精神障害の労災は主治医の診断だけで決まる?|専門医1名・専門部会に回るケースの違い

精神障害の労災について相談を受けていると、
「主治医が『仕事が原因』と診断書に書いてくれれば、労災として認められるのでしょうか?」
という質問を受けることがあります。
反対に、労働基準監督署から 「専門医の意見を求める」 「専門部会で検討する」 といった説明を受け、
「主治医の診断では足りなかったということ?」
「専門部会に回ったということは、不支給になりそうという意味?」
と不安になる方もいるかもしれません。
精神障害の労災には、 主治医の意見、専門医1名の意見、精神障害専門部会による合議 という医学的意見を得るルートがあります。
ただし、これは 「認定されやすい・認定されにくい」という3段階ではありません。 また、主治医、専門医、専門部会が労災の支給・不支給を決定するわけでもありません。
最終的に労災保険給付の支給・不支給処分を行うのは、 所轄の労働基準監督署長です。
1.精神障害の労災には3つの医学的意見ルートがある
現在の精神障害の労災認定基準では、 医学的な判断に当たり、大きく次の3つのルートがあります。
| ルート | 主な位置付け | 主な対象 |
|---|---|---|
| 主治医の意見 | 実際に治療を担当した医師の意見を基礎として判断 | 心理的負荷が「強」であることが明らかで、労基署が認定した事実と主治医が診断の前提とした事実が合致するなど、一定の要件を満たす事案 |
| 専門医1名 | 地方労災医員等の専門医による医学的評価 | 「強」に該当することが明らかでない事案、主治医意見の補足が必要な事案、治療歴のない自殺事案など |
| 精神障害専門部会 | 複数の専門医による合議 | 発病の有無・時期、悪化か新たな発病か、心理的負荷、個体側要因などについて高度な医学的検討が必要な事案 |
それぞれ、事案の内容や医学的な検討の必要性に応じて使い分けられています。
2.労災申請から支給・不支給決定までの大まかな流れ
精神障害の労災では、 診断書だけを見て支給・不支給が決まるわけではありません。
大まかなイメージは次のようになります。
本人・会社・上司・同僚などからの聴取 ↓ 勤怠・メール・録音・社内資料などの確認 ↓ 診断書・主治医意見書・診療録などの確認 ↓ 業務上の出来事・労働時間などの事実認定 ↓ 発病の有無・傷病名・発病時期などの医学的検討 ↓ 発病前おおむね6か月の心理的負荷を評価 ↓ 業務外の心理的負荷・個体側要因を確認 ↓ 主治医/専門医1名/専門部会による医学的意見 ↓ 必要に応じて追加調査 ↓ 労働基準監督署長が支給・不支給を決定
ただし、実際の調査が必ずこの順番に一直線で進むわけではありません。
医学的意見を踏まえて追加調査が必要になったり、 新しい資料が見つかって発病時期を再検討したりすることもあります。
3.「主治医だけで決まる」は正確にはどういう意味?
「主治医の意見で判断する事案」というと、
「主治医が労災だと言えば、そのまま認定される」
という意味に聞こえるかもしれません。
しかし、これは正確ではありません。
主治医以外の専門医の意見を追加で求めなくても、主治医の医学的意見と、労基署が認定した事実などによって判断できる事案がある という意味です。
この場合でも、
- 本人からの聴取
- 会社からの聴取
- 上司・同僚など関係者への確認
- 勤怠記録
- メールやチャット
- 診療録
などの調査が不要になるわけではありません。
主治医の意見を基礎に判断できる主な条件
現行の認定基準では、おおむね次のような条件が重要になります。
- 主治医が認定基準の対象となる精神障害を発病したと診断している
- 労基署長が認定した事実と、主治医が診断の前提とした事実が、発病時期や発病原因について合致している
- 認定された業務上の出来事による心理的負荷が「強」であることが明らか
- 業務外の心理的負荷や個体側要因に顕著なものがない
4.専門医1名の意見を求めるのはどんなケース?
主治医の意見だけでは医学的判断が十分でない場合などには、 地方労災医員等の専門医の意見を求めることがあります。
現行の運用では、例えば次のような事案が対象になります。
- 精神障害の治療歴がない自殺事案
- 認定された事実による心理的負荷が「強」に該当することが明らかでない事案
- 労基署長が主治医の意見について補足が必要と判断した事案
ここで重要なのは、 「強に該当することが明らかでない」という中には、
- 明らかに「中」または「弱」と考えられる事案
- 「強」なのかどうか判断しにくい事案
の両方が含まれるということです。
認定基準に沿った医学的評価を行うために、専門医の意見が必要とされているということです。
5.精神障害専門部会に回るのはどんなケース?
専門部会は、 高度な医学的検討が必要な事案 について、複数の専門医が合議する仕組みです。
例えば、次のような医学的論点が問題になることがあります。
- そもそも精神障害を発病していたのか
- いつ発病したのか
- 既存の精神障害の悪化なのか
- 新たな精神障害を発病したのか
- 心理的負荷をどのように評価するのか
- 個体側要因をどのように評価するのか
既往症があるだけで専門部会になるわけではない
例えば、過去にうつ病などの治療歴があったとしても、 既往症があるという理由だけで自動的に専門部会へ回るわけではありません。
問題になりやすいのは、
- 既存障害の通常の症状変動なのか
- 自然経過を超えた著しい悪化なのか
- 別の精神障害を新たに発病したのか
- いったん症状が安定した後の新たな発病なのか
といった医学的な区別が難しい場合です。
出来事が複数あるだけでも専門部会とは限らない
パワハラ、長時間労働、配置転換、仕事量の増加など、 複数の出来事がある事案もあります。
しかし、 出来事が複数あるというだけで専門部会に回るというルールではありません。
出来事同士の関連性、近接性、継続期間、重なり、 発病との時間的関係などの評価について 高度な医学的検討が必要かどうかが問題になります。
6.専門部会に回ったら不支給になりやすい?
ここは特に誤解されやすいところです。
現時点で公表資料から確認できないのは、例えば、
- 主治医ルートの支給率
- 専門医1名ルートの支給率
- 専門部会ルートの支給率
- それぞれの不支給率
です。
したがって、
- 「専門部会に回ったから不支給になりそう」
- 「主治医だけなら認定されやすい」
- 「専門部会は不支給にするための手続」
などと説明することは適切ではありません。
一方で、専門部会に回るのは 高度な医学的検討が必要な事案 です。
その意味で「医学的な判断が複雑な事案」とはいえますが、 「複雑な事案」と「不支給になりやすい事案」は同じ意味ではありません。
7.主治医・専門医・専門部会で処理期間は違う?
2023年の認定基準改正を検討していた専門検討会では、 改正前の運用について次のような数字が示されています。
| 医学的判断ルート | 全決定事案に占める割合 | 平均処理期間 |
|---|---|---|
| 主治医意見 | 1割弱 | 6か月強 |
| 専門医1名 | 6割前後 | 約8.0か月 |
| 専門部会 | 約3分の1 | 約9.6か月 |
現在も同じ割合・処理期間であるという意味ではありません。 2023年改正後について、同じ形式で比較できる最新のルート別公表統計は確認できませんでした。
また、 「専門部会だから9.6か月かかる」 という意味でもありません。
専門部会に回る事案では、
- 関係者が多い
- 本人と会社の説明が食い違っている
- 過去の資料収集に時間がかかる
- 複数の医療機関から診療録を取り寄せる
- 発病時期の特定が難しい
- 既往症との関係を検討する必要がある
- 医学的意見の後に追加調査が必要になる
といった事情が重なる場合があります。
さらに、複数の専門医による合議では、 委員の日程調整などにも時間を要します。
したがって、 専門部会案件は改正前データでは平均処理期間が長かったものの、専門部会を開催することだけがその理由ではない と理解するのが適切です。
8.2023年の認定基準改正で何が変わった?
2023年9月、精神障害の労災認定基準が改正されました。
医学的意見の収集方法についても見直しが行われ、 特に困難な事案を除き、専門医1名で判断できる範囲が広がっています。
自殺事案もすべて専門部会ではない
旧基準では、自殺事案は原則として専門部会の合議対象とされていました。
現在は、 精神障害の治療歴がない自殺事案についても、特に困難なものを除き、専門医1名の意見で判断できる仕組み に見直されています。
ただし、
- 精神障害を発病していたか自体が不明確
- 発病時期と業務上の出来事との前後関係が分かりにくい
- 既存障害などとの関係について高度な医学的検討が必要
などの場合には、専門部会での検討が必要になることがあります。
ただし、改正後に実際の平均処理期間が何か月短縮したのかを、ルート別に示す最新の公表統計は確認できません。
9.主治医が「仕事が原因」と書く意味
主治医の診断書や意見書は、もちろん重要な医学資料です。
主治医からは、例えば、
- 傷病名
- 症状と経過
- 発病時期
- 初診前後の症状
- 治療内容・服薬状況
- 休業の経過
- 主治医が考える発病原因
- その判断の根拠
- 既往症・治療歴
などについて意見を求めます。
一方で、主治医は通常、 職場で何が起きたのかを調査する立場ではありません。
例えば診断書に、
- 「業務が原因」
- 「職場のストレスによるうつ病」
- 「パワハラによる適応障害」
- 「上司とのトラブルが原因」
などと記載されていたとしても、 その記載だけで業務上と認定されるわけではありません。
主治医が「毎月100時間を超える残業があった」との本人の説明を前提に、 業務による発病と考えていたとします。
しかし労基署の調査で、客観資料から認定された時間外労働が月30時間だった場合、 主治医が医学的判断の前提とした事実と、労基署が認定した事実が一致しない ことになります。
同じことはパワハラについてもいえます。
主治医が患者本人から聞いた内容をもとに 「パワハラによる適応障害」と記載していても、 実際に職場でどのような言動があったのかについては、 労基署が関係者への聴取やメール・録音などを調査して事実を認定します。
主治医が「労災」と書いていなければダメ?
これも違います。
主治医が診断書に 「労災である」「業務が原因である」 と明記すること自体が、独立した認定要件ではありません。
そのため、 「労災」と明記されていないという理由だけで、 直ちに認定されなくなるわけではありません。
ただし、発病時期や発病原因について主治医の意見が不明確な場合には、 追加照会や専門医による補足的な医学判断が必要になることがあります。
10.なぜ「発病時期」が重要なのか
精神障害の労災認定では、 原則として 発病前おおむね6か月の間に、業務による強い心理的負荷があったか を検討します。
そのため、 いつ発病したのか は非常に重要です。
例えば、医療機関を初めて受診したのが6月1日でも、 診療録や本人・家族などの説明から、 4月頃には診断基準を満たす症状が出ていたと医学的に判断されることがあります。
発病時期が変われば、 「発病前おおむね6か月」に入る業務上の出来事も変わる可能性があります。
そのため、
- いつ頃から眠れなくなったか
- 食欲が落ちたのはいつか
- 遅刻・欠勤が増えたのはいつか
- 家族や同僚が変化に気づいたのはいつか
- 仕事へ行けなくなったのはいつか
- 初診日はいつか
といった経過を時系列で整理することが重要になります。
11.申請者が本当に整理しておきたいこと
申請者自身が、
「主治医ルートにしてください」
「専門部会には回さないでください」
と医学的意見のルートを選ぶことはできません。
それよりも重要なのは、 医学的判断の前提となる事実と症状の経過を、確認できる形で整理すること です。
例えば、
- 業務上の出来事の日付・期間
- 誰が、どこで、何を言った・したのか
- 出来事後に業務や人間関係がどう変化したか
- 残業時間・休日労働・連続勤務
- 睡眠・食欲・遅刻・欠勤などの変化
- 家族・同僚が気づいた変化
- 初診日
- 診断名
- 休業開始日
- 症状が強くなった時期
- 過去の精神科・心療内科への通院歴
- 既往症が安定していた期間
などです。
主治医、専門医、専門部会のいずれが医学的意見を述べる場合でも、 その前提となる 出来事・症状・発病時期・医療記録をできるだけ正確に整理しておくこと が重要です。
12.よくある質問
Q.主治医が「仕事が原因」と書けば労災になりますか?
それだけで労災になるわけではありません。 労基署が職場で実際に何が起きたのかを調査し、 認定した事実を心理的負荷評価表に当てはめるなどして判断します。
Q.主治医が「労災」と書いてくれなければ認定されませんか?
「労災」と明記されていること自体が独立した認定要件ではありません。 ただし、傷病名、発病時期、主治医が考える発病原因やその根拠などの医学的意見は重要です。
Q.専門部会に回ったら不支給になりやすいですか?
そのように判断できるルート別の支給率・不支給率の公表統計は確認できません。 専門部会は、高度な医学的検討が必要な事案について複数の専門医が合議する仕組みです。
Q.専門部会が労災の支給・不支給を決めるのですか?
いいえ。 専門部会は医学的意見を示す役割です。 最終的に労災保険給付の支給・不支給処分を行うのは所轄労働基準監督署長です。
Q.会社がパワハラを否定したら、主治医の診断は意味がありませんか?
そのようなことはありません。 主治医の意見は、傷病名、発病の有無・時期、症状経過などを判断する重要な医学資料です。
一方、実際に職場でどのような行為があったのかについては、 本人と会社の説明だけでなく、関係者への聴取、メール、録音、勤怠、社内資料などをもとに労基署が調査します。
Q.主治医と専門医の意見が違ったら、専門医の意見が優先されますか?
「必ず専門医の意見を優先する」という一律のルールではありません。 それぞれの意見がどのような事実を前提としているのか、 診療録や労基署が認定した事実との整合性、 医学的な根拠などを確認することになります。
Q.既往症があると労災になりませんか?
既往症があるという理由だけで労災が否定されるわけではありません。 新たな精神障害を発病したのか、 既存障害が自然経過を超えて著しく悪化したのかなどを医学的に検討します。
Q.自殺事案は必ず専門部会に回りますか?
現在は一律ではありません。 2023年の認定基準改正後は、 精神障害の治療歴がない自殺事案について、 特に困難なものを除き専門医1名の意見によって判断できる仕組みに見直されています。
13.まとめ|重要なのは「どのルートか」より、その前提となる事実
精神障害の労災では、 医学的意見を得る方法として、
- 主治医の意見
- 専門医1名の意見
- 精神障害専門部会の合議
というルートがあります。
しかし、
- 主治医だけなら認定されやすい
- 専門医に回ったら難しい
- 専門部会なら不支給になりやすい
と単純に考えることはできません。
業務上の出来事、症状の出現、受診、休業、会社への相談などを時系列に整理し、 メール、勤怠、診療録などの資料とできるだけ整合する形で確認しておくことが重要です。
特に精神障害の労災では、 発病時期がどこになるかによって、発病前おおむね6か月の評価対象となる出来事が変わることがあります。
診断書の一文だけではなく、 出来事・症状・医療記録を一体として整理していくことが大切です。
こもれび社労士事務所では、 うつ病、適応障害、PTSDなどの精神障害に関する労災申請について、 業務上の出来事、症状経過、診療記録、会社資料などを確認しながら、 申請に必要な事実関係を整理しています。
「主治医には仕事が原因と伝えているが、労災になるのか分からない」
「労基署から専門医・専門部会について説明された」
「発病時期と出来事の関係をどう整理すればよいか分からない」
「会社と自分の説明が食い違っている」
といった場合にも、 現在お持ちの資料から整理することができます。
LINEで相談する参考資料
- 厚生労働省「心理的負荷による精神障害の認定基準について」 (令和5年9月1日 基発0901第2号)
- 厚生労働省「心理的負荷による精神障害の労災認定基準を改正しました」 (令和5年8月31日)
- 厚生労働省「精神障害の労災認定の基準に関する専門検討会報告書」 (令和5年7月)
- 厚生労働省「精神障害の労災認定の基準に関する専門検討会」
※本記事は、厚生労働省の認定基準、運用上の留意点、専門検討会報告書・議事録等の公表資料をもとに、精神障害の労災認定における医学的意見の取扱いを一般向けに整理したものです。個別事案における医学的意見の収集方法や支給・不支給の判断は、傷病、発病時期、認定された業務上の事実、業務外の心理的負荷、個体側要因などによって異なります。
ここまで読んで、まだ迷っていても大丈夫です。

まずは、今の状況を整理するところからで大丈夫です
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