労災の事業主証明で申立書・証拠を会社に見せる必要はある?|「別紙のとおり」と書いた場合も解説

精神障害の労災申請では、労働基準監督署へ提出する資料が多くなることがあります。
- 本人の申立書
- 出来事を整理した時系列
- メールやチャット
- 録音やその反訳
- 勤怠資料
- 診断書や受診経過に関する資料
- その他、出来事を裏付ける証拠
では、会社に事業主証明を依頼するとき、 これらの資料もすべて会社へ見せなければならないのでしょうか。
特に迷いやすいのが、労災の請求書に 「詳細は別紙のとおり」 などと記載している場合です。
会社から、 「別紙を確認しなければ証明できない」 「申立書や証拠資料も送ってほしい」 と言われることも考えられます。
この記事のポイント
- 労基署へ提出する申立書・録音・メール等の証拠一式について、事業主証明のために会社へすべて事前開示しなければならない一般的義務は、公開資料上確認できません。
- ただし、請求書に「詳細は別紙のとおり」と記載すると、その別紙を会社が確認したいと考える余地があります。
- 会社が証明しない場合でも、労災請求そのものを諦める必要はありません。
ただし、 「詳細は別紙のとおり」と記載すれば、その別紙を会社に見せなくても必ず証明を受けられる という意味でもありません。
この記事では、 「会社に証明してもらう事項」と 「労基署に調査・判断してもらうための資料」を分けながら、 事業主証明と証拠開示の関係を解説します。
そもそも労災の「事業主証明」とは
労災保険の請求書には、 事業主による証明を求める欄があります。
例えば休業補償給付の請求では、 災害の原因や発生状況、休業期間、賃金など、 会社側で確認する事項があります。
労災保険法施行規則では、 保険給付を受けようとする労働者などから 必要な証明を求められた場合、 事業主が証明を行う仕組みが設けられています。
ここで重要なのは、 事業主証明と「労災かどうかの最終判断」は同じではない ということです。
会社が事業主証明をしたことだけで、 「会社が労災を認めた」 「会社がハラスメントを認めた」 「会社が損害賠償責任を認めた」 ということにはなりません。
労災保険給付を支給するかどうかは、 請求を受けた労働基準監督署が必要な調査を行ったうえで判断します。
会社が証明するものと、労基署へ提出する証拠は同じではない
精神障害の労災では、 会社に証明を依頼する書類と、 労基署が業務起因性を調査するための資料が 混同されやすいところがあります。
例えば、労基署へ提出する資料には、 次のようなものがあります。
- 詳細な申立書
- 出来事を整理した時系列
- 心理的負荷に関する整理
- 録音や反訳
- メール・チャット
- 医学的な経過に関する資料
- 証拠説明書
- その他の証拠資料
これらは、 労基署が事実関係を調査し、労災に該当するかを判断するために提出する資料 という性質を持つものがあります。
一方、会社への事業主証明では、 会社が把握している出来事、 勤務状況、休業期間、賃金など、 会社側で確認できる事項について証明を求めることになります。
したがって、 「労基署へ提出する資料」と「会社に証明を求めるための資料」は、必ずしも同じではありません。
申立書・録音・メールを全部会社へ見せる義務はある?
公開されている法令・行政資料を確認した限り、 精神障害の労災申請で労基署へ提出する申立書、録音反訳、メール、チャットなどの資料一式について、 事業主証明を受けるための一般的な事前開示義務を直接定めた規定は確認できませんでした。
ただし、請求書にどのように記載したか、会社にどの事項の確認・証明を求めるのか、 会社が把握している事実かどうかによっては、資料の一部を示すことが必要または有用になる場合があります。
これは精神障害の労災では特に重要です。
申立書や証拠には、 会社が通常把握していない情報が含まれることがあります。
- 本人の詳細な認識や主張
- 医療機関への受診経過
- 症状に関する情報
- 第三者に関する情報
- 録音の詳細な内容
- 今後の申請で重要になる証拠
そのため、 「労基署へ提出するから、同じ資料をすべて会社にも渡さなければならない」 とは限りません。
ただし、労基署は申立内容を調査するため、 会社、上司、同僚などへ事実確認を行うことがあります。
したがって、 会社へ資料そのものを事前交付しないことと、 申立内容が調査の過程で会社側にまったく伝わらないことは別問題 です。
注意したい「詳細は別紙のとおり」という書き方
ここが今回の重要なポイントです。
請求書の「災害の原因及び発生状況」などの欄に、
「詳細は別紙のとおり」
とだけ書いた場合、 その別紙が請求書の記載内容を補う文書と受け取られる可能性があります。
そうすると会社側から、
「別紙の内容まで含めて証明を求められているのであれば、 その別紙を確認しないと証明できない」
と言われることには、一定の理由があります。
「詳細は別紙のとおり」と記載した場合に、 その別紙のどこまでが事業主証明の対象になるかについて、 公開されている法令、通達、行政資料から全国統一の明確な取扱いは確認できませんでした。
そのため、 証拠を会社へ一式開示したくない場合には、 最初から資料の役割を分けておくことが考えられます。
実務では「3つ」に分けて考えると分かりやすい
精神障害の労災申請では、 次の3つを分けて考えるのが分かりやすいと思います。
| 資料 | 主な役割 |
|---|---|
| 労災請求書 | 法定様式として必要事項を記載する |
| 会社に確認してもらう資料 | 会社が把握できる出来事・勤務・休業・賃金などを確認してもらう |
| 労基署への詳細資料・証拠 | 請求人が提出する申立書、時系列、録音、メール等のほか、必要に応じて労基署が会社その他の関係者から収集する記録をもとに、事実関係と業務起因性を調査・判断する |
もちろん、案件によっては同じ資料を会社にも提示した方がよい場合があります。
しかし、 すべてを最初から一つの資料群として扱う必要があるとは限りません。
実際に労基署へ確認したところ
この問題については、 公開資料だけでは取扱いが明確でない部分があったため、 実際の申請の中で労働基準監督署へ確認したことがあります。
ある労基署へ、 会社から詳細資料の提示を求められた場合の取扱いを確認したところ、 会社へ開示したくない資料を無理に提出する必要はなく、 そのため会社が確認できず証明できない項目がある場合には、 その事情が分かるようにして請求書を提出する という趣旨の案内を受けました。
また、別の労基署へ確認した際にも、 会社が資料を確認できないため証明できない部分については、 そのことが分かる形で手続を進めるという趣旨の案内がありました。
注意:
これは筆者が実際の申請について労働基準監督署へ確認した際の案内内容です。
全国一律の取扱いを定めた公開通達等として確認したものではありません。
個別の案件では、事前に管轄の労働基準監督署へ確認してください。
動画でも解説しています
事業主証明の際に、申立書や証拠を会社へどこまで見せる必要があるのか、 「別紙のとおり」と記載した場合の注意点も含めて動画で解説しています。
1分程度でポイントを確認したい方はこちら
会社が「資料を見ないと証明できない」と言ったら?
この場合、 すぐに
- 証拠を全部会社へ渡す
- 事業主証明を諦める
- 労災申請そのものを諦める
という結論にする必要はありません。
まず、 会社がどの項目を証明するために、どの資料を必要としているのか を確認することが考えられます。
例えば、 会社が確認できる勤怠、休業期間、賃金、会社が把握している出来事については証明を依頼し、 確認できない事項については 「確認できないため証明できない」 という回答になることも考えられます。
会社が確認できない場合には、 「確認できないため証明できない」とすることもあります。 また、会社が把握する事実関係と請求人の申立てが異なる場合には、 会社が独自の見解や事実関係を労基署へ説明・提出することもあります。
いずれの場合でも、最終的には労基署が請求人、会社、関係者からの聴取や客観資料の確認を通じて判断します。
そのうえで、 詳細な申立書や証拠については、 請求人から労基署へ提出する方法を検討します。
取扱いについて迷う場合は、 会社とのやり取りを続ける前に、 管轄の労基署へ「どの資料まで会社に提示する必要があるのか」を具体的に確認する のが安全です。
会社が事業主証明をしなかったら労災申請できない?
事業主証明が得られないからといって、 それだけで労災請求そのものを諦める必要はありません。
会社が証明を拒否したり、 一部の事項について証明できなかったりする場合には、 その経緯を整理したうえで労基署へ相談・提出することが考えられます。
例えば、
- 会社へ事業主証明を依頼する
- 会社からの回答をメールなどで保存する
- 証明できない項目とその理由を確認する
- 証明を得られなかった経緯を簡単に整理する
- 請求書や申立書、証拠とともに労基署へ提出・相談する
という流れが考えられます。
証明拒否のメール等を必ず添付しなければならないという 全国統一の公開ルールまでは今回確認できませんでしたが、 「会社へ証明を依頼したが、なぜ証明を得られなかったのか」 が分かる資料を残しておくことは実務上重要です。
会社が労災だと認めていなくても、労基署は調査する
精神障害の労災では、 本人と会社の説明が一致しないこともあります。
例えば本人が 「上司からこのような発言をされた」 と申告しても、 会社側が 「そのような事実は確認できない」 と回答することがあります。
その場合、 会社の回答だけで直ちに労災かどうかが決まるわけではありません。
労基署は必要に応じて、
- 請求人本人への聴取
- 事業主への聴取
- 上司・同僚など関係者への聴取
- 勤怠記録の確認
- メールや業務記録の確認
- PCログなどの客観資料の確認
- 医療記録や主治医意見の確認
などを行い、事実関係を調査します。
つまり、 事業主証明は重要な手続の一つですが、 会社が労災だと認めることが労災認定の条件ではありません。
精神障害の労災では、証拠を会社へ見せるか慎重に考える
精神障害の労災では、 申立書や証拠の内容が非常に詳細になることがあります。
例えば、 録音反訳の全文、 ハラスメントに関する詳細な主張、 医療情報、 第三者の発言、 会社側の説明との矛盾を指摘する資料などです。
こうした資料を会社へ提出するかどうかは、 「事業主証明に本当に必要なのか」 という観点から考える必要があります。
一方で、 会社に何も伝えないまま、 会社が把握していない出来事まで証明してもらうことにも限界があります。
大切なのは、 「全部見せる」か「何も見せない」かではなく、 何を会社に確認してもらい、 何を労基署に調査・判断してもらうのかを整理することです。
「別紙のとおり」と書く前に考えたいこと
これから労災請求書を作成する段階であれば、 単に 「詳細は別紙のとおり」 とだけ書く方法が常に最適とは限りません。
会社に確認してもらう事項については、 会社が把握できる範囲の概要を請求書側に記載し、 詳細な本人申立てや証拠については 労基署への提出資料として分ける方法も考えられます。
例えば、次のような整理方法が考えられます。
個別の事案によって適切な記載内容は異なるため、そのまま使用することを想定したものではありません。
令和○年○月頃から、職場での業務上の出来事等を契機として症状が出現し、 令和○年○月○日に医療機関を受診した。 具体的な出来事に関する請求人の申立て及び資料については、 請求人から労働基準監督署へ別途提出する。
といった形で、 会社に確認を求める部分と、 労基署に詳細を説明する部分を分けることも考えられます。
ただし、実際の記載方法は案件によって異なります。 特に発病時期や出来事の整理が複雑な精神障害事案では、 提出前に管轄労基署へ確認することをおすすめします。
まとめ|会社への証明依頼と労基署への証拠提出は分けて考える
労災の事業主証明を受けるからといって、 労基署へ提出する申立書や証拠一式を 当然にすべて会社へ渡さなければならないわけではありません。
一方で、 請求書に「詳細は別紙のとおり」と記載した場合には、 その別紙が請求書の内容を補うものと受け取られ、 会社から 「別紙を確認しなければ証明できない」 と言われる可能性があります。
その場合も、 「証拠を全部会社へ渡す」か「労災申請を諦める」かの二択ではありません。
会社が確認できる事項について証明を求め、 確認できない事項があればその経緯を残し、 詳細な申立書や証拠は労基署へ提出して、 労基署の調査・判断を求める方法があります。
精神障害の労災では、
① 労災請求書
② 会社に確認・証明を求める内容
③ 労基署へ提出する詳細な申立書・証拠
を分けて考えることが重要です。
公的資料で確認できなかったこと
今回、公開されている法令・行政資料を確認しましたが、 次の点について全国統一の明確な公開ルールまでは確認できませんでした。
- 「詳細は別紙のとおり」と記載した場合、別紙のどこまでが事業主証明の対象になるのか
- 会社が一部だけ証明できない場合の全国統一の記載方法
- 事業主証明を得られなかった場合の全国統一の事情説明書様式
- 会社の証明拒否メールを必ず添付しなければならないか
- 請求人が提出した録音・反訳などを会社へどこまで提示するかについての統一的な公開取扱い
そのため、 この記事では公開資料から確認できる制度と、 筆者が実際に労基署へ確認した際の案内を区別して記載しています。
参考資料
- 労働者災害補償保険法施行規則(e-Gov法令検索)
- 労災保険給付関係請求書等ダウンロード(厚生労働省)
- 精神障害の労災補償について(厚生労働省)
- 会社(事業主)が責任を認めません。労災保険の給付は受けられますか。(厚生労働省)
- 労災保険請求のためのガイドブック(厚生労働省)
- 労災保険の手続(事業主用)(宮城労働局)
※リンク先や制度の内容は変更されることがあります。実際の申請では、最新の法令・行政資料および管轄労働基準監督署の案内をご確認ください。
精神障害・パワハラの労災申請について
こもれび社労士事務所では、 パワーハラスメント、配置転換、長時間労働などをきっかけとする 精神障害の労災申請について、全国からご相談をお受けしています。
「会社にどこまで資料を見せればよいのか分からない」 「事業主証明をしてもらえない」 「申立書と会社へ提出する資料をどう分ければよいか分からない」 といった段階でも、状況を整理しながら対応を検討します。
ここまで読んで、まだ迷っていても大丈夫です。

まずは、今の状況を整理するところからで大丈夫です
「まだ相談するか決めていない」
「何を書けばいいか分からない」
そんな段階でも大丈夫です。
※ 個人のご相談(労災・後遺障害・障害年金)/全国対応(LINE・オンライン)
※ 「まず整理だけ」でも大丈夫です


