実際にどんなパワハラが労災認定された?認定・不認定の具体例を社労士が解説

「上司から何度も怒鳴られた」
「人格を否定するようなことを言われた」
「みんなの前で叱責された」
「辞めてもらいたいと言われた」
このような出来事が続き、うつ病や適応障害などを発病した場合、
「これはパワハラの労災として認められるのだろうか」
と考える方は少なくありません。
ただし、精神障害の労災では、単に「怒鳴られた」「ひどいことを言われた」という言葉だけで認定・不認定が決まるわけではありません。
実際の審査請求や裁判例を見ると、似たように強い叱責や対人トラブルがあっても、 心理的負荷が「強」と評価された事例と、「中」にとどまった事例があります。
「どんな言葉を言われたか」だけを見るのではなく、
どのような言動だったのか、何回・どのくらい続いたのか、業務指導として必要な範囲だったのか、周囲が何を見ていたのか、資料でどこまで確認できるのか
まで具体的に整理することが重要です。
動画でも解説しています
実際の審査請求・裁判例をもとに、パワハラによる精神障害の労災で、認定・不認定を分けたポイントを動画で解説しています。
この記事では、厚生労働省が公開している審査請求・再審査請求の事例や裁判例をもとに、 実際にどのようなパワハラ・嫌がらせが問題となり、何が認定・不認定を分けたのかを社会保険労務士が解説します。
先に結論|「怒鳴られた」だけでは労災は決まらない
精神障害の労災では、対象となる精神障害を発病していることに加え、原則として発病前おおむね6か月の間に、業務による強い心理的負荷が認められるかなどが確認されます。
そのため、
- 「バカ」と言われた
- 大声で怒鳴られた
- 人前で叱責された
- 無視された
- 退職を勧められた
という事実だけを切り取って、
「この言葉なら労災になる」
「この程度なら労災にはならない」
と判断することは適切ではありません。
実際には、言動の内容だけでなく、 反復性・継続性、業務上の必要性、行為の態様、周囲の目撃、出来事後の状況などを含めて評価されます。
例えば、1回の厳しい叱責なのか、人格を否定する言葉が何度も繰り返されていたのか。
さらに、物を投げるなどの行為まで伴っていたのか。
こうした具体的事情によって評価が変わることがあります。
取消事例1|人格否定・物を投げる・怒鳴る
まず紹介したいのが、厚生労働省が公開している労災保険審査請求で不支給処分が取り消された事例です。
この事例では、労働者は上司や同僚から嫌がらせや暴行等を受けた後に精神障害を発病し、労災保険給付を請求しました。
ところが、労働基準監督署長は業務上の精神障害とは認めず、不支給としました。
労基署は「上司とのトラブル」と評価
原処分段階では、
- 物を投げられている場面
- 大声で怒鳴られている場面
を事業場関係者が目撃していました。
一方で、本人が相手に言い返す姿も目撃されていました。
そこで原処分庁は、一方的に嫌がらせを受けていたとはいえず、周囲からも客観的に認識される「上司とのトラブル」があったものと整理し、心理的負荷を「中」と評価しました。
本人も言い返している
↓
一方的な嫌がらせとはいえない
↓
「上司とのトラブル」
↓
心理的負荷「中」
審査請求では「強」に評価が変わった
しかし、審査官はさらに具体的な状況を確認しました。
審査官が認定した内容には、
- 上司・同僚から人格を否定する発言を継続的かつ頻繁に受けていた
- 物を投げつけられることが度々あった
- 物を投げる行為は大けがにつながりかねないものだった
- 本人が言い返したことは、相互対立ではなく自己防衛とみるのが相当だった
という事情がありました。
その結果、「上司とのトラブル」ではなく、当時の認定基準上の 「(ひどい)嫌がらせ、いじめ、又は暴行を受けた」 という出来事に当たると評価されました。
そして、人格・人間性を否定する言動を含み、業務指導の範囲を逸脱した執拗な言動に該当するとして、心理的負荷は「強」と判断され、不支給処分が取り消されています。
↓
「ひどい嫌がらせ等・強」
この事例から分かること
ここは非常に重要です。
本人が相手に言い返していたからといって、それだけで「双方の喧嘩」「単なる人間関係のトラブル」になるとは限りません。
なぜ言い返したのか、どちらからどのような行為が始まったのか、人格否定がどの程度続いていたのか、物理的な危険を伴う行為があったのかなどを具体的に確認する必要があります。
不支給理由に「上司とのトラブル」「人間関係の問題」などと書かれていても、その抽象的な言葉だけで終わらせず、実際に何が起きていたのかを具体的事実に戻して確認することが重要です。
不認定事例|会議中に大声で叱責・机を叩く
一方、強い叱責があっても、業務による心理的負荷が「強」には至らなかった事例もあります。
労働保険審査会の平成26年労第494号では、労働者は同僚の課長との業務方針の相違や、会議中に部長から厳しく叱責されたことなどにより精神障害を発病したとして、労災を請求しました。
この事例では、医師の意見を踏まえ、F43.2「適応障害」の発病が認められています。
会議で何があったのか
請求人は、会議中に部長が机を叩き、
「お前は仕事の態度ややり方を改めろ、心も入れ替えろ。」
と怒鳴ったと主張していました。
一方、部長側も、机を平手で1回叩き、大声を出したこと自体は述べています。
しかし、部長側の説明では、請求人一人だけではなく会議出席者全員を見回す形で叱責したもので、その日の午後には請求人の業務を部長らが手伝っていました。
心理的負荷は「中」にとどまった
労働保険審査会は、この出来事を当時の認定基準上の「上司とのトラブル」として評価し、心理的負荷を「中」程度としました。
また、同僚の課長との仕事上の意見相違についても、人格や人間性を否定するような言動が執拗に行われたとは認められないとして、全体評価は「強」に至らないと判断しています。
最終的に、再審査請求は棄却されました。
※以下は別々の個別事案を比較して、評価に影響した事情を整理したものです。回数や行為を機械的に比べて、認定の可否を判断できるものではありません。
| 比較 | 取消事例 | 不認定事例 |
|---|---|---|
| 言動 | 人格否定、物を投げる等 | 会議中の大声・叱責等 |
| 反復性 | 継続的・頻繁、度々 | 問題となった会議上の出来事などを個別評価 |
| 人格否定 | 認定された | 同僚との関係では執拗な人格否定は認められず |
| 評価 | 強 | 中 |
| 結論 | 不支給処分取消し | 再審査請求棄却 |
もちろん、これは別々の事案ですから、単純に横並びにして「○回なら認定される」といった基準を導くことはできません。
しかし、怒鳴ったという事実だけではなく、その内容、反復性、人格否定の有無、その前後の状況などが重要になることは、この2事例を比較すると分かりやすいと思います。
取消事例2|嘲笑・非難の反復と小学生向け参考書
もう一つ特徴的なのが、名古屋地方裁判所の2024年12月25日判決です。
この事例では、事務職員に対して、一般常識の不足や業務対応について揶揄するような言葉で繰り返し嘲笑・非難する行為が問題となりました。
さらに、業務中に書店へ同行させ、小学生向けの参考書を買い与えるという対応もありました。
「小学生向け参考書を渡した」という一つの行為だけで労災になった、と読むのは適切ではありません。
裁判所が問題としたのは、揶揄・嘲笑・非難などを含む一連の言動です。
裁判所は、人格・人間性を否定する、業務上明らかに不要または業務目的を大きく逸脱する精神的攻撃を反復・継続して執拗に受けたものとして評価し、心理的負荷を「強」と判断しました。
その結果、精神障害の発病等について業務起因性を認め、遺族補償給付・葬祭料の不支給処分を取り消しています。
この事例からも、インパクトのある一つの言動だけを見るのではなく、その前後を含めた継続的な関係性や行為全体を見ることが重要だと分かります。
※この判決は2024年12月25日のものです。2025年・2026年に新たに労災認定された事例ではなく、不支給処分取消しが認められた近時の裁判例として紹介しています。
退職を迫られた事例|退職勧奨と退職強要
精神障害の労災では、退職を迫られたことが問題になるケースもあります。
名古屋高等裁判所の2017年3月16日判決では、パワハラや退職の勧奨ないし強要による精神障害が問題となりました。
裁判所は、上司との人間関係悪化と、その後の退職強要による心理的負荷を一体として見て、精神障害を発症させる程度に過重だったと判断しています。
その結果、休業補償給付の不支給処分が取り消されました。
※裁判所の公開要旨では、退職強要が問題となったことと、その心理的負荷が過重と評価されたことは確認できますが、具体的な退職要求の文言や回数、面談場所、メール・録音・第三者供述などの詳細までは確認できません。
「退職を勧められた=強」ではない
ここでも注意が必要です。
会社から退職について話をされたというだけで、すべてが同じ評価になるわけではありません。
例えば、
- 本人が退職する意思はないと伝えた後も続いたのか
- 何回、どの程度繰り返されたのか
- どのような言い方・態様だったのか
- 退職以外の選択肢が示されていたのか
- その前から上司との関係悪化やハラスメント等があったのか
など、具体的な経過を見る必要があります。
認定・不認定を分ける5つのポイント
ここまでの事例を見ると、パワハラによる精神障害の労災を考える際には、少なくとも次の5点を具体的に整理することが重要です。
1.言動の内容|人格・人間性を否定するものだったか
単なる業務上の注意なのか、
それとも、仕事上のミスへの指摘を超えて、本人の人格や人間性そのものを否定するような内容だったのか。
「怒られた」という評価語ではなく、実際に何と言われたのかまで具体化することが大切です。
2.反復性・継続性|一度か、何度も続いたのか
現行の精神障害の労災認定基準では、ハラスメントやいじめのように繰り返される出来事について、繰り返される出来事を一体のものとして評価し、継続する状況は心理的負荷を強める方向で評価するとされています。
したがって、
- いつから始まったか
- 週に何回程度あったか
- いつ頃まで続いたか
- 途中でさらに悪化したか
といった経過を整理しておくことが重要です。
3.業務指導の範囲を逸脱していたか
仕事上、部下への注意や指導が必要になる場面自体はあります。
そのため「上司から注意された」というだけで判断するのではなく、
- 業務上必要な指摘だったのか
- 言い方や態様が必要な範囲を超えていなかったか
- 業務と関係のない人格攻撃が含まれていなかったか
- 必要以上に長時間続かなかったか
- 同じ内容を執拗に繰り返していなかったか
などに分けて考えます。
4.誰が見聞きしたか・何が残っているか
最初の取消事例では、物を投げられたり、大声で怒鳴られたりしている場面を事業場関係者が目撃していたことも資料上確認できます。
精神障害の労災では、本人と会社の説明が食い違うことも珍しくありません。
その場合には、単に「どちらの言い分を信じるか」ではなく、周囲の説明や客観的な資料との整合性を確認していくことになります。
5.発病までどのようにつながったか
パワハラらしい出来事が存在しても、それだけで終わりではありません。
精神障害については、いつ発病したのかも重要です。
そこで、
↓
その後の職場状況
↓
不眠・動悸・食欲低下などの変化
↓
受診
↓
休職・欠勤
というように、出来事と症状の経過を時系列で整理すると分かりやすくなります。
パワハラを受けたときに残しておきたい資料
「録音がないので労災は無理でしょうか」と相談されることもあります。
もちろん録音は重要な資料になり得ますが、証拠は録音だけではありません。
例えば、
- 録音データ
- 業務メール
- LINE・社内チャット
- 会社への相談メール
- 人事・コンプライアンス窓口への相談記録
- 日記・手帳
- 同僚などの目撃・説明
- 診療録
- 診断書
- 勤怠記録
- 休職・欠勤の経過が分かる資料
などが、事実関係や発病までの経過を確認する材料になることがあります。
一つですべてを証明できる資料がなくても、LINE、メール、相談記録、診療録、同僚の説明など、複数の資料を組み合わせて当時の状況を整理できる場合があります。
会社が「そんなパワハラはなかった」と否定した場合は?
会社が出来事を否定したからといって、会社の説明だけで労災の結論が決まるわけではありません。
本人と会社の説明が食い違う場合には、
- 双方が一致している事実
- 会社が否定している事実
- その説明と矛盾する資料
- 当時作成された記録
- 第三者が見聞きした内容
などを分けて整理することが大切です。
不支給になった場合は?「トラブル」という言葉だけで終わらせない
今回紹介した最初の事例で特に重要なのは、原処分と審査請求で出来事の評価が変わったことです。
原処分では、
「上司とのトラブル」=「中」
と整理されていました。
しかし審査請求では、
- 人格否定の具体的内容
- 継続性・頻繁性
- 物を投げるという行為の危険性
- 本人の反論が自己防衛だったこと
などを踏まえ、異なる評価になっています。
ですから、不支給になった場合には、
とすぐに結論を出すのではなく、
まず原処分が何を認定し、どう評価したのかを確認する
ことが重要です。
労災保険給付の決定に不服がある場合には、労災保険審査官への審査請求という手続があります。
ただし、審査請求をすれば必ず結果が変わるわけではありません。
単に同じ主張をもう一度繰り返すのではなく、 原処分がどの事実を認め、どの事実を認めなかったのか、心理的負荷をなぜ「中」などと評価したのか を確認することが重要になります。
よくある質問
上司に1回怒鳴られただけでも労災になりますか?
一律には判断できません。
回数だけではなく、言動の内容、長さ、態様、業務上の必要性、その後の状況などを含めて個別に評価されます。
現行の認定基準でも、一度の言動であっても、比較的長時間に及び、行為態様が強烈で悪質性を有するなどの場合には、「執拗」と評価されることがあり得るとされています。
「バカ」「使えない」などと言われたら労災になりますか?
特定の言葉だけで認定されるわけではありません。
実際にその発言があったと認定できるか、どのような場面だったのか、何度繰り返されたのか、業務指導の範囲を逸脱していたかなどを確認する必要があります。
自分も上司に言い返してしまいました。パワハラではなく喧嘩になりますか?
言い返したという事実だけで、直ちに相互のトラブルと判断されるとは限りません。
今回紹介した審査請求取消事例では、本人が言い返した行為について自己防衛だったと評価されています。
ただし、すべてのケースで同じ判断になるわけではなく、言動の経過や双方の関係を個別に確認する必要があります。
パワハラの録音がありません。それでも労災申請できますか?
録音がないという理由だけで労災請求ができなくなるわけではありません。
メール、LINE、会社への相談記録、日記、診療録、勤怠記録、同僚などの説明といった資料から、当時の状況を整理できる場合があります。
会社から「指導の範囲だった」と言われています。もう難しいですか?
会社が「指導だった」と説明しただけで結論が決まるわけではありません。
何を目的とした指導だったのか、具体的に何を言ったのか、方法や程度が業務上必要かつ相当な範囲だったのか、人格否定などが含まれていなかったかなどを確認する必要があります。
まとめ|「パワハラだった」という言葉だけでなく、具体的事実を見る
今回紹介した事例では、
- 人格否定が継続的・頻繁に行われた
- 物を投げつける行為が度々あった
- 本人の反論が自己防衛と評価された
- 反復する嘲笑・非難などが人格を否定する精神的攻撃と評価された
- 上司との人間関係悪化と退職強要が重なった
といった事案では、不支給処分が取り消された例があります。
一方で、会議中に机を叩き、大声で厳しく叱責された事例でも、具体的事情を踏まえて心理的負荷が「中」にとどまり、労災として認められなかった例もあります。
この違いを見ると、
「怒鳴られたか」ではなく、
「実際に何が、どのように、どの程度起きていたのか」
を具体的に整理することの重要性が分かります。
「これはパワハラだった」と結論だけを書くのではなく、
- いつ
- 誰から
- どこで
- 何を言われた・されたか
- 何回、どのくらいの期間続いたか
- 誰が見聞きしていたか
- どの資料が残っているか
- その後いつ頃から症状が出たか
まで整理してみてください。
「自分が受けたパワハラが労災になるのか分からない」という方へ
こもれび社労士事務所では、パワーハラスメント、職場でのいじめ・嫌がらせ、退職をめぐるトラブルなどをきっかけとする精神障害の労災申請について、申立書の作成や資料整理のサポートを行っています。
「怒鳴られたことはあるが、これだけで相談してよいのか分からない」
「会社はパワハラを否定している」
「LINEやメールはあるが、何が証拠になるか分からない」
「すでに労災が不支給となり、審査請求を検討している」
という段階でも構いません。
最初から完璧に証拠を整理する必要はありません。現在分かっている出来事や手元の資料から、何を確認すべきかを一つずつ整理していきます。
参考資料
- 厚生労働省「心理的負荷による精神障害の認定基準について」(令和5年9月1日 基発0901第2号)
- 厚生労働省「労働者災害補償保険審査官が行った主な決定の概要」精神障害の不支給処分取消事例
- 労働保険審査会 平成26年労第494号
- 名古屋地方裁判所 令和5年(行ウ)第17号・2024年12月25日判決
- 名古屋高等裁判所 平成28年(行コ)第63号・2017年3月16日判決
※本記事で紹介した事例は、それぞれ個別の事実関係・証拠・当時の認定基準等に基づいて判断されたものです。同じような言動があった場合に、現在も同じ結論になることを示すものではありません。また、過去の裁判例・裁決について現行の認定基準を機械的に当てはめて再評価するものでもありません。実際の労災認定は、精神障害の発病時期、具体的な業務上の出来事、その後の状況、心理的負荷、医学的資料、業務以外の事情等を踏まえて個別に判断されます。
ここまで読んで、まだ迷っていても大丈夫です。

まずは、今の状況を整理するところからで大丈夫です
「まだ相談するか決めていない」
「何を書けばいいか分からない」
そんな段階でも大丈夫です。
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