精神障害の労災申請で主治医に照会は行く?|転院前の病院・カルテも調べられる?

精神障害の労災で主治医への照会や転院前の病院・カルテの扱いを解説するアイキャッチ

「精神障害の労災を申請すると、主治医にも労働基準監督署から照会が行くのでしょうか?」

「転院している場合、以前通っていた病院にも連絡が行くのでしょうか?」

「主治医が『仕事が原因だと思う』と回答してくれれば、労災認定されるのでしょうか?」

精神障害の労災申請では、このようなご質問をいただくことがあります。

先に結論

現行の精神障害の労災認定基準では、 治療歴のない自殺事案を除くすべての事案について、主治医から医学的意見を求めることが原則 とされています。

ただし、転院している場合に、 過去に受診したすべての病院へ必ず照会するという公開ルールは確認できません。 一方、発病時期、既往歴、症状の経過などを確認する必要がある場合には、 転院前の診療録、問診票、診療情報提供書、医師意見などが調査・検討されることがあります。

そして、もう一つ重要なのは、 主治医が「仕事が原因」と回答しただけで労災認定が決まるわけではない という点です。

この記事では、厚生労働省の現行認定基準と労働保険審査会の公開裁決をもとに、 主治医への照会、転院前の病院の記録、初診時カルテ・問診票、 主治医意見と労基署の事実認定との関係について解説します。

※本記事は2026年9月30日時点で確認できる公表資料をもとにした一般的な解説です。 個別の事案では、治療歴、転院歴、調査内容、資料の有無などによって取扱いが異なる場合があります。

🎥 動画でも解説しています

この記事の主な内容

  1. 精神障害の労災では主治医に何を照会するのか
  2. 転院前の病院にも照会されることがあるのか
  3. 初診時カルテ・問診票はなぜ重要なのか
  4. 現在の主治医と前医の意見が違った場合
  5. 主治医が「仕事が原因」と回答した場合の意味
  6. 申立書や概要資料を主治医に渡してよいのか
  7. 実際の裁決では医療記録がどう扱われたのか

精神障害の労災では主治医の医学的意見が求められる

2026年9月時点の精神障害の労災認定では、 令和5年9月1日付け基発0901第2号 「心理的負荷による精神障害の認定基準」が中心的な基準となっています。

この認定基準では、治療歴のない自殺事案を除くすべての事案について、 主治医から次の事項について意見を求めることとされています。

  • 疾患名
  • 発病時期
  • 主治医が考える発病原因
  • それらの判断の根拠

精神障害の労災では、主治医の医学的意見を確認すること自体が、 認定基準の中に位置づけられています。

ただし、認定基準が定めているのは 「主治医から意見を求めること」 です。

「精神障害の労災を申請すれば、必ず現在の病院へ同じ様式の照会文書が郵送される」 とまで定められているわけではありません。

また、公表されている現行認定基準には、 申請から何日後に照会するのか、会社への調査より先なのか後なのかといった 全国一律の時期までは示されていません。

主治医には何を聞かれるのか

認定基準に明記されている中心的な項目は、 疾患名、発病時期、発病原因、その判断根拠です。

一方、実際の公開裁決を見ると、 医療機関から確認される医学情報はさらに幅広いことがあります。

確認されることがある事項 内容の例
初診時の状況 初診日、受診のきっかけ、主訴、当時の症状など
疾患名 診断名、診断に至った医学的根拠
発病時期 いつ頃から診断基準を満たす症状があったと考えられるか
発病原因 仕事上の出来事、業務外の事情など、医師が把握している内容
治療経過 投薬、休職、復職、症状の改善・悪化など
既往歴 過去の精神疾患、通院歴、休職歴など
他院への受診 転院歴、他科受診、診療情報提供書など

※過去の裁決に現れた照会項目が、現在も全国すべての労基署で全く同じ様式として使用されているという意味ではありません。

転院している場合、前の病院にも照会される?

転院経験のある方にとって、特に気になるところだと思います。

「転院していれば、過去の病院すべてに必ず照会される」 という公開ルールは確認できません。

一方で、現在の主治医だけでなく、 転院前の医療機関の診療録や医師意見などが調査・検討されることはあります。

特に、

  • いつ精神障害を発病したのか
  • 初期にはどのような症状があったのか
  • 過去にも精神障害の治療歴がなかったか
  • 以前の精神障害はいったん寛解していたのか
  • 症状が継続していたのか
  • 当時、本人が医師にどのような原因を説明していたのか

などが問題となる場合には、 以前の医療機関の資料が重要な判断材料になることがあります。

初診の病院

初診時のカルテや問診票には、 症状が出始めた時期や、本人が当時医師へ説明した内容などが記録されていることがあります。

そのため、発病時期や初期症状を判断する際の資料になることがあります。

転院前の病院

転院前の病院については、 症状の経過、診断の変化、投薬内容、休職・復職の状況、 転院時の診療情報提供書などが確認されることがあります。

精神科以外の病院が関係することもある

精神科や心療内科を受診する前に、 頭痛、めまい、不眠、胃腸症状などで内科等を受診している場合には、 その診療記録が症状経過を確認する資料になることもあります。

「現在通っている精神科・心療内科の記録だけが見られる」とは限りません。

🎥 1分でポイントを確認

なぜ初診時カルテ・問診票が重要になることがあるのか

精神障害の労災では、原則として、 発病前おおむね6か月間の業務による心理的負荷 を評価します。

そのため、発病時期が動けば、 評価対象となる業務上の出来事が変わる可能性があります。

ここで重要なのが、 初診日と発病日は必ずしも同じではない ということです。

例えば、心療内科を初めて受診したのが6月だったとしても、 診療録や症状経過などから、 医学的にはそれ以前に精神障害を発病していたと判断される場合があります。

初診時カルテや問診票には、

  • いつ頃から症状が出ていたのか
  • 不眠、食欲低下、抑うつ、意欲低下などがあったのか
  • 本人が当時どのような出来事を医師へ説明していたのか
  • 過去に受診・投薬・休職歴があったのか

などが残っていることがあり、発病時期を判断する資料になることがあります。

初診時に「仕事が原因」と話していなかったら不利?

「初診時のカルテに仕事やハラスメントについて書かれていません」 というご相談もあります。

これは判断材料の一つにはなり得ますが、 初診時に仕事について話していなかったことだけで、 直ちに業務起因性が否定されるわけではありません。

特にセクシュアルハラスメントについては、 現行認定基準でも、 被害者が医療機関ですぐに被害について話せない場合があることに留意する必要がある旨が示されています。

ただし、この留意事項をすべてのハラスメント事案に機械的に当てはめるのではなく、 なぜ当時話していなかったのか、その後どのような事実が確認されたのかなどを 個別に検討する必要があります。

現在の主治医と転院前の医師の意見が違ったらどうなる?

転院していると、 医師によって診断名、発病時期、発病原因についての見解が異なることがあります。

例えば、

現在の主治医
「仕事上の出来事が発病原因と考えられる」

転院前の診療録
「家庭上の問題について相談していた」

というケースも考えられます。

この場合、 「現在の主治医が優先される」「初診医の記録が必ず優先される」 という一律のルールは確認できません。

実際には、

  • 医師が診察した時期
  • 診療期間
  • 診療録に残る具体的な症状
  • 診断や発病時期の医学的根拠
  • 他院の記録との整合性
  • 労基署が認定した出来事との整合性
  • 後から意見が変わった場合、その理由

などを踏まえて検討されます。

必要に応じて、地方労災医員等の専門医や精神障害専門部会による医学的検討が行われます。

主治医が「仕事が原因」と書けば労災認定される?

主治医が「業務が原因」「仕事が原因」と回答しただけで、 労災認定が決まるわけではありません。

精神障害の労災では、原則として、

  1. 対象となる精神障害を発病していること
  2. 発病前おおむね6か月間に、業務による強い心理的負荷が認められること
  3. 業務以外の心理的負荷や個体側要因による発病とは認められないこと

などを認定基準に沿って判断します。

主治医は、 疾患名、発病時期、症状、医学的に考えられる原因などについて重要な医学的意見を示します。

一方、

  • 上司が実際にその発言をしたのか
  • どの程度の長時間労働があったのか
  • 配置転換で業務内容がどう変わったのか
  • ハラスメントがいつ、どの程度行われたのか

といった事実関係については、 会社資料、勤怠、メール、録音、本人や関係者への聴取などを通じて労基署が調査します。

医師が前提にした出来事と、労基署が認定した事実が違う場合

ここは非常に重要です。

例えば本人が主治医に、 「上司から毎日のように激しい暴言を受けた」 と説明し、 その説明を前提として主治医が 「業務上のストレスによって発病したと考える」 と回答したとします。

しかし、労基署の調査では、 本人が説明した内容どおりの暴言を確認できなかったとします。

その場合、 主治医の医学的意見そのものが無意味になるわけではありませんが、 発病原因についての意見の前提となった事実が、 労基署の認定事実と異なる ことになります。

そのため、主治医の意見だけで業務上と判断するのではなく、 労基署が実際に確認できた出来事をもとに心理的負荷を評価することになります。

「医師が仕事が原因だと言ったか」だけではなく、
「医師が原因判断の前提にした出来事を、労基署も事実として確認できたか」 が重要です。

主治医の意見だけで判断できる場合もある?

現行認定基準では、 一定の条件がそろった場合には、 主治医の意見を基礎として認定要件を満たすと判断できる仕組みがあります。

例えば、

  • 主治医が対象疾病の発病を診断している
  • 労基署が認定した事実と、主治医が診断の前提とした事実が合致している
  • 発病時期や発病原因についても整合している
  • 心理的負荷が「強」であることが明らかである
  • 顕著な業務外の心理的負荷や個体側要因がない

といった場合です。

つまり、 「主治医が業務起因と書いたから認定される」という仕組みではありません。

主治医の医学的判断と、 労基署が確認した事実関係が整合していることが重要になります。

主治医・専門医・専門部会は何が違う?

担当 主な役割
主治医 疾患名、発病時期、発病原因、診断根拠、症状・治療経過などについて医学的意見を示す
地方労災医員等の専門医 主治医意見の補足が必要な場合などに、認定基準に沿って医学的に検討する
精神障害専門部会 診断、発病時期、既存精神障害の悪化など、高度な医学的検討が必要な事案を複数の専門医で検討する
労働基準監督署 業務上の出来事等を調査・認定し、認定基準に照らして支給・不支給を判断する

そのため、 「主治医が認めたから労災」「主治医が認めなかったから不支給」 という単純な仕組みではありません。

実際の裁決では複数の病院の記録が比較されている

労働保険審査会の公開裁決を見ると、 複数の医療機関の記録や医師意見が比較された事案があります。

平成30年労第391号|初診時の問診票が発病時期の判断材料に

この事案では、 主治医受診時の問診票や主治医意見などが検討されました。

本人側が主張する発病時期とは異なる時期について、 専門部会が問診票や医学的資料をもとに検討し、 審査会もその医学的判断を妥当としています。

平成30年労第352号|前医と転医先の資料を比較

この事案では、 前医の詳細な意見書、診療情報提供書、転医先医師の意見書 などが検討されています。

前医と転医先では診断や発病原因についての見方にも違いがあり、 最終的には医証全体を踏まえて専門部会が医学的に検討しました。

平成31年労第81号|3か所の精神科医療機関を検討

この事案では、 3か所の精神科医療機関の診療録等 が検討されています。

各医療機関の初診日、疾患名、最終受診時の状態などを通じて、 採用前から発病していた精神障害が寛解していたのか、 その後も継続していたのかが検討されました。

※この裁決は旧認定基準の下で判断された事案です。 2023年の認定基準改正により、既存精神障害の悪化に関する取扱いは変更されています。 現在の事案へ結論をそのまま当てはめることはできません。

平成25年労第396号|後から変わった医師意見が問題となった例

この事案では、 医師が当初示していた発病時期等について、 後の診断書やメモで異なる見解を示したことが検討されました。

審査会は、その後の医師意見について、 請求人の主張に沿ったものとして採用せず、 複数の専門医による専門部会の判断を採用しました。

ただし、これは 「本人が医師へ資料を渡すと不利になる」という意味ではありません。

重要なのは、 意見が変わった場合に、 新たに確認した資料や診療録、症状経過などから、 医学的にその理由を説明できるかという点です。

労基署から照会が来たら、申立書や概要資料を主治医に渡した方がいい?

これについて、 「必ず渡した方がよい」「渡さない方がよい」という全国一律の公的ルールは、 今回確認した公表資料では確認できませんでした。

資料を渡すことによって、

  • 長期間の出来事を医師が把握しやすくなる
  • 症状と出来事の時間的な関係を確認しやすくなる
  • 転院後の医師が過去の経過を把握しやすくなる
  • 診察時間内に説明できなかった事項を補いやすくなる

といった面は考えられます。

資料を主治医へ渡すこと自体が問題になるわけではありません。

ただし、 「本人が申し立てている事実」と 「メール・勤怠・録音等の客観資料」と 「医師自身の診察・診療録に基づく医学的判断」は、 区別して整理することが大切です。

主治医に資料を渡す場合でも、 「業務起因と書いてください」と結論を求めるのではなく、 労基署へ提出した経過を参考資料として示し、 医学的な判断は主治医自身に委ねる という整理が適切です。

例えば、

「労基署へ提出した経過を整理した資料です。回答の参考になるようでしたらご確認ください。 診療録や先生の医学的なご判断と異なる点があれば、先生ご自身のご判断でご回答ください。」

という伝え方が考えられます。

医師から本人へ確認の電話が来ることはある?

労基署から照会を受けた医師が、 回答前に本人へ電話をしたり、 診察時に事実関係を確認したりすることについて、 全国共通で義務づける、または禁止する公開ルールは今回確認できませんでした。

医師が必要と判断すれば、 発病時期、当時の症状、転院前の受診経過、 労災申請で申し立てている出来事などについて 本人へ確認することは考えられます。

ただし、すべての事案で行われる必須手続という意味ではありません。

申請前に過去の医療機関を整理しておく

転院歴がある場合には、 労災申請を検討する段階で、 過去の受診歴を整理しておくことが役立つ場合があります。

  • 医療機関名
  • 初診日
  • 最終受診日
  • 当時の診断名
  • 休職・復職時期
  • 転院した時期
  • 診療情報提供書の有無
  • 過去の精神疾患の治療歴
  • 精神科・心療内科を受診する前の他科受診歴

特に、 発病時期や既往歴が争点になりそうな場合には、 過去の診療記録が重要になることがあります。

よくある誤解を3つ整理

誤解1|主治医が「仕事が原因」と書けば労災になる

それだけでは決まりません。 主治医の医学的意見に加えて、 労基署がどのような業務上の出来事を事実として認定したのか、 その心理的負荷が認定基準上どの程度なのかなどを判断します。

誤解2|転院すると前の病院すべてに必ず照会される

そのような全国一律の公開ルールは確認できません。 ただし、発病時期、既往歴、症状経過などを確認する必要がある場合には、 前医の診療録、問診票、診療情報提供書、医師意見などが調査・検討されることがあります。

誤解3|初診カルテに仕事の記載がなければ労災は無理

それだけで業務起因性が否定されるわけではありません。 初診時の記録は判断材料の一つですが、 その後の調査で確認された事実、症状経過、他の医療記録なども含めて検討されます。

まとめ|主治医の意見は重要。でも「医師が認めれば労災」ではない

精神障害の労災では、 治療歴のない自殺事案を除き、 主治医から医学的意見を求めることが現行認定基準上の原則です。

また、転院している場合には、 必要に応じて過去の医療機関の診療録、問診票、診療情報提供書、 医師意見などが検討されることがあります。

重要なのは、
「主治医が仕事が原因と言っているか」だけではなく、
「いつ発病したのか」
「医師がどのような事実を前提に判断したのか」
「その事実を労基署の調査でも確認できるのか」
という点です。

特に転院歴がある場合には、 現在の主治医だけではなく、 初診時や転院前の医療記録が重要になるケースもあります。

労災申請を検討するときは、 業務上の出来事だけでなく、 受診歴・発病時期・診療記録と申立内容の整合性 についても整理しておくことが大切です。

精神障害・パワハラの労災申請について

こもれび社労士事務所では、 パワーハラスメント、長時間労働、配置転換、業務上のトラブルなどをきっかけとする 精神障害の労災申請について、全国からご相談をお受けしています。

「転院していて、どの医療記録が重要なのか分からない」
「初診時のカルテと現在の申立内容が違っていないか心配」
「主治医への照会にどう対応すればよいか分からない」

といった場合も、 認定基準に照らして、現在確認できる資料や経過を整理します。

LINEで相談する

参考資料

※過去の裁決には旧認定基準に基づいて判断されたものが含まれます。 本記事では、主に医療資料や医師意見がどのように検討されたのかを確認する参考として紹介しています。 現在の認定判断については、2023年9月改正後の認定基準を確認する必要があります。

執筆・監修:
こもれび社労士事務所
社会保険労務士 近藤 明久

調査基準日:2026年9月30日
最終更新日:2026年9月30日

本記事は一般的な情報提供を目的とするものであり、 個別事案について労災認定の可否や結果を保証するものではありません。 実際の申請では、診療録、申立内容、会社調査、客観資料等の内容によって判断が異なります。

ここまで読んで、まだ迷っていても大丈夫です。

まずは、今の状況を整理するところからで大丈夫です

「まだ相談するか決めていない」
「何を書けばいいか分からない」
そんな段階でも大丈夫です。

※ 個人のご相談(労災・後遺障害・障害年金)/全国対応(LINE・オンライン)
※ 「まず整理だけ」でも大丈夫です