医師に「労災ではない」と言われたら申請できない?精神障害の労災は誰が判断するのか

精神障害の労災についてご相談を受けていると、
「主治医から『労災ではないと思う』と言われました」
「先生が仕事が原因とは言えないと言っているので、申請しても無理でしょうか」
と不安になり、労災申請そのものをためらっている方がいらっしゃいます。
医師から否定的な言葉を聞くと、 「専門家である医師がそう言うなら、もう労災にはならないのでは」 と思ってしまうのも無理はありません。
主治医が「労災ではない」「仕事が原因とは言えない」と考えている場合でも、 それだけで労災保険の請求ができなくなるわけではありません。
労災保険上の業務上・業務外を、 主治医だけで最終的に決める仕組みではない からです。
一方で、主治医の意見は、 疾患名、発病時期、発病原因などを確認する 重要な医学資料です。
したがって、 「医師が否定したから絶対に無理」でも、 「医師の意見は関係ない」でもありません。
この記事では、主治医が労災に否定的な場合に、 労災申請をどのように考えればよいのか、 主治医と労働基準監督署の役割の違いを中心に、 精神障害の労災を取り扱う社会保険労務士が解説します。
🎥 動画でも解説|医師に「労災ではない」と言われたら申請できない?
主治医が労災に否定的な場合でも申請できるのか、主治医と労働基準監督署の役割の違いを動画で解説しています。
主治医が「労災ではない」と言っても、申請自体はできます
まず知っておいていただきたいのは、
主治医が労災に否定的だからといって、 労災保険給付の請求そのものができなくなるわけではない
ということです。
精神障害の労災では、 医師が一人で「これは労災」「これは労災ではない」と 最終決定するわけではありません。
労働基準監督署では、事案に応じて、 本人・会社・関係者からの聴取、勤怠記録、メール、 会社への相談記録、診療録や主治医意見などを確認し、 実際に職場で何が起きていたのかを調査します。
そのうえで、 労災保険上の業務上・業務外について、 主治医意見、必要に応じた専門医等の意見、 職場で起きた事実に関する調査結果を踏まえて判断します。
そのうえで、精神障害の労災認定基準に照らして、 業務上か業務外かが判断されます。
主治医と労働基準監督署では「役割」が違います
この点を整理すると、分かりやすくなります。
| 主体 | 主な役割 |
|---|---|
| 主治医 | 疾患名、症状の経過、発病時期、 発病原因などについて医学的な意見を示します。 |
| 労働基準監督署 | 本人・会社・関係者等への調査により職場で起きた事実を確認し、 医学資料等も踏まえて労災保険上の業務上・業務外を判断します。 |
| 専門医等 | 主治医意見だけでは判断が難しい場合などに、 必要に応じて専門的な医学意見を示します。 |
主治医の意見は重要ですが、 労災保険上の業務上・業務外を主治医だけで決める仕組みではありません。
労基署は主治医に何を確認するのか
現在の精神障害の労災認定基準では、 対象疾病の治療歴がない自殺事案を除き、 主治医から主に次の事項について意見を求めることとされています。
- 疾患名
- 発病時期
- 主治医が考える発病原因
- それらを判断した根拠
つまり、主治医の意見は決して軽いものではありません。
特に、
- そもそも精神障害を発病しているのか
- いつ発病したと考えられるのか
- 仕事と症状との関係をどのように見ているのか
といった点では、重要な医学資料になります。
ただし、それと 「職場で本当に何が起きたのか」 という事実認定は別の問題です。
医師が職場の出来事をすべて把握しているとは限りません
精神科や心療内科の診察では、 必ずしも職場で起きた出来事を最初から細かく説明できているとは限りません。
たとえば、
- 体調が悪く、診察で十分に話せなかった
- 「仕事がつらい」とだけ伝えていた
- 当時は自分でもパワハラだと整理できていなかった
- 労災申請を考えておらず、職場の出来事を詳しく話していなかった
ということもあります。
その場合、 主治医が把握している事実と、 後から労基署が調査して確認する職場の事実が 完全に同じとは限りません。
だからこそ、精神障害の労災では、 主治医の診療記録だけではなく、 本人、会社、関係者への聴取や客観的な資料も確認されます。
関連記事: 初診時にパワハラを医師へ話していないと労災は難しい?後から申請する場合の考え方
「労災書類は書かない」と「仕事が原因ではない」は別です
ここは、実際のご相談でも混同されやすいところです。
医師から
「労災の書類は書きません」
と言われたからといって、 直ちに
「医学的に仕事が原因ではないと判断された」
という意味とは限りません。
医療機関の方針や書類対応上の事情などによって、 労災関係書類への対応をしていない場合もあり得ます。
一方、
「医学的に見て、今回の発病は仕事が原因とは考えにくい」
と主治医が判断しているのであれば、 これは労災認定を考えるうえでも重要な医学的意見です。
したがって、 「医師が否定的だった」という一言だけではなく、 実際に医師が何を言ったのか を確認することが重要です。
「労災かどうか分からない」と言われた場合もあります
医師から、
「労災かどうかは私には分かりません」
と言われる場合もあります。
これは必ずしも、 「仕事は原因ではない」 と否定している意味ではありません。
労災保険上の業務上・業務外については、 職場での出来事や心理的負荷の評価など、 医学的事項だけでは判断できない部分があります。
そのため、 医師が行政上の労災判断について断定を避けることと、 医学的に業務との関係を否定することは、 分けて考える必要があります。
主治医が否定的なら、労災認定には影響しない?
いいえ。
「主治医が否定的でも全く関係ありません」 という説明も正確ではありません。
主治医の意見は、 精神障害の発病の有無や発病時期、 発病原因等を検討する重要な医学資料です。
たとえば、
- 主治医が考える発病時期と、労災申請で主張する発病時期が大きく違う
- 主治医が家庭問題などを主な原因と考えている
- 主治医が対象となる精神障害の発病自体に否定的である
- 主治医が仕事との関連を医学的に否定している
といった場合には、 その内容や根拠を確認する必要があります。
大切なのは、 「主治医が賛成か反対か」だけを見ることではありません。
主治医がどのような事実を前提に意見を述べているのか、 その時点で職場の出来事をどこまで把握していたのかを確認することが重要です。
主治医意見だけで判断が難しい場合は、専門医等の意見を求める仕組みがあります
精神障害の労災では、 すべての事案を主治医の意見だけで判断するわけではありません。
主治医意見に補足が必要な場合や、 業務による心理的負荷が「強」に当たるか明らかでない場合などには、 地方労災医員等の専門医の意見を求める仕組みがあります。
また、 高度な医学的検討が必要な場合には、 精神障害専門部会の意見を求めることもあります。
これは、 主治医の意見を無視するという意味ではなく、 必要な場合には複数の医学的視点も踏まえて判断する仕組みになっている ということです。
現在の精神障害の労災認定では何を確認するのか
現在の「心理的負荷による精神障害の認定基準」では、 原則として次の3つを確認します。
- 認定基準の対象となる精神障害を発病していること
- 発病前おおむね6か月の間に、 業務による強い心理的負荷が認められること
- 業務以外の心理的負荷や個体側要因によって 発病したとは認められないこと
したがって、 医師が「労災だと思います」と言っているだけで 自動的に認定されるわけでもありません。
逆に、 主治医が労災に否定的だったという事情だけで、 直ちに労災ではないと決まるわけでもありません。
主治医が労災に否定的なときに確認したいこと
「先生が労災に否定的だったので、もう申請を諦めた方がよいでしょうか」 と感じている場合には、 まず次の点を整理してみてください。
- 医師は実際にどのような言葉を使ったのか
- 「労災書類を書かない」という意味なのか
- 「労災かどうか分からない」という意味なのか
- 医学的に「仕事が原因とは考えにくい」と判断しているのか
- 医師は職場で起きた出来事をどこまで把握しているのか
- 初診時にどのような説明をしていたのか
- 診療録にはどのような記録が残っているのか
- 会社への相談、メール、LINE、録音など職場側の資料が残っているか
- いつ頃から症状が出て、いつ発病したと考えられるか
これらを確認すると、 「医師が否定的」という一言だけでは分からなかった事情が 見えてくることがあります。
カルテに「パワハラ」と書いていない場合も同じです
主治医の意見について不安になる方の中には、 診療録を確認して、
「カルテにパワハラと書いてありませんでした」
と心配される方もいます。
これについても、 「パワハラ」という言葉が書かれているかどうかだけで 労災認定が決まるわけではありません。
一方で、診療録は症状の経過や発病時期、 当時どのようなことを訴えていたのかを確認する重要な医学資料です。
大切なのは、 診療録を無理に労災申請の内容へ合わせることではなく、 当時何を話していたのか、その後どのような事実が確認できるのかを 事実に沿って整理すること です。
関連記事: 精神科のカルテに「パワハラ」と書いてない…労災申請で不利になる?
まとめ|主治医が否定的だからといって、申請前から諦める必要はありません
精神障害の労災では、 主治医が「労災ではない」「仕事が原因とは言えない」と話していても、 それだけで労災保険の請求自体ができなくなるわけではありません。
労災保険上の業務上・業務外については、 労働基準監督署が職場で何が起きたのかを調査し、 主治医意見や必要に応じた専門医等の意見も踏まえて判断します。
一方で、 主治医の意見は疾患名、発病時期、発病原因などを確認する 重要な医学資料です。
そのため、
「主治医が否定したから、もう労災申請はできない」 と考えて、そこで諦める必要はありません。
まず、 医師が何を理由にどのような意見を述べているのか、 職場で何が起きていたのか、 どのような資料が残っているのかを整理してみることが大切です。
労災申請をするかどうか迷っている段階でも、 一つずつ事実関係を整理してから考えることはできます。
主治医が労災に否定的で、申請を迷っている方へ
「主治医から労災ではないと言われた」
「仕事が原因とは書けないと言われた」
「労災書類を書いてもらえない」
「医師が否定しているので、申請しても無理なのではないか」
と不安になっている場合でも、 その言葉だけで結論を出す必要はありません。
こもれび社労士事務所では、 精神障害・パワハラ等の労災申請について、 主治医の意見、診療経過、職場で起きた出来事、 残っている資料などを確認しながら、 一つずつ状況を整理しています。
参考資料
※本記事は、厚生労働省の精神障害の労災認定基準等をもとにした一般的な解説です。 主治医の意見や医学的評価は個々の事案によって異なります。 個別の労災認定を保証するものではなく、 最終的な業務上・業務外の判断は、具体的な事実関係や医学資料等を踏まえて 労働基準監督署等が行います。
ここまで読んで、まだ迷っていても大丈夫です。

まずは、今の状況を整理するところからで大丈夫です
「まだ相談するか決めていない」
「何を書けばいいか分からない」
そんな段階でも大丈夫です。
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