定通知・実施通知を本文まで確認できた 地方公務員の公務災害を中心に解説します。

国家公務員については、人事院が認定指針の改正を公表していますが、 個別の出来事や勤務時間の評価を地方公務員の基準と同一視するものではありません。

1.公務員の精神疾患は「労災」ではない?

一般職の国家公務員・地方公務員については、 民間労働者と同じ労災保険制度ではなく、 それぞれの公務災害補償制度が設けられています。

区分 主な制度 精神疾患の主な基準
民間労働者 労災保険法・労働基準法 厚生労働省「心理的負荷による精神障害の認定基準」
国家公務員 国家公務員災害補償法等 人事院「精神疾患等の公務上災害の認定について」
地方公務員 地方公務員災害補償法等 地方公務員災害補償基金「精神疾患等の公務災害の認定について」等
「公務員」と一括りにしないことが重要です。

国家公務員と地方公務員では、根拠となる制度も認定の仕組みも同じではありません。 地方公務員の公務災害を、人事院の基準だけで判断するわけではありません。

2.誰が公務上・業務上を判断する?

3制度の大きな違いの一つが、認定主体です。

区分 主な判断主体 基準策定・制度運営
民間労災 所轄労働基準監督署長 厚生労働省
国家公務員 各府省等の実施機関 人事院
地方公務員 地方公務員災害補償基金の支部長等 地方公務員災害補償基金

特に注意したいのが国家公務員です。

「国家公務員の公務災害は、人事院がすべての個別案件を直接認定する」 と考えられることがありますが、 人事院の公表資料では、各府省等が公務災害の認定を行う仕組みとなっています。

3.3制度の精神疾患認定はどこまで似ている?

制度は別ですが、精神疾患の認定の基本的な考え方には共通する部分があります。

確認できた公表資料では、民間労災、国家公務員、地方公務員とも、 発病・発症前おおむね6か月を基本に業務・公務による負荷を確認し、 本人の受け止めだけでなく、同種の労働者・職員を基準に客観的に評価するなど、 認定の基本構造には共通する部分があります。

ただし、具体的な出来事の評価方法、勤務時間の取り扱い、 専門医の関与、認定手続などは制度ごとに同一ではありません。

判断要素 民間労災 国家公務員 地方公務員
評価期間 発病前おおむね6か月 発症前おおむね6か月を基本 発症前おおむね6か月
業務・公務の負荷 業務による強い心理的負荷 公務に関連する強度の精神的・肉体的負荷 業務による強度の精神的又は肉体的負荷
評価の基準 同種の労働者 同種の職員による客観評価 同種の職員
仕事以外の要因 業務外の心理的負荷等を検討 私的要因等を検討 家庭・金銭・疾病等を検討
個体側要因 既往精神障害等を検討 既往歴等を医学的に検討 既往歴、依存症等を検討
「公務員だから、精神疾患の認定の考え方が民間労災とまったく別」というわけではありません。

ただし、使われている評価表や文言、認定手続、医学的意見の取り扱いなどには違いがあります。

▶ 動画でも解説しています

国家公務員・地方公務員・民間労災の違いを動画でまとめています。

4.公務員も「発症前おおむね6か月」を見る?

精神障害の認定では、発病・発症時期が非常に重要です。

民間労災と地方公務員の現行基準では、 発病・発症前おおむね6か月が重要な評価期間とされています。 国家公務員についても、人事院の公表資料から同様の基本構造が示されていますが、 本記事では、継続的な出来事の具体的な扱いについては、 現行通知を本文まで確認できた民間労災と地方公務員を中心に説明します。

ただし、これは 「6か月より前の出来事は一切見ない」 という意味ではありません。

継続するパワハラなどは6か月前からの経過も重要

例えば地方公務員では、出来事の起点が6か月より前であっても、 出来事やその後の状況が6か月以内まで継続している場合には評価対象となり得ます。

いじめ・嫌がらせなどの反復行為についても、 一連のものとして評価され、6か月より前の開始時からの状況が考慮される場合があります。

「6か月前より古いから関係ない」と自己判断しないことが大切です。

いつ始まり、どのように継続し、発症前6か月の中で何が起きていたのかを 時系列で整理することが重要になります。

5.長時間勤務はどう評価される?|民間労災と地方公務員を比較

以下は、民間労災と地方公務員災害補償基金の現行通知で確認できる時間数を比較したものです。 国家公務員について、同じ時間数がそのまま適用されることを示す表ではありません。

長時間労働・長時間勤務については、 民間労災と地方公務員の基準には共通する具体的な時間数があります。

勤務状況 民間労災 地方公務員
直前1か月に160時間超 特別な出来事として「強」 強度の業務負荷
直前3週間に120時間以上 160時間超と同程度として「強」 強度の業務負荷
連続2か月、月120時間以上 「強」 強度の業務負荷
連続3か月、月100時間以上 「強」 強度の業務負荷
月80時間以上 具体的出来事として個別評価 他の出来事や勤務状況等と併せて検討
「80時間を超えれば自動的に認定」「80時間未満なら認定されない」ではありません。

勤務時間だけではなく、仕事内容、出来事、勤務密度、休息状況なども含めて評価されます。

持ち帰り仕事はどうなる?

地方公務員については、自宅で行った仕事が当然にすべて時間外勤務として扱われるわけではありません。

作業の必要性、内容、時間、緊急性、成果物などを 客観的に裏付けられるかが重要になります。

6.暴言・公開叱責・業務外しは?|地方公務員の基準では

民間労災では、パワーハラスメントについて、 身体的攻撃、精神的攻撃、人間関係からの切り離し、 過大な要求、過小な要求、個の侵害などが具体的に整理されています。

地方公務員では、民間労災とまったく同じ6類型をそのまま使う構造ではありませんが、 「職場でひどい嫌がらせ、いじめ又は暴行を執拗に受けた」 ことなどが強度の負荷の具体例として示されています。

評価では、例えば次のような事情が重要になります。

  • 暴言・侮辱・嫌がらせの内容と程度
  • 頻度や継続期間
  • 執拗性
  • 職務上の上下関係
  • 周囲の職員がどのように認識していたか
  • 職務への支障
  • 所属が相談後にどのような対応をしたか

そのため、業務外し、合理的な理由なく仕事を与えないこと、 過大な要求、孤立などについても、 具体的な事実関係によって評価対象となり得ます。

7.住民・保護者・児童生徒からの迷惑行為|地方公務員の場合

公務員、とくに自治体職員や教員では、 上司・同僚だけでなく、住民、保護者、児童生徒、患者、利用者等への対応 が大きな心理的負荷になる場合があります。

地方公務員の分析表では、例えば、

  • 住民から激しい暴行を受けて負傷した
  • 住民から激しい脅迫を受けた
  • 児童・生徒から激しい暴行を受けて負傷した
  • 精神的に錯乱した患者から暴行を受けた
  • 困難な対外折衝を行った
  • 住民の生命・財産に関わる業務に従事した

といった出来事が示されています。

また、教員・自治体職員に関係するものとして、 児童生徒の悲惨な事故死、大規模災害への対応、 繁忙部署への異動、欠員発生後の支援不足、 休日・深夜勤務や不規則な緊急呼出しなども確認できます。

ポイント

住民対応や児童生徒対応は、 「公務員だけのまったく別の考え方」で判断するというより、 公務の職務特性を踏まえた具体的な出来事として評価される と考える方が分かりやすいでしょう。

8.主治医が「仕事が原因」と書けば認定される?

ここは非常に誤解されやすいところです。

主治医が「仕事が原因」「公務が原因」と書いたからといって、それだけで公務災害・労災になるわけではありません。

主治医の診断や意見は重要な医学的資料です。

しかし、公務・業務との関係については、 発病時期、実際に起きた出来事、勤務実態、業務外の出来事、 既往歴などの客観的な事実も踏まえて認定機関が判断します。

地方公務員については、公務起因性の判断に際して 医学専門家の知見を求める仕組みも設けられています。

したがって重要なのは、 診断書の一文だけではなく、医師が前提とした事実と、 認定機関が調査によって確認した事実が一致しているかという点です。

9.どのような資料が重要になる?

精神疾患の公務災害・労災では、 「つらかった」という本人の説明だけでなく、 出来事や勤務状況を客観化できる資料が重要になります。

例えば、次のような資料です。

  • 本人の申述・時系列
  • 上司、同僚、部下、関係者の説明
  • 出勤簿、超過勤務命令簿、入退庁記録
  • パソコンのログ
  • メールの送受信記録
  • 業務日報・スケジュール
  • 業務上の成果物
  • 人事異動や職務分担の資料
  • 欠員や人員配置に関する資料
  • ハラスメント相談・調査記録
  • 診療録・主治医意見書

LINE、Teams、Slackなどのチャット記録も、 発言内容、日時、出来事の継続性などを確認する資料になり得ます。

後から取得できなくなる資料もあります。

公務災害の申請をするかまだ決めていない段階でも、 勤務時間、メール、相談記録、異動資料など、 適法に確保できる自分の資料については早めに整理しておくことが重要です。

10.公務災害で誤解されやすいポイント

よくある説明 整理
公務員は労災申請できない 一般職の国家・地方公務員は、原則として民間の労災保険ではなく、それぞれの公務災害補償制度で認定を求めます。
公務員は民間より認定基準が厳しい 一律にはいえません。基本構造には共通点が多い一方、制度・評価表・手続等には違いがあります。
国家公務員なら人事院が全部判断する 各府省等の実施機関が認定を行う仕組みです。
地方公務員も人事院の基準で判断する 地方公務員災害補償基金の通知・認定基準等によって判断されます。
所属が公務災害ではないと言えば終わり 所属側の見解と、認定機関による公務上外の判断は同じものではありません。
主治医が仕事原因と書けば認定される 自動的には決まりません。客観的事実と医学的知見を踏まえて判断されます。

▶ 1分でポイントを確認

公務員の精神疾患と公務災害の基本を短く解説しています。

11.申請を考えるときに整理したいこと

精神疾患の公務災害では、 単に「職場がつらかった」というだけではなく、 発症前の出来事を認定基準に沿って時系列で整理することが重要です。

特に確認したいのは、

  • いつ頃から症状が現れたのか
  • 初診日はいつか
  • 発症前おおむね6か月に何があったか
  • それ以前から続くハラスメント等がなかったか
  • 異動、欠員、仕事量増加がなかったか
  • 時間外勤務を裏付ける資料があるか
  • 住民・保護者・利用者等との重大なトラブルがなかったか
  • 上司や所属へ相談した記録が残っているか
  • 医療記録と本人の説明に大きな食い違いがないか

といった点です。

なお、公務災害の申請経路や不服申立てについては、 国家公務員・地方公務員で制度が異なります。

この記事では精神疾患の「認定基準の違い」を中心に解説しています。 具体的な提出先、手続、期限については、 個別の身分・制度と最新の公式資料を確認する必要があります。

12.まとめ|公務員だから「まったく別の認定基準」ではない

国家公務員・地方公務員と民間労働者では、 公務災害・労災の制度や認定主体は異なります。

しかし、精神疾患の認定については、 確認できた公表資料の範囲では、

  • 発病・発症前おおむね6か月を基本に見る
  • 本人の主観だけではなく、客観的に業務・公務による負荷を評価する
  • 業務・公務以外の要因や個体側要因も検討する

など、3制度の基本的な考え方には共通する部分があります。

一方、具体的な長時間勤務の評価やハラスメント等の出来事の扱いは、 制度ごとの基準を確認する必要があります。 特に民間労災と地方公務員では、継続する出来事について、 発病・発症前おおむね6か月より前からの経過が考慮される場合があります。

精神疾患の公務災害を検討するときは、 結論を急ぐよりも、まず 発症時期・出来事・勤務時間・証拠資料を時系列で整理する ところから始めることが大切です。

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参考資料

  • 厚生労働省 「心理的負荷による精神障害の認定基準について」 (令和5年9月1日 基発0901第2号)
  • 厚生労働省 「心理的負荷による精神障害の認定基準に係る運用上の留意点について」 (令和5年9月1日 基補発0901第1号)
  • 人事院 「精神疾患等の公務上災害の認定について」 (平成20年4月1日 職補―114)
    ※人事院は令和6年2月14日、 「精神疾患等の公務上災害の認定指針」等の一部改正を公表しています。
  • 地方公務員災害補償基金 「精神疾患等の公務災害の認定について」 (平成24年3月16日 地基補第61号、令和6年第3次改正)
  • 地方公務員災害補償基金 「『精神疾患等の公務災害の認定について』の実施について」 (平成24年3月16日 地基補第62号、令和6年第3次改正)

※本記事は公表されている認定基準・通知等をもとに制度の一般的な考え方を整理したものです。 個別事案の公務上・業務上認定を保証するものではありません。 また、具体的な申請経路・不服申立て等は対象となる制度や事案によって異なるため、 最新の公式資料をご確認ください。

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