パワハラで労災認定される基準は?|224件・認定事例・不支給裁決から見る「強・中」の分岐点

パワハラで労災認定される基準と認定・不支給事例を解説するイメージ

「上司からひどいことを言われた。これは労災になりますか?」
「人前で怒鳴られたのに、なぜ労災では『強』にならないのですか?」
「1回だけの暴言では、精神障害の労災は認められないのでしょうか?」

パワーハラスメントによる精神障害の労災では、 「パワハラがあったかどうか」だけで結論が決まるわけではありません。

言動の内容や程度、反復・継続性、公開性、会社の対応、 他の業務上の出来事、発病時期、出来事を裏付ける資料などを踏まえて判断されます。

この記事では、厚生労働省の認定基準、労働保険審査会の公表裁決、 裁判例、公的研究資料をもとに、 認定された事例と「強」に届かなかった事例では何が違ったのか を整理します。

先に結論

「人前で怒鳴られた」「人格を否定された」といった一つの事情だけで、 労災認定の可否が決まるわけではありません。

何をされたのかだけでなく、 どの程度の行為だったのか、何回・どのくらい続いたのか、 他の業務負荷と重なっていたのか、発病時期との関係はどうか などを具体的に整理することが重要です。

令和6年度、パワハラに該当する精神障害の支給決定は224件

厚生労働省が公表した 「令和6年度 過労死等の労災補償状況」によると、 業務災害に係る精神障害の支給決定件数は 1,056件でした。

そのうち、 「上司等から、身体的攻撃、精神的攻撃等のパワーハラスメントを受けた」 に分類された支給決定は、 224件です。

令和6年度・精神障害の支給決定

1,056件

うちパワーハラスメント

224件

単純に割合を計算すると約21.2%です。

ただし、この数字は 「精神障害の労災の21.2%が、パワハラだけを原因として発病した」 という意味ではありません。

実際の労災認定では、パワハラだけでなく、 長時間労働、配置転換、仕事内容・仕事量の変化など、 複数の出来事が評価される場合があります。

注意: 224件は「令和7年度」の数字ではありません。 令和7年に公表された令和6年度の支給決定件数です。

パワハラによる支給決定は99件から224件へ

「パワーハラスメント」が独立した具体的出来事として認定基準に設けられた 令和2年度以降を見ると、支給決定件数は増加しています。

年度 精神障害の支給決定 パワハラ 単純比
令和2年度 608件 99件 16.3%
令和3年度 629件 125件 19.9%
令和4年度 710件 147件 20.7%
令和5年度 883件 157件 17.8%
令和6年度 1,056件 224件 21.2%

令和2年度の99件から令和6年度の224件へ、 4年間で125件増え、約2.26倍になっています。

精神障害が労災認定される3つの要件

現行の「心理的負荷による精神障害の認定基準」では、 主に次の3つの要件から業務上かどうかが判断されます。

  1. 認定基準の対象となる精神障害を発病していること
  2. 発病前おおむね6か月の間に、業務による強い心理的負荷が認められること
  3. 業務以外の心理的負荷や個体側要因により発病したことが明らかではないこと

「会社でパワハラがあった」

「精神障害が労災認定される」

ではありません。

会社のハラスメント調査や民事上のパワハラ判断と、 労災保険上の業務起因性の判断は分けて考える必要があります。

パワハラの「強・中・弱」|暴言・公開叱責・無視で何が違う?

労災認定では、 単に「暴言があった」「叱られた」という事実だけを見るのではありません。

たとえば、次のような事情が重要になります。

  • 指導・叱責に至った経緯や状況
  • 身体的・精神的攻撃の内容と程度
  • 上司・経営者などとの職務上の関係
  • 反復・継続していたか、執拗だったか
  • 就業環境をどの程度害したか
  • 会社へ相談した後の対応や、その後の状況
  • 長時間労働など他の出来事と重なっていたか
行為 「中」などの例 「強」につながる例
身体的攻撃 治療を要しない程度の単発の暴行 治療を要する暴行、または軽い暴行でも反復・継続し執拗
人格否定 業務上必要性のない人格否定でも反復・継続していない場合 人格・人間性を否定する言動が反復・継続し執拗
公開叱責 面前での威圧的叱責でも反復・継続していない場合 大声・長時間・面前での厳しい叱責が反復・継続
無視・排除 単発・非継続 人間関係からの切離しが反復・継続
過大要求 不要・遂行困難な業務を単発で強制 遂行困難な要求などが反復・継続し執拗
仕事外し 合理的理由なく仕事を与えないが非継続 仕事を与えない状態などが反復・継続

※上表は個別案件を機械的に判定するものではありません。 実際には具体的な状況を踏まえて評価されます。

「1回だけ」なら労災ではない?

単発の出来事だから、必ず「中」以下になるわけではありません。

現行基準では、治療を要する程度の暴行については、 単発でも心理的負荷「強」の具体例とされています。

また、厚生労働省の専門検討会では、 1回の言動であっても、比較的長時間に及び、 行為態様が強烈で悪質性を有する場合には、 「執拗」と評価すべき場合があるという考え方が示されています。

「何回言われたら労災」という一律の回数基準はありません。 回数だけでなく、時間、内容、態様、悪質性なども確認する必要があります。

実際に認定された事例

ほぼ毎日、平手で叩かれていた事例

労働者健康安全機構の研究資料では、 精神障害の労災支給決定事案が分析されています。

その一つでは、入社直後から事業主にほぼ毎日頬を平手で叩かれ、 回数が1日数回から数十回へ増加。 小瓶で太ももを叩かれたり、拳で肩を叩かれたりすることもありました。

長時間労働は認められていませんでしたが、 継続的・執拗な身体的攻撃が心理的負荷 「強」 と評価されています。

ミス後の謝罪強要と人格否定が問題となった事例

別の事案では、配置転換後も上司から強い口調で指導され、 作業ミスによる取引先のクレーム後に謝罪を強要され、 責任を負わされたうえ、幹部から人格否定を含む暴言を受けました。

「嫌がらせ・いじめ・暴行」は 「強」、 配置転換と重大な仕事上のミスはそれぞれ「中」と評価されています。

暴言自体は「中」でも、他の負荷と合わせて認定された事例

上司から 「お前の仕事は私にもできる」 「失敗したら評価を下げる」 といった趣旨の発言を受けたものの、 その言動自体の心理的負荷は 「中」 と評価された事案もあります。

一方、同じ時期に時間外労働が前月より20時間以上増えて65時間となり、 さらに5回の徹夜勤務がありました。

そのため、上司の言動だけではなく、 仕事内容・仕事量の変化など他の心理的負荷と合わせて、 全体として評価されています。

パワハラ単独で「強」かどうかだけを見るわけではありません。

関連する複数の出来事について、 その内容や時期、継続性などを踏まえて全体評価される場合があります。

パワハラ労災が不支給になった事例|「強」に届かなかった理由

ここで紹介する労働保険審査会の裁決は、旧認定基準によって判断された事案を含みます。 現行基準は令和5年9月に改正されています。 そのため、「現在も同じ事実なら必ず同じ結論になる」という意味ではありません。 過去の公表裁決から、判断要素や証拠上の分岐点を見るために紹介します。

公開叱責があっても「弱」と評価された事例|平成26年労第571号

この事案では、全店舗のサブマネージャーが参加する会議で、 支店長から 「目標を追えないのか。そんなのだったら会議に来なくて良い」 という趣旨の叱責を受けたことが認定されています。

しかし、この公開叱責については 「弱」 と評価されました。

裁決では、請求人自身が当時は「吊し上げられた」という感情はなかった旨を述べていたことや、 請求人だけを対象とする常態的・反復的な叱責が確認されなかったことなどが考慮されています。

降格・異動とノルマはそれぞれ「中」でしたが、 各出来事の関連性などから全体として「強」には至らず、 不支給が維持されました。

「同僚の前で恫喝された」という主張が裏付けられなかった事例|平成28年労第19号

この事案では、 部長から同僚2人の前で威圧・叱責・恫喝された、 その後も継続的に無視されたなどと請求人が主張しました。

しかし、同席者は部長が怒鳴ったことを否定しており、 裁決では、認定できる事実は業務方針をめぐる考え方の相違などにとどまると判断されています。

継続的な無視などについても、 心理的負荷を評価できる具体的事実として認められませんでした。

強い能力否定の発言が評価期間外だった事例|平成27年労第89号

この事案では、上司から 「限界ということは君の能力では無理ということ」 「仕事放棄」 「能力がないなら他の人に替える」 という趣旨の発言をされたことが問題となりました。

しかし、裁決が認定した発病時期から見ると、 この出来事は 発病前おおむね6か月より前 でした。

そのため、発病原因となる心理的負荷の評価対象にはなりませんでした。

その他の不支給裁決も見る

平成25年労第326号
上司の電話叱責は「中」、同僚からの嫌がらせは「弱」。 人格否定性や反復的嫌がらせの客観的な裏付けなどが問題となり、 全体として「中」と評価されました。

平成26年労第386号
無視、威圧、退職強要などが主張されましたが、 具体的な人格否定、仕事外し、執拗性などが認定されず、 各出来事は「弱」と評価されました。

平成27年労第248号
上司・同僚との意見対立や業務負担が問題となりましたが、 厳しい非難や人格否定、公開叱責などが確認されず、 対人関係上の出来事は「弱」と評価されました。

平成28年労第18号
上司からの暴行などが主張されましたが、 精神障害は入社前に発病していたと判断され、 入社後に自然経過を超える著しい悪化が認められなかった事案です。

不支給処分が裁判で取り消された「中部電力事件」

認定・不認定の境界を考えるうえで参考になるのが、 中部電力事件です。

この事件では、新入社員に対して直属の課長から、 「こんなんで大卒か」 「学卒も大したことない」 「聞いたことがない大学」 「おまえなんか要らん」 などの趣旨の発言があったことが問題となりました。

さらに、大声で怒鳴られる状況が繰り返され、 経験の乏しい新入社員に難易度の高い複数案件を並行して担当させ、 指導・援助も十分ではなかったことなどが問題となっています。

第一審では不支給処分が適法とされましたが、 名古屋高等裁判所は令和5年4月25日、 原判決を取り消し、労基署長の不支給処分を取り消しました。

控訴審では、 人格・人間性を否定する性質の言動だけを切り離すのではなく、 困難な業務、複数案件、指導・支援の状況などを含めて評価しています。

出来事だけでなく「裏付け」も重要

中部電力事件では、 上司の発言が実際にあったのかという証拠評価も重要な争点になりました。

控訴審では、被災者が当時相談していた友人の証言について、 発言を聞いた時期・場所・会話内容の具体性や、 メール、業務記録などとの整合性などを踏まえて信用性を検討しています。

労災申請でも、 「ひどいことをされた」とだけ説明するより、 可能な範囲で具体的な事実を裏付ける資料を整理することが重要です。

残しておきたい資料の例

  • メール
  • LINE・チャット
  • 録音
  • 日報・業務記録
  • 当時作成したメモ
  • 会社への相談記録
  • 同席者・職場関係者が確認できる事実
  • 当時、家族や友人などへ相談していた記録

録音やメールがない場合でも、すぐに諦める必要はありません。

いつ頃から、誰に、どのようなことを言われたのか。 勤務や体調にどのような変化があったのかを、 覚えている範囲で時系列にしておくことが大切です。 短文・箇条書き・スクリーンショットなども、状況整理の出発点になります。

もちろん、特定の証拠がなければ労災申請できないという意味ではありません。 どの資料が重要になるかは、問題となる出来事によって異なります。

認定・不支給を分けたポイントを比較

「強」・認定につながり得る事情 「強」に届かない方向に働き得る事情
人格そのものを否定する具体的な言動 仕事上の問題点に限った指導や、具体性に乏しい主張
大声・威圧的な叱責などが反復・継続 1回で終了し、常態的な叱責が確認できない
メール、録音、相談記録、関係者の申述など複数の資料が整合 本人の申述以外の裏付けが乏しく、関係者の申述とも食い違う
能力・経験を大きく超える困難な業務などが重なる 業務の困難性や負担の程度を具体的に確認できない
複数の負荷が関連・近接し、発病時期とも近い 「中」「弱」の出来事が相互に関連せず、時期も離れている
相談後も適切な対応がなく、行為や就業環境の悪化が継続した 会社が早期に調査・接触防止・配置配慮等を行い、状況が改善した (ただし、行為自体が重大な場合は別途評価される)
ハラスメントが評価期間内まで継続していた 重要な出来事が発病前おおむね6か月より前に終了していた

※上表は個別事案の認定可否を機械的に判定するものではありません。 現行認定基準と公表事例から、評価上重要になり得る事情を整理したものです。

「中」が複数あれば、自動的に「強」になる?

「中」の出来事が複数あれば、自動的に足し算されて「強」になるわけではありません。

複数の出来事については、 それぞれが関連して生じているのか、 時間的に近接・重複しているのか、 どの程度継続していたのかなどを踏まえて評価されます。

平成26年労第571号では、 「中」2件と「弱」2件が認められましたが、 各出来事の関連性などから、 全体として「強」には至りませんでした。

「発病前おおむね6か月」は初診日の6か月前ではない

精神障害の労災認定でいう 「発病前おおむね6か月」 は、初診日から機械的に6か月を遡るという意味ではありません。

基準になるのは、 医学的に判断される精神障害の発病時期 です。

そのため、強い言動があったとしても、 それが発病後の出来事であれば、 原則としてその疾病の発病原因として評価することはできません。

一方、ハラスメントが発病前おおむね6か月より前に始まっていても、 評価期間内まで継続している場合には、 開始時からの行為を一体として評価する考え方があります。

「7か月前に始まったから対象外」と機械的に判断するのではなく、 その行為が評価期間内までどのように継続していたのかを確認することが重要です。

精神科の既往歴があると労災にならない?

既往歴があるというだけで、労災認定の対象外になるわけではありません。

すでに精神障害を発病している場合には、 業務による強い心理的負荷によって 自然経過を超えて著しく悪化したと医学的に判断できるかなどが問題になります。

また、症状が安定して通常勤務をしていた期間などがある場合には、 既存疾病の単なる悪化なのか、 新たな発病として検討すべきなのかが問題になることもあります。

したがって、 「以前に精神科へ通院していたから労災は無理」 と一律に判断することはできません。

パワハラ労災で整理しておきたい10のポイント

  1. 言葉の内容|仕事上の指導か、人格・存在価値への攻撃か
  2. 反復・継続性|1回か、日常的に繰り返されていたか
  3. 1回の長さ・悪質性|単発でも長時間・強烈・悪質ではなかったか
  4. 公開性|誰の前で、どのような態様で行われたか
  5. 裏付け資料|メール、LINE、録音、日報、相談記録などがあるか
  6. 会社の対応|相談後に調査・配置変更・接触防止などが行われたか
  7. 他の出来事|配置転換、仕事量増加、長時間労働などが重なっていないか
  8. 発病時期|問題となる出来事より前か後か
  9. 6か月より前からの継続|評価期間内まで行為が続いていたか
  10. 既往歴・既存疾病|新たな発病か、自然経過を超えた悪化か

まとめ|「何を言われたか」だけで労災は決まらない

  • 令和6年度の精神障害の支給決定1,056件のうち、パワハラ項目は224件でした。
  • パワハラがあったことと、精神障害が労災認定されることは同じではありません。
  • 人格否定、反復・継続性、長時間性、公開性などが重要になります。
  • 単発でも、内容・時間・態様・悪質性などから重く評価される場合があります。
  • 人前で叱責されたという事実だけで「強」になるわけではありません。
  • 複数の「中」があっても、自動的に足し算して「強」になるわけではありません。
  • メール、録音、相談記録、関係者の申述など、出来事を裏付ける資料も重要です。
  • 基準になるのは初診日ではなく、医学的に判断される発病時期です。
  • 既往歴があるだけで労災認定が否定されるわけではありません。

パワハラによる精神障害の労災では、 「この言葉を言われたから認定」 「1回だから不認定」 と単純に判断することはできません。

いつ、誰から、何を、どのように言われたのか。 それが何回・どのくらい続いたのか。 会社へ相談した後どうなったのか。 他の業務負荷はなかったのか。 そして、精神障害はいつ発病したのか。

こうした事情を時系列で整理し、 認定基準に沿って確認していくことが重要です。

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こもれび社労士事務所では、 パワハラ、公開叱責、仕事外し、過大な業務負担などによる 精神障害の労災申請について、 職場での出来事や資料を確認しながら整理するサポートを行っています。

労災になるかどうかを、個別事情を確認せずに断定することはできません。 ただ、出来事・勤務状況・受診経過を時系列で整理すると、 認定基準上どこが重要になるのかは見えやすくなります。

まだ会社に相談していない段階や、 資料が十分に揃っていない段階でも、 現在分かっている範囲から整理することはできます。

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参考資料

※本記事は、2026年9月時点で確認できる厚生労働省の認定基準、 公開統計、労働保険審査会裁決、裁判例、公的研究資料等をもとに、 一般的な制度の考え方を解説したものです。 個別の労災認定は、実際の出来事、証拠、発病時期、医学的判断、 他の心理的負荷などによって異なります。 また、記事中で紹介した過去の労働保険審査会裁決には、 現行基準への改正前に判断されたものが含まれます。

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