同じパワハラでも、なぜ労災認定と不支給に分かれる?実際の意見書から見る「弱・中・強」の境界線

「上司に怒鳴られた」
「みんなの前で何度も責められた」
「精神的に追い詰められ、うつ病になった」
このような職場での出来事があっても、 精神障害の労災では 認定されるケースと、不支給になるケースがあります。
では、その違いはどこにあるのでしょうか。
「自分の方がつらかったか」 「もっとひどい言葉を言われたか」 だけで決まるわけではありません。
私は、精神障害の労災申請だけでなく、 不支給決定後の審査請求にも携わっています。
審査請求では、原処分庁が提出する意見書などを確認し、 何を事実として認定し、 その出来事をなぜ「弱」「中」「強」と評価したのか を検討することがあります。
実際の意見書を確認していると、 本人が 「ひどいパワハラだった」 と訴えている出来事についても、 原処分庁はその言葉をそのまま評価しているわけではありません。
たとえば、
- 何を言われたのか
- なぜその発言に至ったのか
- 一回だったのか、繰り返されたのか
- どのような場所で行われたのか
- 業務上の指導という側面があったのか
- その後も言動が続いたのか
- 会社へ相談した後、どのような対応がされたのか
といった具体的な事実に分けて評価されます。
この記事では、 公表されている認定基準や認定事例と、 実際の不支給案件で見られる評価の考え方を参考にしながら、
同じように「パワハラを受けた」と感じるケースでも、 なぜ心理的負荷が「弱」「中」「強」に分かれるのか
を解説します。
- 「パワハラに当たるか」と「メンタル労災として認定されるか」は同じ問題ではない
- 労基署は「ひどい叱責」という訴えを、具体的な事実に分けて確認する
- 言動の内容だけでなく、反復・継続性、力関係、その後の状況なども重要になる
- 「業務指導の範囲内」と評価され、心理的負荷が弱・中にとどまることがある
- 不支給後は、原処分庁がどの事実を前提に評価したのかを確認することが重要
メンタル労災が不支給になる全体的な判断の流れについては、 「つらかったのに、なぜメンタル労災は不支給になる?実際の不支給理由から見えた労基署の判断ポイント」 でも詳しく解説しています。
まず知っておきたい|「パワハラ」と「強い心理的負荷」は同じではない
最初に押さえておきたいのは、 職場でパワハラが問題になることと、 精神障害について労災認定されることは、 必ずしも同じではない という点です。
精神障害の労災では、 対象となる精神障害を発病したうえで、 原則として発病前おおむね6か月間の業務によって 「強い心理的負荷」 があったかなどが検討されます。
なお、パワハラやいじめ・嫌がらせなどのように、 発病前おおむね6か月より前から始まり、 その後も継続している出来事については、 6か月より前の経過も含めて評価されることがあります。
そのため、
「パワハラがあった」 ↓ 「だから精神障害も当然に労災になる」
という仕組みではありません。
反対に、 「殴られていないから無理」 「一回しか言われていないから絶対に弱」 というわけでもありません。
言動の内容や程度、 反復・継続性、 職務上の関係、 その言動に至った経緯、 その後の状況などを踏まえて、 心理的負荷が評価されます。
原処分庁は「ひどい叱責」をそのまま評価しない
ここは、実際の不支給理由や原処分庁意見書を読むと とても分かりやすい部分です。
本人からすると、
本人の受け止め
「上司からひどく叱責された」
「パワハラで精神的に追い詰められた」
↓
原処分庁が確認する事実
- 何がきっかけで注意・叱責が行われたのか
- 実際にどのような言葉が使われたのか
- 声の大きさや態様はどうだったのか
- 何分程度だったのか
- 一回か、何度も繰り返されたのか
- ほかの社員の前だったのか
- 人格を否定する発言があったのか
- 録音、メール、チャット、目撃者などはあるのか
- その後も同じような行為が続いたのか
というように、 出来事が細かく分解されます。
その結果、 本人からすれば非常に強い叱責だったとしても、
- 仕事上のミスに対する注意だった
- 業務上必要な指導だった
- 一回限りだった
- 具体的な発言内容を確認できなかった
- 人格否定や脅迫までは確認できなかった
などの事情から、 「業務指導の範囲内」などと評価されることがあります。
ここが、 本人の認識と原処分庁の評価が大きく離れるポイントの一つです。
では、どんなパワハラが「強」に近づくのか
精神障害の労災認定では、 単に言葉が厳しかったかどうかだけを見ているわけではありません。
たとえば、次のような事情は 心理的負荷の評価を考えるうえで重要になります。
- 身体的な攻撃があった
- 人格や人間性そのものを否定する発言があった
- 脅迫的・威圧的な言動があった
- 長時間にわたって追及された
- 同じような行為が繰り返された
- 多くの社員の前で繰り返し叱責された
- 仕事を与えない、情報を与えないなどの排除が続いた
- 拒否や相談をしても行為が止まらなかった
- 会社へ相談した後も改善されなかった
- 複数人から継続的に攻撃・排除された
特にハラスメントのように 繰り返される性質を持つ出来事については、 一つ一つを完全に切り離すのではなく、 継続する一連の出来事として評価することが重要になる場合があります。
同じ「叱責」でも評価が変わる|弱・中・強の境界線
イメージしやすいように、 実務上確認されやすい要素を整理すると次のようになります。
| 観点 | 「弱」方向の事情 | 「中」方向の事情 | 「強」方向の事情 |
|---|---|---|---|
| 言動の内容 | 業務上必要な範囲の注意 | 強い口調・不適切な発言など | 暴力、脅迫、著しい人格否定、侮辱など |
| 回数・期間 | 単発・短時間 | 複数回・一定期間 | 反復・継続、執拗な言動 |
| 行われた場面 | 個別の注意 | 他者のいる場所での強い叱責 | 公開の場での繰り返しの叱責、見せしめ的な行為など |
| 業務上の必要性 | ミス等に対する相当な指導 | 指導目的はあるが方法や程度に問題がある | 業務上の必要性が乏しく、攻撃・排除などの性質が強い |
| その後の状況 | 短期間で収束した | 一定期間トラブルが続いた | 相談後も継続・悪化、排除等が続いた |
| 会社の対応 | 速やかに確認・改善された | 対応はしたが十分でない | 相談しても放置された、状況が改善されないなど |
この表だけで労災認定の可否を判断することはできません。 精神障害の労災では、実際に起きた出来事とその後の状況を個別具体的に確認し、 認定基準に沿って総合的に心理的負荷が評価されます。
また、録音やメールなどの資料が多いほど 心理的負荷が「強」になるという意味でもありません。 資料は、実際に何が起きたのか、言動の内容・回数・継続性などを確認するために重要になります。
動画でも解説しています|パワハラ・叱責はなぜ「弱・中・強」に分かれる?
上司からの叱責やパワハラについて、労基署がどのような点を確認し、 心理的負荷の「弱・中・強」を判断するのかを動画で解説しています。
「一回だけなら弱」とも限らない
ここも誤解されやすいところです。
「繰り返されていなければパワハラ労災は無理」 と思われることがありますが、 必ずしもそうではありません。
一回の出来事であっても、
- 身体的な攻撃を受けた
- 強い脅迫を受けた
- 極めて悪質な人格攻撃を長時間受けた
- 著しく強い態様の行為だった
など、その行為自体の程度が非常に強い場合には、 心理的負荷の評価も変わり得ます。
つまり重要なのは、 単純な回数ではなく、行為の質・程度・継続性を含めた全体像 です。
反対に、なぜ「業務指導の範囲内」と評価されるのか
不支給理由を読むと、 本人が最も納得しにくい表現の一つが 「業務上必要な指導の範囲」 という評価です。
本人としては、
「眠れなくなるほど追い詰められたのに、 どうしてただの指導になるのか」
と感じることがあります。
しかし、労災認定では、 本人がどれほど強く傷ついたかだけでなく、 その言動が行われた客観的な状況も確認されます。
たとえば、
- 実際に業務上のミスがあった
- 安全や顧客対応などについて注意する必要があった
- 指導時間が限定的だった
- 人格否定などの発言は確認できなかった
- その後も繰り返された事実が確認できなかった
といった事情が認定されると、 心理的負荷の評価が強くならない場合があります。
ただし、 「指導する理由があった」ことと、 「どのような指導方法でも許される」ことは別問題です。
ミスがあったとしても、 人格否定、長時間の追及、公開の場での繰り返しの叱責、 威圧的な言動などがあったのであれば、 その具体的な内容を確認する必要があります。
会社が「指導だった」と説明したら、それで決まるのか
いいえ。
会社が 「業務指導だった」 「本人のために注意した」 と説明したからといって、 それだけで心理的負荷の評価が決まるわけではありません。
重要なのは、 実際に何が行われたのかです。
本人と会社側の説明が食い違う場合には、
- 録音
- メール
- LINE・社内チャット
- 面談記録
- 人事への相談記録
- ハラスメント窓口への相談
- 同僚等の説明
- 当時の日記やメモ
- 医療機関の診療録
などを組み合わせながら、 事実関係を確認していくことになります。
録音がないパワハラは認定されない?
これもよくある相談です。
録音がないからといって、 直ちに労災申請ができないわけではありません。
もちろん録音は、 発言内容や声の大きさ、時間、やり取りなどを確認できる 重要な資料になり得ます。
しかし、録音だけが証拠ではありません。
たとえば、 上司から叱責を受けた直後に家族へ送ったLINE、 その日の相談メール、 会社のハラスメント窓口への申告、 翌日の診察で医師へ話した内容など、 複数の資料が同じ出来事を示している場合もあります。
そのため、 「録音がない」 という一点だけで諦めるのではなく、 その当時に残っている資料を時系列で確認する ことが重要です。
公開されている認定事例を見ると何が違うのか
公的に公開されている資料を見ると、 精神障害が労災認定されたケースには、 単なる 「上司と合わなかった」 「仕事で注意された」 というレベルにとどまらない事情が確認できるものがあります。
たとえば、 上司から身体的な攻撃を複数回受けたケースなど、 行為そのものが非常に強いケースがあります。
また、顧客等からの暴行・著しい迷惑行為、 継続的なハラスメントと会社対応の問題など、 行為の程度だけでなく、 それが継続した状況や、その後の会社対応 が問題になるケースもあります。
厚生労働省や労働局、裁判所が公表している資料でも、 パワハラによる精神障害の労災認定や、 心理的負荷の評価に関する事例を確認することができます。
「暴力がなければ労災にならない」という意味ではありません。
言動の内容、程度、反復・継続性、職務上の関係、その後の状況などを含めて、個別に心理的負荷が評価されます。
本人と原処分庁で「同じ出来事」が違って見えることがある
実際の不支給案件を確認していて、 非常に重要だと感じるのがこの点です。
本人と原処分庁は、 同じ職場の出来事を見ていても、出来事の整理方法が違う ことがあります。
| 本人の受け止め | 原処分庁で確認され得る視点 |
|---|---|
| 毎日のようにパワハラを受けた | 具体的に確認できた日時・発言は何回なのか |
| 皆の前でひどく怒鳴られた | 誰が同席し、どのような発言・態様だったのか |
| 人格を否定された | 具体的にどのような言葉だったのか |
| 会社に相談しても何もしてくれなかった | 相談後に会社が実際にどのような対応をしたのか |
| ずっと追い詰められていた | それぞれの出来事は関連する一連のものなのか |
だからこそ、 労災申請では 「パワハラだった」という結論だけを伝えるのでは足りない ことがあります。
不支給になったときに確認したいのは「弱だった」という結論だけではない
もし労災が不支給になった場合、
「心理的負荷を『弱』とされた。納得できない」
というところで止まらないことが大切です。
審査請求を検討する場合には、 なぜ『弱』または『中』になったのか をさらに分解して確認します。
- 原処分庁は、本人の主張をどのような「出来事」に整理したのか
- なぜ「業務指導の範囲内」「一回限り」「具体的に確認できない」などと判断したのか
- その判断の前提を確認できる資料や、一連の経過を示す資料はほかに残っていないか
たとえば、 実際には繰り返されていた言動が 一つずつ別の出来事として評価されているのであれば、 相互の関連性や継続性を確認する必要があります。
また、会社が 「注意しただけ」 と説明している場合でも、 録音やメール、同僚の説明などから 実際には人格否定を伴う言動が確認できるのであれば、 評価の前提となった事実自体を確認する必要があります。
パワハラ労災を考えている人が今から整理しておきたいこと
これから精神障害の労災申請を考える場合には、 「パワハラを受けました」 という一文だけではなく、 できるだけ具体的に時系列を整理しておくことをおすすめします。
- いつの出来事か
- 誰から言われた・されたのか
- どこで起きたのか
- 具体的に何と言われたのか
- どのくらいの時間続いたのか
- 何回くらい繰り返されたのか
- その場に誰がいたのか
- 会社や人事へ相談したか
- 相談後、会社はどう対応したか
- その頃から睡眠・食欲・出勤状況などがどう変わったか
- メール、LINE、録音、メモなど何が残っているか
すべて揃っていなければ申請できないという意味ではありません。
重要なのは、 「パワハラだった」という評価より先に、 実際に何が起きていたのかをできる限り具体化すること です。
まとめ|「パワハラだったか」だけでは、認定と不支給の境界線は見えない
同じように 「上司からパワハラを受けた」 と感じるケースでも、 精神障害の労災では評価が分かれることがあります。
ポイントになるのは、
- 言動の具体的な内容・程度
- 指導等に至った経緯
- 単発か、反復・継続していたか
- 職務上の関係や回避の難しさ
- 出来事後の状況
- 会社へ相談した後の対応
- 客観的に確認できる資料
- 精神障害の発病との時系列
などです。
そして不支給になった場合には、 単に 「パワハラなのに認めてもらえなかった」 と考えるだけではなく、
原処分庁がどの事実を認定し、 どのような理由で心理的負荷を「弱」「中」と評価したのか
を確認することが重要です。
その前提となった事実が違っているのか。
本来、一連の出来事として見るべきものが 切り離されていないか。
会社側の説明と、 実際の資料は一致しているのか。
こうした点を一つずつ確認することが、 不支給理由を検討する出発点になります。
パワハラによるメンタル労災・審査請求でお悩みの方へ
「上司からの言動がメンタル労災の対象になるのか分からない」
「パワハラが原因だと思っていたのに不支給になった」
「原処分庁意見書で『業務指導の範囲内』と書かれていた」
「心理的負荷を『弱』『中』とされた理由に納得できない」
このような場合は、 まず 何が事実として認定され、 どのような理由でその心理的負荷の評価になったのか を整理することが大切です。
特に審査請求では、 「パワハラだった」 「本当につらかった」 と繰り返すだけではなく、
事実認定のどこが違うのか、
心理的負荷の評価の前提に問題がないか、
一連の出来事が適切に評価されているか
を具体的に確認していく必要があります。
こもれび社労士事務所では、 精神障害の労災申請や、 不支給決定後の審査請求についてご相談をお受けしています。
短い文章や箇条書きでも大丈夫です。まずは現在の状況をお知らせください。
※この記事は、厚生労働省の「心理的負荷による精神障害の認定基準」や公表資料、複数の実際の案件で確認された判断内容等を参考に、個人・勤務先等が特定されないよう抽象化・一般化して解説したものです。「弱・中・強」の比較は理解を助けるための整理であり、個別の事案について労災認定または審査請求の結果を保証するものではありません。
ここまで読んで、まだ迷っていても大丈夫です。

まずは、今の状況を整理するところからで大丈夫です
「まだ相談するか決めていない」
「何を書けばいいか分からない」
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