精神障害の労災申請で「発病年月日」はどう決まる?本人の希望で変更できるのか

精神障害の労災申請を進めていると、
- 「発病年月日は、いつの日付を書けばよいのでしょうか?」
- 「初めて精神科を受診した日が発病日になりますか?」
- 「症状が一気に悪化した日を発病日にできますか?」
- 「後から発病年月日を変更することはできますか?」
といった疑問が生じることがあります。
精神障害の労災申請では、発病年月日は単なる形式的な日付ではありません。
厚生労働省の「心理的負荷による精神障害の認定基準」では、認定要件の一つとして、原則として対象となる精神障害の発病前おおむね6か月の間に、業務による強い心理的負荷が認められることが挙げられています。
そのため、いつ発病したと考えるのかによって、業務上の出来事をどのような時間軸で整理するかにも関係してきます。
この記事では、精神障害の労災申請における「発病年月日」の考え方について、初診日や診断日との違いも含めて社会保険労務士が解説します。
この記事のポイント
- 発病年月日と初診日は同じとは限りません。
- 「一番つらかった日」がそのまま発病日になるとは限りません。
- 労災認定に有利そうな日を自由に選ぶものでもありません。
- 発病時期を見直す場合は、日付だけでなく資料全体の整合性を確認することが重要です。
精神障害の労災における「発病年月日」とは
精神障害の労災認定では、まず認定基準の対象となる精神障害を発病していることが必要です。
そして、その発病時期を基準として、業務による心理的負荷などが検討されます。
ここで注意したいのは、精神障害の場合、骨折などのように「この日にケガをした」と明確に日付を特定できるケースばかりではないことです。
たとえば、
- 眠れなくなった
- 食欲が低下した
- 出勤前に動悸や吐き気が出るようになった
- 仕事中に集中できなくなった
- 涙が止まらなくなった
- 朝起き上がれなくなった
- 欠勤や遅刻が増えた
といった症状が徐々に現れ、その後に医療機関を受診することも少なくありません。
そのため、精神障害の発病時期については、単に一つの日付だけを見るのではなく、症状の経過や医療記録などを踏まえて検討する必要があります。
発病日・初診日・診断日・症状悪化日の違い
労災申請を考える際、特に混同されやすいのが次の4つです。
| 項目 | 意味 |
|---|---|
| 発病時期 | 認定基準上、医学的に対象疾病を発病したと判断される時期 |
| 初診日 | その症状について初めて医療機関を受診した日 |
| 診断日 | 医師からうつ病、適応障害などの診断を受けた日 |
| 症状が悪化した日 | 本人が「この頃から特につらくなった」と感じる時期 |
これらが同じ日になることもありますが、必ず一致するわけではありません。
初診日=発病日とは限らない
たとえば、かなり前から不眠や食欲低下が続いていたものの、仕事が忙しく医療機関へ行けず、症状が深刻になってから初めて受診したというケースがあります。
このような場合、「初診日だから、その日に初めて精神障害を発病した」と単純に決められるとは限りません。
最も症状が重くなった日=発病日とも限らない
同じように、ある出来事をきっかけとして症状が急激に悪化したとしても、それ以前からすでに精神障害を発病していた可能性があります。
「この日が一番つらかった」という本人の実感は重要な情報ですが、症状が最も重くなった時期と、精神障害を発病した時期は別の問題として検討する必要があります。
本人が希望する日を発病年月日にできる?
精神障害の労災相談では、経過を整理していくうちに、
「自分としては、この出来事があった日から病気になったと思います」
という認識が出てくることがあります。
もちろん、本人がいつ頃からどのような症状を感じていたのかは非常に重要です。
しかし、本人が希望する日付を、そのまま自由に発病年月日として選択できるという意味ではありません。
発病時期を考える際には、たとえば次のような資料や事情を確認していくことになります。
- 診断書の記載
- 診療録(カルテ)
- 初診時に医師へ説明した内容
- 不眠・食欲低下・抑うつ・不安などが現れた時期
- 欠勤・遅刻・早退など勤務状況の変化
- 家族や周囲から見た本人の変化
- 本人申立書に記載する症状経過
- 職場で起きた出来事との時系列
本人の認識も大切な資料の一つですが、それだけで発病時期を決めるのではなく、客観的な資料や症状経過との整合性を確認することが大切です。
なぜ発病年月日が労災申請で重要なのか
発病年月日が重要になる大きな理由の一つが、精神障害の労災認定における心理的負荷の評価期間です。
厚生労働省の認定基準では、認定要件の一つとして、原則として対象疾病の発病前おおむね6か月の間に、業務による強い心理的負荷が認められることが示されています。
つまり、まず発病時期を検討し、そのうえで、発病に至るまでの仕事上の出来事を時系列で確認していくことになります。
発病時期は「評価の起点」になる
発病年月日が変われば、「発病前おおむね6か月」という期間も変わります。
そのため、発病時期の検討は、申請書の一つの日付欄だけの問題ではありません。
「この出来事を6か月以内に入れたいから発病日を変える」は要注意
ここは特に誤解しやすいところです。
職場で非常につらい出来事があった場合、
「この出来事が発病前6か月以内に入るように、発病年月日を後ろにした方が労災認定を受けやすいのでは?」
と考えることがあるかもしれません。
しかし、労災認定上の評価期間を意識して発病年月日を決めるのではなく、まずは症状経過や診療記録などから発病時期を整理することが大切です。
そのうえで、整理された発病時期を前提として、職場で起きた出来事やその心理的負荷を確認していくことになります。
発病後の強い出来事は、労災認定でまったく評価されない?
ここで、もう一つ重要な疑問があります。
仮に、本人が考えていた時期よりも前に精神障害を発病していたと判断された場合、その後に起きたパワーハラスメント、評価低下、配置転換、降格などの強い出来事は、労災認定上まったく意味がなくなってしまうのでしょうか。
必ずしもそうではありません。
発病後に起きた出来事は、すでに発病していた精神障害の「発病原因」として評価するものではありませんが、その後の症状の悪化との関係が問題になることがあります。
現在の精神障害の労災認定基準では、すでに精神障害を発病している場合であっても、悪化前おおむね6か月以内に業務による強い心理的負荷があり、その心理的負荷によって精神障害が悪化したと医学的に判断される場合には、悪化した部分について業務起因性が認められる取扱いがあります。
「発病原因」と「発病後の悪化要因」は分けて考えます
- 発病前の強い心理的負荷:精神障害を発病させた原因との関係を検討
- 発病後の強い心理的負荷:すでに発病していた精神障害を悪化させたかを検討
したがって、発病時期が想定より前になったからといって、その後に起きた職場での重大な出来事が直ちに「すべて無関係になる」と考える必要はありません。
ただし、発病前の出来事として評価する場合と、発病後の悪化との関係で評価する場合とでは、認定基準上の位置づけが異なります。
この違いがあるため、「後の出来事を評価してもらいたいから発病年月日を後ろに動かす」という整理ではなく、まず発病時期を医学的資料や症状経過から確認し、そのうえで、それぞれの出来事をどのように位置づけるかを検討することが重要です。
発病前6か月より前の出来事はすべて無関係?
ここでも注意が必要です。
「発病前おおむね6か月」が基本的な評価期間だからといって、6か月より前に始まった出来事はすべて無関係になる、と単純に考えることはできません。
特に、ハラスメントやいじめのように繰り返される出来事は、一連のものとして評価されます。
発病前おおむね6か月より前に始まっていても、その出来事が評価期間内まで継続している場合には、開始時からの行為を含めて評価の対象となります。
また、一つの出来事だけではなく、複数の業務上の出来事が重なっている場合には、その全体的な経過を整理することも重要です。
したがって、
- 6か月以内だから必ず評価される
- 6か月を1日でも超えたから一切考慮されない
という機械的な判断ではありません。
精神障害の労災申請では、出来事の内容・程度・継続期間・その後の状況などを具体的に整理することが大切です。
発病年月日を後から変更したい場合
申請書類を作成した後になって、
「やはり発病年月日は別の日ではないでしょうか?」
と疑問を持つこともあると思います。
新しい診療記録が見つかった、当時の症状経過を改めて確認した、医師から新たな説明を受けたなど、合理的な理由があれば発病時期を再検討すること自体がおかしいわけではありません。
ただし、その場合も、申立書に記載した日付だけを書き換えれば済むとは限りません。
日付を変えると、他の記載にも影響する可能性がある
発病時期を変更すると、たとえば次の部分について再確認が必要になることがあります。
- 発病前の症状経過
- 職場で起きた出来事の位置づけ
- 発病前おおむね6か月に含まれる出来事
- 診断書や診療記録との整合性
- 本人申立書に記載した時系列
- 休職・欠勤・受診時期との関係
- 会社資料や同僚の証言との整合性
そのため、発病時期を見直す場合には、「年月日の一部分を修正する」というより、申請資料全体をもう一度確認するという視点が必要になることがあります。
重要なのは「資料全体の整合性」
精神障害の労災申請では、本人申立書だけが単独で審査されるわけではありません。
労働基準監督署では、請求内容に応じて、本人からの聴取、医療機関の資料、会社関係者からの聴取、勤務記録など、さまざまな資料を確認しながら調査を進めます。
だからこそ、申請書類を作成するときには、一つ一つの文章が資料全体と矛盾していないかという視点が重要です。
たとえば、
- 申立書では「3か月前から不眠」と書いている
- 診療録では「半年前から眠れない」と説明している
- 勤務記録を見るとさらに前から欠勤が増えている
といった場合には、それぞれの意味や経過を丁寧に整理する必要があります。
単純にどれか一つを削ったり、都合のよい記載に合わせたりするのではなく、なぜ記録に違いが生じているのかも含めて時系列を整理することが重要です。
社労士に依頼すれば、希望する発病年月日に変更してもらえる?
社会保険労務士へ労災申請のサポートを依頼した場合でも、依頼者が希望する日付をそのまま書類へ記載することが適切とは限りません。
もちろん、
「自分としては、この頃から明らかに状態がおかしくなったと思う」
というご本人の認識は丁寧に確認する必要があります。
一方で、専門家として申請書類を作成・整理するのであれば、
- 診断書
- 診療記録
- 症状の経過
- 職場での出来事
- 勤務状況
- 既に作成している申立内容
などとの整合性も確認する必要があります。
「依頼者の話を丁寧に聞くこと」と「依頼者の希望どおりの内容を書くこと」は同じではありません。
ご本人の認識を十分に伺ったうえで、それを客観的な資料や認定基準と照らし合わせ、申請資料全体として矛盾の少ない形に整理していくことが大切だと考えます。
こもれび社労士事務所の考え方
精神障害の労災申請では、「この出来事があったから労災だ」と一つの出来事だけを見るのではなく、発病前後の症状、医療機関への受診、勤務状況、職場での複数の出来事などを時系列で整理することを重視しています。
よくある質問
Q. 精神科を初めて受診した日が発病年月日ですか?
A. 必ずしもそうとは限りません。
初診日前から症状が続いていた場合など、発病時期と初診日が異なることがあります。初診日だけでなく、それ以前の症状経過や診療記録などを確認して検討する必要があります。
Q. 一番つらい出来事があった日を発病日にできますか?
A. その出来事の日が自動的に発病日になるわけではありません。
その出来事より前にすでに精神障害を発病していた可能性もあります。出来事の時期と症状の経過を分けて整理することが重要です。
Q. 発病年月日を後の日付にした方が労災認定されやすいですか?
A. 「認定されやすそうな日」を選ぶという考え方は適切ではありません。
発病前おおむね6か月が心理的負荷の基本的な評価期間となるため発病時期は重要ですが、だからこそ、認定上有利になるよう日付を選ぶのではなく、医学的資料や症状経過を踏まえて検討する必要があります。
Q. 6か月より前に始まったパワハラは評価されませんか?
A. 一律に評価されないとは限りません。
ハラスメントやいじめなど、出来事が繰り返されている場合には、継続する一連の出来事として検討されることがあります。具体的な経過を整理することが重要です。
Q. 発病後に起きたパワハラや降格は、労災では評価されませんか?
A. 発病原因としての評価とは異なりますが、まったく考慮されないとは限りません。
すでに精神障害を発病していた場合でも、その後の業務による強い心理的負荷によって症状が悪化したと医学的に判断されれば、悪化した部分について業務起因性が認められることがあります。
そのため、発病前の出来事と発病後の出来事を区別しながら、症状の経過とあわせて整理することが重要です。
Q. 申立書を作った後でも発病時期を見直せますか?
新しい資料が判明した場合など、発病時期を改めて検討する必要が生じることはあります。
ただし、日付を一箇所変更するだけでは、他の記載や診療資料との矛盾が生じる可能性があります。変更する場合は申請資料全体を確認した方がよいでしょう。
まとめ|発病年月日は「都合のよい日」を選ぶものではありません
精神障害の労災申請における発病年月日は、単なる書類上の日付ではありません。
発病時期は、業務による心理的負荷を評価する期間にも関係する重要な要素です。
一方で、
- 初めて病院へ行った日
- 診断名がついた日
- 特につらい出来事があった日
- 本人が最も症状が重かったと感じる日
のいずれかが、そのまま発病年月日になるとは限りません。
「発病年月日を変えた方が労災認定を受けやすいのではないか」と考え、日付だけを変更するのではなく、まずは診療記録や症状の経過から発病時期を丁寧に整理することが大切です。
そのうえで、職場で起きた出来事や勤務状況との関係を確認し、資料全体として整合性のある内容で申請することが重要です。
精神障害の労災申請で、発病時期や申立書の整理に迷っている方へ
「いつを発病時期として整理すればよいのか分からない」
「職場でいくつも出来事があり、どこから整理すればよいか分からない」
「自分で申立書を作っているが、診断書や時系列との整合性が心配」
このような場合は、最初から結論を決めるのではなく、診療経過や職場での出来事を一つずつ時系列に並べていくことが大切です。
こもれび社労士事務所では、精神障害の労災申請について、資料やこれまでの経過を確認しながら整理するサポートを行っています。
「労災になる・ならない」を最初から決めつけるのではなく、まず現在の状況を整理するところからご相談いただけます。
※本記事は、精神障害の労災認定に関する一般的な制度・実務上の考え方を解説したものです。個別の事案における発病時期や労災認定の可否は、診療記録、症状経過、業務上の出来事その他の資料によって異なります。
参考資料
ここまで読んで、まだ迷っていても大丈夫です。

まずは、今の状況を整理するところからで大丈夫です
「まだ相談するか決めていない」
「何を書けばいいか分からない」
そんな段階でも大丈夫です。
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※ 「まず整理だけ」でも大丈夫です


