精神障害の労災で「中」が複数あると「強」になる?複数出来事の総合評価を解説

精神障害の労災で「中」の出来事が複数ある場合の総合評価を、2023年認定基準や裁決例をもとに解説する水彩画風イラスト

「心理的負荷が『中』の出来事が2つあれば、合わせて『強』になるのでしょうか?」

精神障害の労災では、単純な足し算では判断されません。 ただし、現行の認定基準では、単独では「中」である出来事が複数ある場合でも、 出来事の時期、発病との近さ、継続期間、内容、数などを踏まえて、 全体として「強」と評価される場合があります。

この記事では、厚生労働省の現行認定基準、認定基準の改正過程にある専門検討会資料、 そして労働保険審査会の公表裁決を踏まえて、 「中」が複数ある場合、何が「強」と「中」を分けるのかを整理します。

※大切な点
「中」が2件なら「強」、「中」が3件なら「強」といった機械的な加算ルールはありません。 発病時期、各出来事の内容・継続状況・相互関係などを含め、個別に判断されます。

動画で見る|「中」が2つあれば「強」になる?

複数の心理的負荷をどのように総合評価するのか、動画でも解説しています。

結論|「中+中=強」ではない。ただし「強」になることはある

結論|「中+中=強」ではない。ただし「強」になることはある

先に結論からいうと、 「中」の出来事が複数あるだけで、自動的に「強」になるわけではありません。

一方、厚生労働省の現行の「心理的負荷による精神障害の認定基準」では、 単独では「中」と評価される出来事が複数ある場合についても、 それらを全体として評価した結果、 「強」となる場合があります。

ただし、これは「中」の出来事を足し算するルールではありません。 複数の出来事がどのような時期に生じ、どの程度継続し、 発病までの経過の中で心理的負荷がどのように重なったのかを見て判断します。

特に確認されるのは、次のような点です。

  • 出来事相互がどのくらい近い時期に起きたのか
  • 各出来事と発病との時間的な近接の程度
  • 各出来事がどのくらい継続したのか
  • 出来事の具体的な内容
  • 出来事の数

つまり、見るべきなのは出来事の「個数」だけではなく、心理的負荷の全体像です。

まず、それぞれの出来事を「強・中・弱」で評価する

精神障害の労災認定では、最初からすべての出来事をまとめて評価するわけではありません。

まず、発病に関与したと考えられる業務上の出来事を 厚生労働省の「業務による心理的負荷評価表」に当てはめ、 それぞれの心理的負荷を「強」「中」「弱」で評価します。

段階 確認すること
1 各出来事を評価表に当てはめる
2 それぞれを「強・中・弱」で評価する
3 単独で「強」があるか確認する
4 単独で「強」がなければ、複数出来事の関連性を確認する
5 関連性や時期・継続期間・内容・数などから全体評価する

重要なのは「関連する出来事」か「関連しない出来事」か

単独では「強」とならない出来事が複数ある場合、 それぞれの出来事が関連して生じたものかどうかも重要になります。

① 関連して生じた出来事

例えば、配置転換をきっかけとして仕事量が増え、 その後にミスが発生し、さらに厳しい責任追及を受けたようなケースです。

複数の出来事が関連して生じた場合には、 原則として最初の出来事を評価表の具体的出来事に当てはめ、 その後に関連して生じた出来事を「出来事後の状況」として見ながら、 全体を一つの出来事として評価します。

例えば
配置転換

経験のない業務・仕事量の増加

ミスの発生

厳しい責任追及・十分な支援なし

発病

このような場合、 「配置転換は中」「上司とのトラブルも中」と機械的に数えるのではなく、 最初の出来事から発病までに心理的負荷がどのように継続・増幅したのか が重要になります。

② 関連せずに生じた複数の「中」

一方、原因の異なる出来事が複数起きることもあります。

  • 重大な顧客トラブル
  • それとは別に生じた配置転換
  • さらに別の事情から生じた上司との深刻な対立

現行認定基準では、単独では「中」である出来事が複数ある場合、 次の事情などを考慮して全体を評価します。

複数の「中」を総合評価するときのポイント

  • 出来事相互の時間的近接の程度
  • 各出来事と発病との時間的近接の程度
  • 各出来事の継続期間
  • 各出来事の内容
  • 出来事の数

したがって、 「中が何個あるか」だけではなく、複数の心理的負荷がいつ、どのくらい重なり、どの程度続いたのか が重要になります。

2023年の認定基準では、複数出来事の評価がより具体化された

2011年の専門検討会報告書では、関連しない「中」の出来事が複数ある場合、 出来事同士の時期の近さ、数、内容などを踏まえて、 全体として「強」となる場合もあり得るという考え方が示されていました。

2023年9月1日付け基発0901第2号による現行認定基準では、 こうした要素に加え、 各出来事と発病との時間的な近接性や、各出来事の継続期間 も考慮することが明示されています。

複数の「中」の出来事が時間的に近接し、その影響が重なっている場合には、 個々の出来事を単独で見た場合より心理的負荷が強くなり得ます。 ただし、最終的に「強」まで達するかどうかは、個別事案の具体的事情によります。

反対に、それぞれの出来事がいったん完結し、 状況が落ち着いた後に次の出来事が起きた場合には、 全体評価も個々の出来事と同程度にとどまる可能性があります。

実際に「中」が2つあっても、全体が「中」とされた裁決例

「中」の出来事が複数あれば、実際の労災判断でも「強」になるのでしょうか。 この点を考えるうえで参考になるのが、労働保険審査会の平成26年労第571号です。

平成26年労第571号|「中」2つ+「弱」2つでも全体は「中」

この裁決では、請求人が発病前おおむね6か月間の業務上の出来事として、 降格・異動、車検整備、タイヤ販売ノルマ、会議での叱責を主張しました。

主張された出来事 審査会の評価 判断の主な事情
降格・異動 全く根拠のない降格・異動とはいいにくく、異動先業務は過去に経験した業務と同様で、職場内で孤立もしていなかったことなど
車検整備業務の増加 車検ピーク時期から離れており、特に多忙な状況とはいえず、徹夜作業や長時間労働を示す資料も見当たらなかったこと
タイヤ販売ノルマ ノルマ達成の困難性は認められたものの、達成店舗も存在し、達成不可能なノルマとまではいえなかったこと
会議での叱責 請求人のみを対象とする常態的に厳しい指導・叱責が確認されなかったことなど

審査会は、心理的負荷の総合評価について、 「中」が2つと「弱」が2つと整理しました。

審査会が全体評価で重視した事情

  • 「中」と評価された出来事が2つあった
  • 「弱」と評価された出来事が2つあった
  • 各出来事は、関連して生じたものではなかった
  • 発病前おおむね6か月間に、恒常的な長時間労働は認められなかった

その結果、審査会は、 業務による出来事の心理的負荷の全体評価は「中」であり、「強」には至らない と判断し、再審査請求を棄却しました。

この裁決から分かること

「中」が2つあるから「強」という機械的な加算ではありません。 出来事が相互に関連していたか、負荷が重なり合っていたか、 恒常的な長時間労働があったかなどを含めて、心理的負荷の全体像が評価されています。

もちろん、この裁決は2011年認定基準のもとで判断された事案です。 現在の事案に個別出来事の評価を引用する場合には、 2023年の現行評価表に改めて当てはめる必要があります。

ただし、複数の出来事を単純に足し算するのではなく、 関連性や全体の心理的負荷を評価するという基本的な考え方を理解するうえでは、 現在でも重要な参考となる裁決です。

→ 厚生労働省・労働保険審査会「平成26年労第571号」裁決原文(PDF)

では、どんな場合に「強」となる可能性が高まるのか

現行認定基準や専門検討会資料などから見ると、 ポイントは出来事件数そのものではなく、負荷の集中・連鎖・継続・増幅です。

見るポイント 負荷が強まる方向の事情
時期 複数の出来事が近接し、影響が重なっている
発病との関係 負荷が続く中で症状が現れ、発病に至っている
継続性 一つ目の出来事が収束しないまま次の出来事が生じる
事後対応 対応に多大な労力や責任を要する
支援状況 十分な支援・協力や業務調整がなく、負担が続く
反復 叱責・嫌がらせ等が繰り返される
労働時間 長時間労働等が重なり、回復の機会が乏しい

職場の支援・協力の有無や、本人が業務量を調整できる裁量の有無なども、 出来事後の状況や、出来事の具体的内容・程度を評価する際の重要な事情になります。

とくに、困難な対応を本人が抱え込み、 十分な支援や業務調整がなかった場合には、 心理的負荷が継続・増幅していたことを示す事情になり得ます。

ハラスメントは「1回、2回、3回」と単純に数えない

パワーハラスメントやいじめなど、 同種の行為が繰り返されるケースにも注意が必要です。

ハラスメントやいじめのように繰り返される出来事については、 個々の発言や行為を機械的に別々の出来事として数えるのではなく、 反復する行為を一体のものとして評価し、その継続状況も心理的負荷の評価に反映します。

「叱責①=弱、叱責②=弱、叱責③=弱だから、弱が3件」

という整理だけでは、実際の心理的負荷を十分に捉えられないことがあります。

発言の内容、頻度、期間、上下関係、反復性、 会社に相談した後の対応などを含め、 一連のハラスメントとしてどの程度の心理的負荷だったのか を見る必要があります。

申請や審査請求では「出来事一覧」だけでは足りない

「中」に当たりそうな出来事を複数並べるだけでは、 なぜ全体として「強」なのかが十分に伝わらないことがあります。

特に複数出来事の総合評価が問題になるケースでは、 次のような時系列整理が重要です。

整理項目 確認する内容
発生日 いつ出来事が起きたか
継続期間 いつまで影響が続いたか
出来事の関連性 前の出来事から派生したものか、別の出来事か
事後対応 本人にどの程度の対応負担があったか
会社の支援 応援・業務軽減・相談対応等があったか
労働時間 出来事の前後で長時間労働があったか
症状経過 不眠・食欲低下・欠勤・受診等がいつ始まったか
裏付け資料 メール、LINE、録音、勤怠、診療録、日報等

ポイントは、 「中が3件あるから強です」と主張することではありません。

複数の心理的負荷がどの時期に存在し、 それぞれがいつまで続き、 どのように重なり、 回復する機会がないまま発病に至ったのか。

その全体像を、客観的な資料と時系列で示すことが重要です。

「6か月より前」の出来事も、すべて切り捨てられるわけではない

精神障害の労災では、 原則として発病前おおむね6か月の心理的負荷を評価します。

しかし、ハラスメントやいじめのように繰り返される出来事については、 6か月より前から始まっていても、発病前おおむね6か月の期間まで継続していれば、 開始時からの行為が評価対象になり得ます。

また、出来事そのものが6か月より前に始まっていても、 その出来事後の状況が発病前6か月の期間まで続いている場合には、 その期間中の状況や対応が評価対象となることがあります。

このため、時系列を作る際に 「6か月より前だから関係ない」と自己判断して資料を外してしまわないことも大切です。

60秒で確認|「中+中=強」ではありません

複数の心理的負荷がある場合の考え方を、ショート動画で簡潔にまとめています。

まとめ|見るべきなのは「数」ではなく、負荷の全体像

まとめ|見るべきなのは「数」ではなく、負荷の全体像

「中」が複数ある場合のポイント

  • 「中+中=強」という自動的な加算ルールはない
  • 関連する出来事は、一連のものとして全体評価する
  • 関連しない「中」が複数でも、全体として「強」と評価される場合がある
  • 現行基準では、時期・発病との近さ・継続期間・内容・数などを見る
  • 出来事が近接し、影響が重なっていることは重要な評価事情になる
  • ハラスメント等は反復・継続を一体として評価する
  • 申請では、出来事の数より「負荷がどう重なったか」を時系列で示すことが重要

精神障害の労災では、 一つ一つの出来事だけを見ると「中」に見えても、 複数の出来事が短期間に重なり、 解決しないまま次の問題が生じていることがあります。

反対に、「中」と考えられる出来事が複数あっても、 それぞれが離れた時期に発生し、その都度いったん収束している場合には、 全体として「強」とならないこともあります。

だからこそ、 出来事を単に列挙するのではなく、発病までの経過を一つの時系列として整理すること が大切です。

この記事で確認した主な一次資料

※認定基準・行政資料・公表裁決は、記事作成時点で公表されている資料を確認しています。 個別事案では、発病時期、出来事の内容・程度、継続状況、裏付け資料等によって判断が異なります。

「出来事がいくつもあり、どう整理すればよいか分からない」という方へ

メンタル不調の労災では、 出来事を一つずつ見るだけでなく、 それぞれの出来事の関係、継続期間、発病時期、会社の対応、資料の有無などを 時系列で確認することが重要です。

こもれび社労士事務所では、 お送りいただいた資料を確認しながら、 労災申請や不支給後の審査請求について整理しています。 ご依頼を急かすことはありませんので、 まず状況を整理したいという段階でもご相談いただけます。

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