精神障害の労災|心理的負荷評価表にない出来事は認定されない?判断の考え方を解説

精神障害の労災について調べていると、厚生労働省の「心理的負荷評価表」を目にすることがあります。
その中には、長時間労働、仕事上のミス、配置転換、パワーハラスメントなど、さまざまな「具体的出来事」が示されています。
では、自分に起きた出来事が心理的負荷評価表にそのまま書かれていない場合、精神障害の労災として認められる可能性はないのでしょうか。
結論からいえば、評価表に出来事の名称がそのまま載っていないことだけで、直ちに労災の対象外になるわけではありません。
厚生労働省の認定基準では、実際に起きた出来事が評価表の「具体的出来事」に合致しない場合にも、近い「具体的出来事」に当てはめて総合評価を行うこととされています。
一方で、評価表にない出来事だからといって、どのような事情でも心理的負荷が「強」と評価されるわけではありません。
この記事では、心理的負荷評価表の項目名だけでは整理しにくい出来事について、精神障害の労災認定ではどのように考えるのかを、社会保険労務士が解説します。
自分の出来事が評価表にないと不安になる方へ
精神障害の労災相談では、次のような不安を持たれる方がいます。
- 自分が受けた扱いと同じ項目が評価表に見当たらない
- 典型的なパワハラや長時間労働ではない
- 一つの大きな出来事ではなく、複数の問題が重なっている
- 出来事そのものより、その後の職場状況がつらかった
- どの項目として労基署に説明すればよいのか分からない
心理的負荷評価表は非常に重要な基準ですが、職場で起こり得るすべての出来事が、その名称どおり網羅されている一覧表ではありません。
そのため、「自分に起きたことと同じ名前の項目がない」という理由だけで、申請できないと判断するのは早い場合があります。
動画でも分かりやすく解説しています
「心理的負荷評価表に自分の出来事が載っていない場合、労災ではどのように評価されるのか」について、動画でも分かりやすく解説しています。
心理的負荷評価表とは何か
精神障害が労災として認定されるためには、厚生労働省の認定基準上、基本的に次の要件を満たす必要があります。
- 認定基準の対象となる精神障害を発病していること
- 発病前おおむね6か月の間に、業務による強い心理的負荷が認められること
- 業務以外の心理的負荷や個体側要因によって発病したとは認められないこと
このうち、「業務による強い心理的負荷」があったかを判断する際の重要な指標が「業務による心理的負荷評価表」です。
評価表には、仕事上で起こり得る出来事が「具体的出来事」として整理され、それぞれについて平均的な心理的負荷の強度や、総合評価の視点、「強」「中」「弱」と判断する具体例などが示されています。
ただし、具体例はあくまで例示です。
評価表に書かれている具体例と完全に一致するかどうかだけで、心理的負荷の強さが決まるわけではありません。
評価表にそのままない出来事はどう評価される?
ここは非常に重要なポイントです。
厚生労働省の「心理的負荷による精神障害の認定基準」では、「特別な出来事」以外について、実際に起きた出来事が評価表のどの「具体的出来事」に該当するかを判断するとされています。
そして、いずれの具体的出来事にも合致しない場合には、近い「具体的出来事」に当てはめて総合評価を行います。
「評価表に同じ名前の出来事がない」=「労災として評価できない」ではありません。
重要なのは出来事の「名称」ではなく、実際に何が起きたのかを具体的に整理することです。
たとえば、いつ、どこで、誰との間で、どのような出来事が起きたのか、その程度はどのくらいだったのか、その状態がどのくらい続いたのか、その後の仕事や職場環境がどう変化したのか、といった事実関係を確認していきます。
「近い具体的出来事」に当てはめるとはどういうことか
心理的負荷評価表には、「具体的出来事」ごとに平均的な心理的負荷の強度や、評価するときの視点が示されています。
実際の出来事が評価表の項目名と完全に一致しない場合でも、その出来事の実態を確認し、最も近い具体的出来事との関係を検討します。
さらに、その項目に示された具体例と事実関係が一致しない場合には、「心理的負荷の総合評価の視点」や「総合評価の留意事項」に基づき、個々の事案ごとに評価することとされています。
つまり、評価表は単純なチェックリストではありません。
「この項目に書いてある」「書いていない」だけを見るのではなく、実際の出来事の内容や程度を、認定基準の評価軸に沿って整理することが大切です。
なお、どの具体的出来事に当てはめるかは、本人が感じたつらさの大きさだけで決めるものではありません。精神障害を発病した労働者と職種、職場における立場や職責、年齢、経験などが類似する「同種の労働者」が、その出来事と出来事後の状況を一般的にどのように受け止めるかという観点から評価されます。
「出来事後の状況」も重要になる
精神障害の労災では、出来事が起きた瞬間だけを見るわけではありません。
厚生労働省の認定基準では、心理的負荷の総合評価に当たり、出来事それ自体と、その出来事の継続性、事後対応の状況、職場環境の変化などの「出来事後の状況」の双方を十分に検討するとされています。
たとえば、一つの出来事が発生した後に、そこから別の問題が生じたり、その問題への対応が長く続いたりすることがあります。
また、出来事に伴って職場の支援・協力が得られない状態が続いたことや、仕事の裁量性が失われたことなどは、出来事の内容や経過との関係で、総合評価を検討する際の事情となる場合があります。
ただし、ここでも注意が必要です。
「会社の対応に納得できなかった」という事情だけで、直ちに心理的負荷が「強」になるわけではありません。
元となった出来事との関係、その後に何が起きたのか、どの程度継続したのか、職場環境がどう変化したのかなどを具体的に確認して評価する必要があります。
複数の出来事がある場合は、一つずつ切り離すとは限らない
実際の職場では、一つの出来事だけが原因となるとは限りません。
仕事量の変化、人間関係、役割の変更、職場でのトラブルなど、複数の出来事が重なることもあります。
認定基準では、複数の出来事がある場合、それぞれの出来事を評価したうえで、それらが関連して生じているのか、関連なく生じているのかを確認します。
関連して生じている複数の出来事については、原則として最初の出来事を評価表上の具体的出来事に当てはめ、その後に関連して生じた事情を「出来事後の状況」として含め、全体を一つの出来事として評価する考え方が示されています。
一方、相互に関連しない複数の出来事についても、発生した時期、発病との時間的な近さ、継続期間、内容、出来事の数などを踏まえて、心理的負荷の全体を評価する場合があります。
評価表の項目名だけでは整理しにくい職場上の問題
職場で生じる心理的負荷の要因は、評価表に書かれた名称どおりの形で現れるとは限りません。
たとえば、次のように複数の事情を整理する必要があるケースも考えられます。
| 職場で生じた状況の例 | 整理するときのポイント |
|---|---|
| 職場内で孤立するような状況が続いた | 具体的にどのような状況が、どの程度・どの期間続いたのか |
| 配置や役割の変更と人間関係上の問題が重なった | それぞれの出来事の時期と関連性 |
| 短期間に複数の問題が発生した | 出来事を時系列化し、それぞれの関係を確認する |
| ある出来事の後に職場環境が変化した | 元の出来事との関連性と、その後の状況 |
| 評価表の項目名と一致しない職場上の扱いがあった | 出来事の名称ではなく、具体的な事実を整理する |
ここで重要なのは、「何という名前の出来事だったか」を決めることではありません。
いつ、誰から、どのような扱いを受け、それがどの程度続き、その後に仕事や職場環境がどう変化したのかを具体化することが重要です。
「対象外ではない」と「強と評価される」は別の問題
ここは、精神障害の労災を検討するときに特に注意したいところです。
評価表に出来事名がないことは、「労災の対象外」を意味しません。
しかし、それは「心理的負荷が強と評価される」ことを意味するものでもありません。
労災認定では、近い具体的出来事に当てはめたうえで、出来事の内容、程度、継続性、出来事後の状況などから、心理的負荷の強度を個別に評価します。
また、具体例に完全に一致しないから「強」にならないというものでもありません。
反対に、本人にとって非常につらい出来事であったとしても、それだけで労災認定上の心理的負荷が「強」と評価されるわけでもありません。
労災申請を検討するときに整理しておきたい事実・資料
評価表の項目名だけでは整理しにくいケースほど、まず「何があったのか」を時系列で整理することが重要です。
| 整理する項目 | 確認したい内容 |
|---|---|
| 出来事の時期 | いつ始まり、いつまで続いたのか |
| 出来事の内容 | 誰が、誰に、何をした・言ったのか |
| 継続性 | 一度だけか、繰り返されたのか |
| 他の出来事との関係 | 先に起きた出来事から派生したものか、別の問題か |
| 出来事後の状況 | 業務、職場環境、人間関係などがどう変化したか |
| 症状の経過 | 不眠、不安、抑うつなどがいつ頃から現れたか |
| 医療機関の受診 | 初診日、診断名、診療経過など |
| 客観資料 | メール、チャット、勤務記録、業務資料、録音、診療記録など |
すべての証拠がそろっていなければ申請できないわけではありません。
まずは現在残っている資料と記憶をもとに時系列を作り、どの事実が確認でき、どの部分について追加の確認が必要なのかを分けて考えることが大切です。
既往症や業務外の事情がある場合も、最初から除外しない
精神障害の労災では、業務上の出来事だけでなく、業務以外の心理的負荷や個体側要因についても確認されます。
そのため、過去に精神科・心療内科への通院歴がある場合や、発病前に私生活上の大きな出来事があった場合には、その事情も確認する必要があります。
ただし、既往症があることや業務外の出来事があることだけで、自動的に労災が否定されるわけではありません。
何を隠すかではなく、業務上・業務外それぞれの出来事、精神障害の発病時期、症状の経過、医療記録などを整理し、認定基準に沿って検討することが重要です。
また、すでに精神障害を発病し治療中の方については、「新たな発病」なのか「既存の精神障害の悪化」なのかによっても検討方法が変わる場合があります。
労基署は出来事の「名前」だけを見ているわけではない
精神障害の労災申請では、「パワハラだった」「不当な扱いだった」「過重労働だった」と名称を付けること自体が目的ではありません。
重要なのは、その名称の裏側にある具体的な事実です。
- 実際にどのような出来事が起きたのか
- 出来事の程度はどのくらいだったのか
- どのくらい続いたのか
- その後にどのような状況が生じたのか
- 複数の出来事は関連していたのか
- 精神障害の発病時期とどのような時間的関係があるのか
こうした事実を整理したうえで、心理的負荷評価表のどの具体的出来事に該当するか、またはどの具体的出来事に近いかを検討することになります。
まとめ|評価表にないから申請できない、と決めつけないことが大切
心理的負荷評価表に、自分に起きた出来事と同じ名称が見つからないと、「自分のケースは労災にならないのでは」と感じるかもしれません。
しかし、厚生労働省の認定基準では、具体的出来事に合致しない場合にも、近い具体的出来事に当てはめて総合評価する仕組みが示されています。
また、出来事そのものだけではなく、継続性、事後対応、職場環境の変化などの「出来事後の状況」や、関連する複数の出来事を含めて評価する場合があります。
一方で、評価表にないことが、心理的負荷「強」を意味するわけでもありません。
大切なのは、出来事の名称を無理に決めることではなく、実際に起きた事実を時系列で整理し、認定基準に沿って評価できる形にしていくことです。
自分のケースを一度整理してみたい方へ
精神障害の労災では、出来事の名称だけで認定の見通しを判断することはできません。
こもれび社労士事務所では、労災申請を一律におすすめするのではなく、出来事の経過、心理的負荷評価表への当てはめ、出来事後の状況、医療経過、現在残っている資料などを確認しながら、認定基準上の論点や難しい点も含めて整理しています。
「自分の出来事が評価表のどこに当てはまるのか分からない」「申請を考えているけれど、まず状況を整理したい」という段階でも大丈夫です。
状況がまとまっていなくても、短文・箇条書きからお送りいただけます。
参考資料
本記事は、厚生労働省「心理的負荷による精神障害の認定基準について」(令和5年9月1日付け基発0901第2号)等をもとに、一般的な考え方を解説しています。実際の労災認定は、個別の事実関係や医学的判断等に基づいて行われます。
ここまで読んで、まだ迷っていても大丈夫です。

まずは、今の状況を整理するところからで大丈夫です
「まだ相談するか決めていない」
「何を書けばいいか分からない」
そんな段階でも大丈夫です。
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